第12話 元の姿に……戻れない?!



「………」


『………』



 辺りに沈んだ空気が漂う訳は、数分前の事。

これは偶然だったのか。もしくは必然だったのか。

 突如と魔力発動を閉ざされ、今となっては喋る小動物と化したリリーを前に、

私はぐったりと気力を失う。

それはリリーも同じなのか、私と同様、喋るどころか、動く気力すら失っている。


 魔力封鎖は、闇属性が扱う上級魔法として、かつて魔王張本人が用いたとされる、

三大恐慌魔法として、現代となっても恐れられる魔法だ。

 だがその巨悪さから、魔力封鎖が記された魔導書は全て焼き尽くされ、灰となれば人間が届く程ではない地下深くに埋められた―――――……。

これらのことを、王宮は一切口出しにせず、世を鎮める為隠滅したことから、

1000年経った地上では、魔王軍との戦跡などはもう残されていない。

 

 じゃあなぜ私がそのことを知っているかと言えば、もうお分かりの通り、この

魔導書のおかげだ。 

 となれば、王宮は全ての魔導書を隠滅できていなかった、ということになるが、

そういうわけでもない。

確かに彼らは、の全てを隠滅したのだ。

だけれど、やはり今となり女神から召喚された魔導書は、規格外だったのだろう。

 本当にこの真相を知っているのは、世界で私一人だけかもしれない。


 じゃあ、何故私がその魔導書に選ばれたか、と考えると、それは無限ループに

突入するのと同じ事なので、途中で諦めた。

まあ、今はそんなこと考えている場合じゃないというのは変わりないからね。

 

 ぐったりとベッドに横倒れたリリーを、横眼で見つめる。

話しかけようと試みるも、彼女に顔を向けた瞬間、まるで私まで鬱病を受けるように、心が挫けるのだ。

 

 そこで思いついた作戦が、ノールック問いかけ作戦。

なるべくリリーさんの顔を見ずに、呟くように問いかけるというものだ。

 これは、心理学でも近々注目されている事で、自分と真正面から目を見て話さない事から、自身に対するプレッシャーが無くなり、極めて安静な状態で会話ができるというものだ。


