第19話 彷徨う海中林




 正直、冗談半分のつもりだったけれど、まさか本当に騙されてしまうとは。

そんなに謙虚で良く今まで生きてこれたものだな、と感心する。

けれど、このままではユーリが戻って来るまで時間の問題。

私も早く向かわなければ。




 ■□■⚔■□■




 目の前に広がる、鬱蒼とした海藻の森。

通称”彷徨う海中林”と呼ばれるこの森は、まさにリリーに情報収集を頼んだ

海中林であり、魔導書が大きな反応を見せた場所でもある。


 私は元々、リリーを海中林に入れるつもりは無かったし、時間稼ぎの為にリリーを街へ置いていかなければならなかったのだ。

騙してしまったものの、リリーに危険が及ばないのならばチャラになるだろう。

だから、今日くらいはリリーに晩飯を奢るのは遠慮しておこう。


 この時の為に水中呼吸を入手しておいて良かった。

海中林も沖からもっと奥に行った海底にあったものだから、危うく水中に入る前に立往生になるところだったよ。

服や魔導書、鞄にも撥水効果を付与したし、泳ぎもそれなりにスムーズだ。

 まあ、水中呼吸を入手したところで水中遊泳が出来なければ、元も子もない話

だしね。


 けれど、本当にこれが海と言うものなのか。

上には太陽な反射でエメラルドグリーンに輝いた水面。下には色鮮やかな無数の

珊瑚礁。

まるで魅了されるかのように、何時までもここに居たいと思わせる雰囲気を

漂わせている。

 

 けれど、油断は禁物。

この平穏そうな海に、魔導書が凄まじく反応している事は変わりない。

あの白銀グレムリンでさえを差し押さえる程の、魔気感知が。


 海底を目掛け急降下し、近くの白化した珊瑚礁に腰を掛ける。

鞄から魔導書を取り出し、魔気感知が反応した場所を拡大する。

 私の推測通り、魔気感知が指し示す場所は、海中林の中心部から発せられて

いるようだった。

確かに平穏な海と対照的に、この海中林だけが異様な魔気オーラを漂わせて

いる。


 覚悟は十分にできた。

私は、白化した珊瑚礁から立ち上がり、海中林へと入っていった。




■□■⚔■□■




 海中林の中は、思った以上に薄暗かった。

海底と言うこともあるだろうけれど、昼間である事を忘れてしまう程に、鬱蒼とした海藻が太陽の光を遮っていた。

 というよりか、海藻の位置的に何かとダンジョンの構造と似ているようだけれど。


 このままだと、海中林の中心部まで辿り着けないのでは、と思うかもしれないが、 

この場合を想定して、もう対処済みである。

古代文字の解読などを進め、魔導書を一工夫して改造し、地図に新機能を追加

したのだ。

 それも”Global Positioning System”、訳してGPS!


 この機能は、自身の魔力感知で周囲の多種多様な建造物や地形を正確に察知し、

魔導書自らが自身の場所を地図中に映す機能を搭載している。

 自分の位置情報が地図中に映されるだけでなく、目的地までの正確な距離を

知れるという、まさしく最先端の優れ物だ。


 これも、技術発展に特化した時魔導士でなければ完成する事ができなかった。

これならばリリーの現代日本とやらに勝てるかもしれない、とは感じるものの、

今はその事を考えている場合じゃない。

 

 魔導書の地図ページを開き、自身の位置情報を把握、目的地との距離を

察知する。


「ん?………どういう事?」


 何かが可笑しいと思えば、何故だか私が今居る場所が、正しく海中林の中心部と映されていた。

 けれど、魔導書を見れば、確かに中心部から魔気が発せられているのに対し、

ここでは少しのオーラを感じるものの、海中林を入る前とほぼ変わらない魔気だ。


 そうか。そういう事か。

この地図には、一つ欠点がある。

 それは、縦横の位置状況は把握できるものの、高低の変化は察することができないという事だ。

 

