第13話 リリーVSユーリ



『おい!もう朝だから、早く起きろっつーの‼』


「ん……………」


 早朝の平穏な空気に似合わぬ、怒声が響き渡る。

その原因も、目の前のコイツ。

その名もユーリ・アルファイラ。

 アタシが異世界に召還された要因だ。


 彼女が言うには、伯爵という、貴族の中でも強い権力を持つ家で育ってきたらしい。

だけれど、実の家族でも何でもない為、家族愛などは特に感じられなそうだ。

というよりか、そんなこと言ってられない程、険悪な状態らしいが。


 実はつい最近その伯爵家から追放されたようで、近くの森で休憩をしていたら、

どうやら女神に、魔王討伐を託されたらしい。

 本人は暇つぶし程度と思っているけれど、魔王がそんな浅く倒されるとは、

誰も思わないけど。


 話を戻すと、高い権力を持つ貴族なのに、こんな寝起きが悪いなんて、マナー

違反じゃ、と何度も思う。

何度耳元で怒声をかけたって、ん、やムウ、としか言われない始末だし。

 よだれを垂らしながら、気持ちよさそうに爆睡するユーリが、何だかんだ憎らしく見えてくる………。


(アタシは早朝から準備してやってんのに。本当に貴族なのかコイツは)

今にでも顔面パンチしたい拳を抑え、もう一度ユーリを起こす。


『………ユーリさん?』


「ん?呼んだ?」


 いや、ちゃんと名前呼んであげたら起きるのね!?

ってか何それ初耳だし、もっと早く言えっつーの‼


はァァアア、と、像を通り越して爆発音のような溜息を上げる。

 ってか、なんでコイツ、こんなピンピンなんだ?

普通、寝てたんだから、もっと眠そうな声を上げるよね?

もしや………。


『………眠ったふり?』


「あ、バレました?実は数時間前から起きていたんですよね」


 あざとく笑うユーリに、少し気が引ける。

やっぱり、貴族って怖ぇ………。


「ところでリリーさん、準備は整いましたか?」


『勿論だよ。ていうかアンタが準備してなくて、待ちくたびれてたんだけど』


「それについては、もう終えていますのでご安心を。試験場の配置確認は終わっていますし、服装などの準備も万全です」


『………ちっ』


 舌打ちをするも、全く怯む様子のないユーリ。

もうこれは、貴族っていうことで、かたずけられるさがじゃない気が………。

 まあ、もう何でもいいっしょ!どーせコイツの顔面に一発パンチ加えてやるから!

今から戦場に行くっつーのに、こんなネガティブじゃ、秒で試合終わるわ。

やっぱ、心から強くしてかなきゃね!うんうん。


頬を両手でひっ叩き、気を取り直す。




■□■⚔■□■




「試験場は、この平原です。人の行き来も少ないですし、心の準備が整ったら

私に教えてください」


 そう言い終えると、ユーリは、野原の中心部に移動し、堂々と仁王立ちをする。

それは、まるで貴族とは思えない佇まいだった。

 きりっとこちらだけを見つめる強い眼差しに、思わず足が惹かれる。

我に返った時には、もう私はユーリの攻撃を構える体制をしていた。

 まるで漫画の1ページのような行動に、少しビビる。


(とはいえ、この姿じゃそんなにピンとこないんだけど)


「準備は宜しいですか?」


『………いーよ』


 その言葉に反応し、ユーリが構えの体制を取る。


「では、よーい」


「スタート‼」


スタートと同時に、ユーリの手から、魔力が放出される。


「<時間停止タイムストップ>」



 詠唱と共に、木々の揺れがぴたりと止まる。

時間を止める魔法か?いや何それ無敵じゃんか………というのはいいとして。

時間を止めたものの、一向に私の体に異変が無かった。


「やっぱり効かないか………」


 ユーリが発した言葉に、少し驚く。

効かなかった………?まあ確かに、アタシって一応聖杖だし?女神様のご加護の

お陰って感じ?


 まあ、相手は時属性の上級職やらなんちゃらだ。あんま覚えてないけど。

前世の記憶によれば、ファンタジー漫画で時属性はテレポートとか鈍足とかを

付与できるらしい。いや魔法が使えない私には勝てっこなくね?

 とにかく、まずは魔法が当たらないよう避けるしかないか………。



「<効果付与エフェクトグラント>」


来る!

