第18話 南西諸国の噂話




それからの事、森から少し外れた木陰で、二人して腰を下ろしていた。


『………海中林?』


「はい。最近、南西のアルベル諸国最大の都市マルカス街がリゾート地として盛んになっていますが、観光のメインである海に、尋常じゃない程の大規模な海中林が生えていると聞きました」


『それくらいだと、行方不明とか色々出そうだけど………』


「そうなんです。実はその海で、行方不明者が出たらしいんです。だから、もしかしたら海中林に潜む魔物の仕業かと………。という訳で、マルカス街に行くことになりました!」


『最初の目的地は、アルベル諸国のマルカス街か。わかった。いつ出発するの?』


「明日の早朝です」


『………え、早くね???今日しか休む日無いの?』


「えぇ勿論。怠けていたら、いつしか魔王の軍勢が世界を覆い尽してしまいますよ」


『はぁ………。んなの、アタシの怪力で投げ飛ばせるわ』


「それはどうでしょうか?物理的な事もありますし、戦闘には必ず、度重なる運が付き物。リリーさんが圧勝するとは限りませんよ。それに、リリーさんが百戦錬磨の最強戦士だったとしても、今は魔法も使えないただの喋る小動物。魔力や力さえも制限された中、貴方は攻寄る敵の大群を前に、素手で立ち向かえますか?」


『………』


「だからこそ、リリーさんには魔物の実戦をしてもらいたいのです。私は、それが

魔王を打ち倒す第一歩だと信じているから」


 ユーリの口論は、実に卑劣で用心深い。

数十個の論を全て打ち消すような力がある。

気遣いの欠片もない物だが、それでも憎めないのは、それが偽りない事実であるから。

 あぁ、本当、コイツの元に召還されたのが不運だったよ。


『………………わかった。明日の早朝出発な』


「はい」


 そう満面の笑みを浮かべるユーリ。

花珠色の瞳が、私の全てを突き通すようだ。

 さっと、目を逸らす。

まただ。ユーリの目は、まるで私を捜索しているみたいで苦手だ。

まあ苦手、というよりかは、正面から真剣に受け止められないんだ。

これは単に、私の問題だと思うけれど。


「明日に備えて、ぐっすり寝ましょう」


『ぐっすり?え、ここでするつもり?野宿じゃんか!』


「野宿と言っても、家にいるくらい、快適な睡眠はできますよ」


『どういうこと?』


ユーリを凝視すると、突如抱えていた小さな鞄に、手を突っ込むユーリ。

何かを探しているかのように、鞄の中で、手を豪快に動かす。


「あ、ありました。んー………おいっしょ」


『………へ?』


 思わず素っ頓狂な声が出たが、これは驚かせるにも程がある。

本当、コイツは私に気絶してもらいたいのか。


『な、んで鞄からベッドが………』


「実はこの鞄、アイテムボックスの代わりをしてくれるんです。有能ですよね!

ベッドを詰め込んでいたんですが、やはり私の選択は間違っていなかったようです」


『………馬鹿言ってんじゃないよ。そんな小さな鞄から、ベッドが出てくるわけないでしょ。何かのマジックでも………』


「もしやリリーさん、アイテムボックスを知らないんですか?それは残念!こんなに便利なのに、そちらの世界では普及していないとは………」


『どうせ魔術とか色々使ってるんだろ?』


「いいえ。アイテムボックスは魔王討伐時代前……2000年以上前のルーペレル博士によって作られた、かつてない程の高度な技術から用いられた超便利アイテムです。これには魔法を一切使っていないため、魔法が使えない普通の民でも使用することができるのです」


『マジかよ………。ま、まあ結局ベッドで寝れるんだし、別にいっか』


「えぇ。寝ている途中に魔物に襲われたら元も子もないので、一応結界魔法を張っておきますね。魔物がこの結界を破ろうとしたら、鈍い音が鳴りますのですぐ気づきます。今夜はゆっくり寝てください」


『………お言葉に甘えて』


と口にした瞬間、豪快にベッドへ潜り込む。


「おやすみなさい」


『………そ』


短い一言を返し、私は深い眠りについた。




■□■⚔■□■




『なんでこうなった………』


「何か不満でもございましたか?海に行くと承知したのはリリーさんですけれど」


 淡々と私の前を歩くユーリ。

意地でも自身の顔を見せようとしないのは、彼女の賢さから生まれた本能のようなものだ。


『ユーリ、お前絶対騙したろ………』


と訊ねてみるも、


「騙した?はて何の事やら。普通に考えて、ここは内陸国。海がどれだけかけ離れた存在かなんて知った事です。それに、貴方が異世界人であるからって、私はこの前地図を見せたことがあるでしょう。これは、気づけなかったリリーさんの失態から成ったものではないでしょうか?」