 となれば、記された目的地も、ここより低い場所に在るのだろう。

重大なミスを犯してしまったが、時間はまだ有る。

 まさか水中呼吸を入手していないリリーがここに来る訳も無いし、順々に道標に

従って目的地へ向かうとしよう。

 まあ、ここからはもう魔導書は使い物にならないだろうけど。


 ん?けれど、ここの一帯は海底であって、これより下の階層は無いはず。

シャベルも無ければ海底を掘るなど、容易な事ではない。

 となれば、今いる中心部に隠し通路が隠れているという考えの方が、確率的には

高そうだ。


 ここはまるで、人工的に海藻が円形に断たれている為、何か暗号らしきものが

見つかれば早いのだけれど………。

 やはりもう少し情報収集を進めてから来た方がよかったか。

まあ正直、リリーを置いていく為にはこれしか無かったし、結果同じか。


 丁度、海中林の核心に目を向ける。

よく見れば、ここの円形の地面だけ異様に硬く、少々薄暗いものの、太陽に負けず煌びやかに輝いていた。

 一度何処かで聞いた話によれば、海底に在る岩石は、劣化の耐性を備えているため地上の岩石よりも硬く頑丈なんだとか。

 煌びやかに輝いているのも、確かに岩石ならば稀に鉱物や魔石の集合体から成る場合がある為、その可能性はありそうだ。

 魔石や鉱石を含んでいるのならば、調べてみる価値はありそうだ。


 鞄から魔導書を取り出し、魔石の詳細が書かれたページを開く。

本当、使い物にならないなんて言って悪かったよ。やっぱり魔導書がなければ

生きていけないものだね。


 「『岩石トハ、稀ニ魔石ト混合シテ成ルモノガ有ル。ソノ中デモ特ニ需要トサレテイル四大魔石ハ、”紅玉ルビー”・”蒼玉サファイア”・”黄玉トパーズ”・”翡玉エメラルド”・”白玉パール”・”黒玉ジェット”ト混合シテイル』」


「『マタ其々それぞれニ特定ノ魔力ガ籠ッテオリ、紅玉ハ”攻撃”、蒼玉ハ”防御”、黄玉ハ”体力”、翆玉ハ”加護”、白玉ハ”修練”、黒玉ハ”才覚”トナッテイル』」


「『ソシテ魔石ノ濃度ニヨリ、魔石・魔岩・魔塊ノ三ツノランクニ別レテイル』かぁ」


 正直のところ、今知りたいのはそういう事じゃないんだけど………。

まあ、知っていて損という事は無いだろうし、この岩石がもし魔石と混合しているのならば、採掘する価値は十分あるし。

 魔導書のページをひらりと捲る。

 

「ん?これは……」


 どうやら魔岩の詳細ページの様だけれど………。何かが可笑しい。

というのも、このページだけ異様な程の魔力と………殺気を感じる。

 本能が何かを察すかのように、<解読デコード>を掛ける手が震える。

けれど、ここで諦めたら、次に進むことはできない。ましてや、魔王討伐なんて。

 私に残された選択肢は、次に進む事しかないのだ。

恐る恐る魔導書に手を掛け、<解読デコード>を掛ける。


「『魔石ガ魔物ノ額ヤ体内ニ埋メ込マレテイルヨウニ、周囲ノ魔気濃度ガ高ケレバ高イ程、魔石ガ生成サレヤスイ。ソノタメ、魔石ハ魔物ガ棲息スル場所ノ目印トシテモ活用サレテイル』」


「魔物が棲息する場所の、目印………」


 そう呟いた直後、突如後ろから途轍もない殺気を感じた。

バッと振り向くものの、気が付いた頃には、尖った大きな触手のようなものが、

私の右肩を貫通していた。

 右肩から血が溢れ出る感覚を覚える。


「う”ッ………」


 苦痛を堪え、冷静に視界を広げる。

どうやら私の右肩を突き刺している触手は、奥の海藻から伸びている様だった。

 だけれど、海藻の奥は思った以上に暗く、ここらでは良く見えない。


 右肩からは出血が止まらないものの、触手がまだ突き刺さっているままなので、

重傷とは言えないだろう。

 このまま引っこ抜かれる前に、触手を斬るのが最善だな。

だけれど、時魔法に斬撃系は無い。

 となれば、有効な魔法はあれしかないか………。


「<老化エージング>」


 触手の伸びる方向に向かい、魔法を放つ。

この魔法は、何千年と寿命を持つ怪獣やら魔物やらお構いなく、老化状態にする事が出来る。

 この魔法は老化なだけあって、寿命を失くし命を絶つ事は出来ないものの、限界

まで掛ければ、瀕死状態にすることも可能だ。

 