ユーリの口の動きを捉え同時に動き出すものの、一向に魔力がこちらへと向く気配がない。

いや。のか?

 そうか。こちらへ魔力を向けたと見せかけたデマだったのか。

でも、確かに魔力が放出されたのを感じたけど………。


 瞬時に辺りを見回す……と、ユーリが持つ剣に、ほんの少しの魔力を感じた。

そうか。アタシに魔力を向けるデマと同時、剣に効果エフェクトを付けていたのか。

ユーリらしい、効率的な考えだな。

………ん?


でも、剣に効果を付けるなら、元々デマなんか必要ないんじゃ?わざわざ剣に効果を付けたって、魔法使いに必要あるの?


[刻妃とはいえ、できるのは古代文字の解読と、時空を動かすだけですよ]


 脳内に、ユーリの言葉が響き渡る。

この言葉を聞いたときはマウントかよ、と少し気が引けたけど、よくよく考えて

みれば、攻撃魔法が少ないって意味だったのか。

 確かに、時属性は攻撃魔法の少ない魔法だからなぁ。

強さが全てのこの世界にとっちゃ、時魔法は弱い能力だろうし。

だから、ユーリは剣にエフェクトをかけたのか。

エフェクトということは、自身の魔法、時魔法に関連するものだから………。



「<転移テレポート>」



 ユーリの凛とした声が聞こえると、すぐさま我に返る。

何だと思えば、ユーリに関しては、何も起こらない。

 でも一瞬、テレポートって言葉が聞こえた気がするけど………。


サッ


 空気が裂ける音と同時、目の前に、指一本もない距離に、剣が現れた。

剣………そうか!

 ユーリは自身をテレポートしたのではなく、剣を対象にしたのか。

剣を投げた瞬間に剣をテレポートさせることで、遠く離れた私にも、剣が速射のまま飛ぶ。

 元々、これを狙って………!


ザシュッ


 平穏な空気を感じさせられる野原に似合わぬ、鈍い音が響いた。

辺りに土埃か舞う。

 

 数分後、土埃が完全になくなると、悠々と服を払いながら出てきたユーリ。

精一杯睨みつけ、構えの体制を取る。


「お見事ですね、リリーさん」


 優雅な足取りで、こちらへ歩いてくる。


『ふん。アタシがこんくらいで死ぬと思うなよ』


 突然の攻撃に備え、ユーリから距離をとる。

しっかし、アタシの事を舐めちゃ困るわ。

 なんたって、アタシあっちの世界で50m、平均5秒よ?

オリンピック余裕で出れるわ。まあその前に死んだけど。


ちっと舌打ちをする。


「剣を転移する前にそれに気付く人なんて、中々いないですよ。第一、異世界転生者であるリリーさんが、私の攻撃を避けられるなんて、思ってもいませんでしたし」


『当たってたらどうなるんだよ』


「私、一応元聖女なので。回復魔法ヒーリングを使ったら、剣の傷跡くらい、余裕で治せますよ」


『ちっ』


 いつまでたっても、未だにユーリには、口論で勝てる気がしない。

まあ、ヤンキーなんかになりゃ、口論する前に顔面パンチで即死よ、即死。

アタシに付いている口なんか、ただの飾り物と同様だよ。


 とはいえ、まだ試合中のはずじゃ?ってか、この試合、いつ決着つくんだよ。

普通は、相手の剣を落とすか、死ぬかのどちらかだろうけど………。

アタシは剣も持ってないし、腕試しの試験だから、死ぬことはないだろう。


「よし!リリーさんの腕も分かったところだし、試合終了と行きますか!」


『は………?』


 いや、アタシが認めたら終了、みたいな感じ?

何それ、無茶苦茶。

まあ、どうせ終わったからいいけどさ。


「なんですか、その目。私をけがれみたいに見ないでください」


『まあ、半分正解で、半分不正解ってとこよ』


「なんですかそれ」


 引くような目でアタシを見つめるユーリ。

いやアンタもやってるけどね?同じだけどね?

 すると、試合中の疲労が、今になってドッと込み上げてくる。

はぁ、と、大きな溜息を付くも、疲れが取れるような気配はない。

 

 ここに来てからは、いつもユーリに振り回される日々だ。

まあ、この生活も、意外と悪くないけどね――――……。

そう、快晴の空を見上げ、私はほんの少しの笑みを浮かべた。

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