 私にも、ノールックの為、鬱病がかかる心配もないので、一石二鳥だ。

いざ、作戦を試みる。


「リリーさんが住んでいた世界って、どんな風だったんですか?」


ノールックの為、私の言葉に反応したのかは、私にも分からない。

これは、彼女が声で返さなきゃ、解決できないのだ。


『………地球っつーの。青色の海と人々が行き交う色鮮やかなの地上が在って。空から見ると、すんごい綺麗』


 リリーさんの、ボソッとした声が聞こえると、嬉しさのあまり、思わず声が漏れ

そうになる。

すぐさま、返答をする。


「そちらの世界は、空から自身の国を見れるんですか?」


『そんな感じ。ロケットって言う乗物に乗って、人がそらに行くの。

その資格を持つ限られた人しか行けないくらい、重要な職業だけど』


「へぇ。資格って、勉強すれば取れるものなんですか?」


『そ。とにかく勉強した人が、試験で合格したら取れんの。才能の関与もあるかもしれないけど、勉強しなければ取れない』


「そうなんですか。………努力をする人が上の存在になるって、とても良いですね。

こちらは、生まれた瞬間が命取りですからね。どんな秀才な者でも、身分が低ければ何も貰えないし、何もできない」


『………』


「上流貴族も、少しは地球を学んだ方が良さそうですね」


 ふっと笑みを溢す。

この笑みは、ノールックの為リリーには見えないだろう。

 まあ元々、つい出てしまったものだから、見せようとする気は無かったけれど。


『だからだよ。平和な国の国民は、他で起こっている事をんだ。

どんな人間でも、気味悪がられ虐めを受けるより、相手にされず、誰からも

知られず死を遂げる。それが、人間にとっての一番の恐怖なんじゃない?』


「………!」


 確かに、リリーさんの言う通りだ。

重く言えば、牢屋に囚われるのも、死刑と下されるのも、自分が からなんだ。

 誰からも相手にされず、虚しく孤独死をする。

私が居ない存在として察知されるのが、一番怖いのか。


『だから、人は努力をする。だから、人は虐めをする。自分が上の立場というのを明確にし、自分がイジメの対象者にならない為に。

所詮、人間なんて自身の存在価値を証明する為に生きてるものだよ。

本当、愚かだよね』


「………」


 思わずうつむく。

私の行動は、いつか誰かを救える。貧窮に苦しんでいる人々を、やっと救える。

そう思えた。甘過ぎたんだ。

 なぜ私が、見知らぬ誰かを助けるのか。

困っている人を助ける。それは当然のことだ。

確かにそうだ。当然なのであれば、普通の事だろう。


 でも、なぜ私達は、当然のことをするのだろうか。

そこが問題だ。

〝当然〟というのは当たり前の事だから、というだけで、それが行動に移すような理由になる訳ではない。

 そうだ。人は〝当然〟をすることで、自分が味方だと証言しているのだ。

自分が虐めの対象者にならない為に。自分の敵を増やさない為に。


「ははっ。私だって、所詮ただの素人じゃない。今までの秀才さは何だっての」


 はぁ、と、少し嬉しさ混じりの溜息とは思えない声を上げ、ベッドにダイブする。

長年使われていなかったにも関わらず、ふさふさとした心地の良いベッドだった。



『………アンタって、タメ口できるんだ』


「え?………」


 今更気が付いても、もう遅い。

自分の失言に、体が岩のように硬化する。

もうこれは、諦めた方が早そうだ。


「………できるんですけど、癖なんです。貴族として生きてたら、リリーさんだって分かりますよ」


『そ』


短い返答をして、リリーさんはベッドから降りる。


『………今思えばさ、この姿でも、いいよなって』


「へ?」


『だって別に魔法なんか使えなくても、アタシ、生きてけるし』


「………」


『え?も、もしや、魔法使えなかったら、生きる価値が無いとか………。

この世界生きてけないとかある?!もしや、アタシ死ぬ?!』


「ぶっ」


『いや笑うな‼人の死を見て笑うとか、アンタどうかしてるんだけど!?』


「じゃあ、そういうことにしておきましょう」


『はァ?』


 いかにも不満げな顔を見せるリリーさん。

自分でもよく分からに程に笑いのツボが治まらず、もう過呼吸と言っても可笑しく

ない程、呼吸が荒い。


 やっとのことで笑いが治まったと思えば、いつの間にかリリーが鞄を漁っていた。


「ちょ、何してるんですか?」


私の言葉には全く反応せず、鞄を漁り続ける。


『おっこらせ、っと』


 鞄の中から取り出されたのは、魔導書だった。

続いてページをぺらぺらとめくるリリーさん。


『………あったあった』


 不思議と目を輝かせ、魔導書を見つめるリリーさん。

横から、そっと横目で覗く。


「………ぶとう?」


『そそ。アタシ、あっちの世界では、ギャル兼ヤンキーだったかんね』


 舐めんなよ、と、拳をグーにして、叩きつける真似をする彼女。

それを、目を点にして見つめる私。


『………あ、そっか。アンタは知らんか。まぁ、ヤンキーっつーのは、拳が全て?

みたいな感じ。ガラの悪い連中の事よ。まあアタシは、女ヤンキーとして、逆に

ガラの悪い連中をぶっ倒してきたんだけどね』


 ふっと、上機嫌に鼻で笑う彼女に、イマイチ頭が追い付かない。

ギャル兼ヤンキー?

若い陽気な女でありながら、武闘に精通しているという事?