 まあ、<老化エージング>は鈍足や魔力消費などが付与する魔法なので、あまり魔力消費は激しくないが、瀕死状態となれば動く事すら危うい状態なので、魔力消費が通常の倍以上になる。

 また、持続付与である<ポイズン>とはまた違った種の為、<老化エージング>持続付与は自身の魔力の消費と対等してしまう。

 その為、この魔法は魔力量の多い私だからこそ出来た技だろう。


 悠々と解説をしている間に、いつの間にか触手は色褪せ、萎れていた。

萎れた触手は、見た目とは対照的に意外と力があったものの、私の力でも千切る

事が出来た。

 触手を千切った瞬間、海の中でありながら、勢い良く青緑の血飛沫が飛んで

くる。

 

 反動ですぐさま触手から離れる………も、目を見開く光景を見たのはその瞬間

だった。

 千切れたはずの触手が、見る見る内に回復していくのだ。

あっと口を開く時には、もう触手は完全回復していた。

 その秒数も、約十秒。

これを考えれば、私の上級回復魔法と対等する素早さだ。


「<上級回復シニアヒール


 自身の右肩に向け、上級回復魔法を放つ。

徐々に出血が治まっていくと、突き刺さったままの触手がポロリと落ちた。


 けれど、これは困った。となれば即死程度の魔法を掛けなければ、相手にとっては

ほぼ無傷と同じなのか。

 即死魔法ならば<隕石メテオ>が有効だが、ここは海底の為、隕石での攻撃は極めて難しいだろう。

 となれば、私に残された攻撃魔法は皆無という事になるが………。


ウァガガガッ


 何処からか魔物の雄叫びが聞こえて来ると同時、海藻の奥からの気配を察知する。


来る!


「<転移テレポート>」


 降りかかる触手と同時、瞬時に転移魔法を発動し攻撃をかわす。

不自然さを感じたのは、そこからだった。


 異様な空気を漂わせているのは尚更、目が眩む程の物凄い攻撃スピード。

あれ程の触手の大きさとなれば、巨体であるのは間違いないだろう。

だけれど、巨体は巨体で、代償として動きが鈍くなるものだが、この魔物は一向に

鈍りを見せない。

  

 海中林内に戻っていく触手を、じっと見つめる。

まあ、結局はここに留まっていても、いつしか魔力が尽きて奴に殺されるまでだ。

 今ならば、まだ触手を辿って本体へ辿り着くことが出来るかもしれない。

殺される前に、今すぐにでも行動に移すのが最善だろう。

 

 攻撃魔法はもう残されていないが、私に残された選択肢はこれくらいしかない。


 魔気を感知し、魔物の居場所を掴む……も、一向に魔気感知がそれらしき反応を

見せない。

 というよりか、ここの辺り一帯の魔気濃度が非常に高いと言った方がいいのか。

巨体な魔物が海中林を包囲するかのように、桁違いの魔気濃度と、魔力が発せられている。

………海中林を、包囲?


ガガガガッ


 大きな揺れと共に、目の前で地割れが起こる。

砂埃がバッと舞うと、目に砂が入る。


「う”………<転移テレポート>!」

 

 少し呻いたものの、瞬時に転移魔法で海中林から抜け出す。

そこでやっと、今の状況に気が付いた。


 海中林はいつの間にか消え失せ、目の前には、巨大なタコが見覚えのある触手をうねうねと操っていた。


 私は、奴の名を知っている。

船もろともを破壊する、その強靭な触手。まるで島のような巨体。


 そう。奴こそが、大海原の破壊神”クラーケン”だ。





 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る