 と、口論で圧倒される始末。

本当に彼女に勝てる方法など無いのではないか、と薄々感ずく。

 まあ所詮、私は馬鹿力で生き抜いてきた女だ。

元々ユーリに勝てる術など持ってはいない。

 とはいえ、勝とうが勝たないだろうが、これは全く別の話だ。


「まあまあ、最短ルートを通るので、このまま歩いていけば、3ヵ月もかからないでしょう。」


『3ヶ月!?馬鹿言うな!魔王討伐する前に老いて死ぬわ!』


「屍になろうが、私達は魔王を討伐します」


 いやその自信はどっからきた………。

まず死んでから魔王を討伐するとか、マジでコイツ、薬でもやってんじゃないのか。


「まあ馬車ならありますが、それはマルカス街に近くなってからの話です。そこらの道に馬車道が通っている訳ありませんし。何にせよ、ここは魔物が出ると名高いドルデイの大森林です。馬車なんて意地でも寄ってきませんよ」


『………はぁ』




■□■⚔■□■




 という訳で、私達はとにかく歩き回った。

眼中の地図に両足を捧げ、足がもげるまで歩いた。歩きまくった。

ここぞとばかりに根気を発揮し、1ヶ月はこの苦痛を耐えた。

本当に、根気よく歩いたかいがあった。


 精神や体力が限界に陥っていた時、ふらふらと森を歩いていると、開けた平原に出会い、そこで馬車道を発見し、運よく馬車を捕まえることができたのだ。

こうして私達は、予定よりも大幅に早まり、マルカス街に到着した。


「街に到着したからと怠けるのは禁止です。ほら、海中林について情報収集を始めますよ」


『え。食事は?一か月以上、ろくな物を食べてないんだけど』


「ないですよ?とはいえ、今朝はキノコを食べたじゃないですか。もそれでもまだ満足じゃないんですか。リリーさんってば欲張りですね」


『はぁ?昼なんか何も口にしてなければ、晩飯は抜き?これで欲張りだとすれば、

世界中の皆は何になっちまうんだよ』


「では、息抜きにそこら辺の雑草でもむしってどうぞ。ただし、手早に済ませてくださいね」


『誰が雑草食うか阿呆。ってか、流石に二食抜きはアタシの精神と体力が尽きる』


「うーん。そこまで言うなら………海中林の情報集めが終わったら、特別に食事の

許可を出しましょう」


『よっしゃあッ‼おいおい何突っ立ってんだ。手分けして情報集めだ!集合場所はここで。じゃ、また後で!』


 ここぞとばかりにフルパワーを発揮すると、ユーリが苦さ混じりの笑みを

見せる。


 確かに、自分の財布の金がえぐられるように消失していくと思えば、誰でもこうはなる。特に損得勘定なユーリにとっちゃ、激痛を堪えるのと変わりない感覚だろう。

まあそんなこと、私には関係ない話だけれど。

通常、ヤンキーの割には濃厚な性格の私だからこそ、ここまで耐えてきたけれど、

これ以上は私のプライドが見過ごさない。

 

ふふふっ。今夜は御馳走になりそうだ………。


『………ん?こっちから良い匂いが………』


 小動物の姿になったからか、人間の頃も元々良かった鼻が、もう一段階上がったようだった。

匂いを辿ると、港から少し外れた商店街に着いた。

そこで一際美味な香りを漂わせていたのは、”榎”の文字が大きく書かれた看板のある海鮮店だった。


『ここか………』


カランコロン


 扉を押し退け店に入るなり、風鈴が奏でる日本独自の音色が耳を通り過ぎた。

店内を見渡せば、何処か懐かしみを感じさせる風景が広がっていた。

 ぱっと祖母が浮かぶのは、よく通った書院造の特徴的な家のせいだろう。

そういえば、昔よく叔母の家の障子を良く破ったなぁ、と懐かしい思い出が蘇る。


「いらっしゃーい!………って、ん?」


 中年男性らしき野太い声で店頭から顔を出したのは、跳ね上がった癖毛が特徴的な男だった。

何かを探っているのか、突如辺りを見回す男。


「あれ?確かに風鈴の音が聞こえたんだけど、客さんが見当たんねぇな………」


 見えていないのか?

こんな可愛らしい兎が見つけられないなんて、コイツも相当な………って、兎?


 そうか!数か月はこの状態だったから、さっぱり忘れていたけれど、今の私は兎。

この状態で人間に話しかければ気絶者は出る。必ず。

 まさかユーリ、これを前提に話を進めていたなんて………。

クッソ、騙された………。

 

 あの苦笑も、アタシを嘲笑っていたに違いない。

そっちがその気なら、アタシだって本気になるからね?


ガラン


店の扉を豪快に開き、外へ飛び出す。

先程の男の悲鳴らしき声が聞こえたが、内心知ったこっちゃなかった。


体を街と反対方向に向け、渾身の力で駆け出した。




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