 ということは、リリーさんのあちらでの職業ジョブは、こちらでの戦士の

様なものか。

 

 時魔法を扱えるというのに、元は武闘の資格も持つ………。

意外と大物なのでは、と薄々感ずく。


「武闘にも精通しているというのであれば、今のうちにでも習得した方が良さそうですね。魔法が使えるようになるまでの間、武闘を中心に訓練を続ければ、回復後もいざ接近戦となった時に活用できますしね」


『アタシの実力を見たら、アンタもビビるだろうね』


「ところで、リリーさんの流派は何ですか?剣?斧?もしやハンマーとか?」


 ぐいぐいと、リリーに攻寄る。

これには流石のリリーも慌てたのか、一歩後退る彼女。


『りゅ、りゅうはか………。アタシは何もない。拳ひとつで十分さ』


「拳………ですか。初めて聞いた流派ですね。もしや我流だったりします?」


『我流!そう!そこらの卑劣なヤンキー共は、鉄パイプを使うけど、アタシは正々堂々、拳ひとつで勝負するんだよっ!』


「凄いですね。確かに、人間の頃は拳で何とかいけたと思いますが………。この姿だと、ちょっと………」


『た、確かに………』


はぁ、と二人して溜息を付き、再び魔導書に目を落とす。


「それか、身体強化をしませんか?」


『………なんだそれ』


「その名の通り、体の強化です。身体能力が向上すれば、素早さ・体力・パワーなどの向上が見据えますからね。リリーさんは、小動物系なので、特に素早さに向いて

いますし」


『………ヤンキーやってんだから、素早さには自信があんよ。えっと………50mの平均が、5?かな』


 ふっとドヤ顔を見せつけてくるリリーさん。

そうとはいえ、5か………。


『はあ?あんた、今、5か………って呟いた?』


「あれ、漏れてましたか?」


やっちまった、と思う反面、彼女には、この世界の屈辱と言うものを教えなければいけない。


「この世界には、魔導士や魔物もいます。魔導士は魔術でスピードアップができるし、魔物は恐ろしい程の強靭な肉体を持っています。それに、魔王討伐となれば、素早さ・体力・パワーが、今にでも身に付いていなきゃ、もう手遅れと言うか……」


『それで、アタシの素早さは、ここの基準だとどんくらいなんだ』


 逆に今度は、リリーさんに攻寄られる。


「どれくらいと言われれば、デキる農民程度ですかね。このままだと、魔王からしたら、地面を這いつくばる蟻としか言いようがありませんけど」


『う”………ま、前の世界では神クラスの速さだったんだからな!女子高校生で

5秒って、マジ馬鹿みたいに速いから!世界トップ君臨しちゃうから!』


「そうやって自分を甘やかしていたら、魔王討伐なんて、夢のまた夢ですよ。

まあ、リリーさんがそれくらいだったのであれば、今からでも静かで平穏な森に

暮らしていてもいいんですよ?私が魔王を討伐してあげるので」


『…………』


 たちまち言葉を失う彼女。


『………じゃあ、どうすんのさ』


やっと声を出したと思えば、少し震え気味だった。


「まずは、とにかく鍛錬の積み重ねです。そして、実戦。人生を懸けてこれを

繰り返していてれば、いつかは魔王討伐を成し遂げることができるでしょう。多分」


『信憑性うっす』


「だとしてても、討伐は全てが力の世界ではありません。脳が冴えてなければ、

全て元も子もない話です」


『じゃあ、勉強もやんなきゃいけない訳か………』


「そんな渋い顔をして、どうしたんですか」


『アタシ、全てを力に懸けてきた女だから。勉強は、とっくに12で捨てたわ』


 舐めんなよ、と、無駄に気力があるリリー。

それ、自分で言ってて悲しくないのかな………。


『まあとにかく!アタシは鍛錬をやることにするから。で、鍛錬の内容は何だ?』


「お、気が早いですね。鍛錬内容は、私とリリーさんのタイマンです。

魔法が使えない今、リリーさんの実力をしかと確かめるとしましょう。

実戦は、明日の朝です。疲れたでしょうし、今日はぐっすり眠ってくださいね」


『わかった』


 目を輝かせ、豪快にベッドにダイブするリリーさん。

私は内心、クスッと笑みを溢した。

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