第7話 白銀グレムリン



「いや………マズいでしょ………」


すっかり気力を失くした私は、岩にもたれかかり、空を見上げる。

なぜこんなにも落ち込んでいるかって?

それは――――――――………。


――――― 遡る事、数十分前 ―――――


丁度山頂の中間地点に付いたところで、何かしらの異変などは見当たらなかった。

近くに魔物の住処なんてのも無かったし、やはりバツ印の所から出てきた魔物が、食に飢えここら辺をうろついているのだろう。


 しかし、それなら困った。

今の私は、攻撃魔法を所持していない為、このまま住処へ突っ込んだら………

まあ後はお分かりの通りだ。

 元々、他の属性と比べると、時属性は攻撃魔法が極端に少ない。

それに加え、魔物との戦闘経験無の私が挑めば、確実に死んだと言ってもおかしくないだろう。


 もし魔族に生まれたとしたら、強さの身を求める彼らにとって戦闘能力無の私は確実に低下級として扱われていただろう。

そう思えば、人間に生まれて良かったかもしれないが、伯爵家に預かられたのは

本当に不運だった。


「魔導書にテレポート機能すら付いていれば、今すぐにでも山麓に転移できるのに………」


また下るのかと思うと、既に体が怠くなる。

 仕方なく私は山麓まで引き返し、魔導書に記されるバツ印を辿り、魔物の住処らしき場所に付いたときだった。


キッギクォッ


明らかに魔物の雄たけびが聞こえたと思うと、生い茂る木々の間から、魔物がひょこっと身体を見せた。

瞬時に物陰に隠れ、魔物の住処をそっと覗く。


「………」


思わず目を見開いたのは勿論、見てはいけないものを見てしまったと、後悔する。

 

 そこには嬉しそうに獣肉を中央で丸焼きにしながら、周りで仲間と踊っている魔物が見えた。

数的には、そんなに多くない。というか、通常より小数だろう。

 ここまで聞けば何も問題がなさそうに思えるが、その次が問題だ。

一匹、辺りを見渡し見張りをしている、グレムリンが1匹。

そして肉の周りで舞っているのが、4匹。

計5匹の構成の中、他のグレムリンとは毛の色が異なるグレムリンがいるのだ。

 周りのグレムリンは、紺青の毛を持っているが、そのグレムリンだけは白銀なのだ。

鳥肌の立つような白銀の毛並みが、これだけ離れていても、くっきりと瞳に映る。

 

小さい頃の記憶だと、確か魔導書に魔物の強弱の基準が載ってあったはず………。

 鞄から魔導書を取り出し、ページを捲り始める。

分厚い魔導書を根気よく探した結果、魔物の絵が描かれたそれらしきページを

見つけた。

 瞬時に<読解デコード>を掛け、魔導書を解読する。

時魔法を掛けては解読、を繰り返していた為か、いつの間にか古代文字解読の

プロフェッショナルとなっていた。

無駄な時間も何時しか役に立つものだな、と感心する。


再び魔導書に目を落とすと、それらしき文章が書かれていた。


『魔物ノ強サ。其レハ脊部はいぶニ生エシ毛ガ象徴。コレヲ、冠位色艶かんいしきえんト呼ブ』


『冠位色艶ハ、下級順ニ、えんかちせいあかがね漆黒しっこく白銀はくぎんニ別レル。』


『主ニ白銀ハ、漆黒ノ五倍ノ威力ヲ持ツ。』


最高峰の威力!?しかも漆黒グレムリンよりも5倍近くの強さ………ということは、

四匹の靑グレムリンより、一匹の白銀グレムリンの方が、余裕で強いって事!?


思わずふらついた体を、岩に委ねる。


「いや、マズいでしょ………」


そして、今に至る。

 

 どうする。今なら魔物に一発くらい不意打ちを食らわせられるかもしれない。

だけれど、もし私が死んだとなれば、魔王討伐は不可能。本末転倒だ。


 というか元を言えば、なんで私が勇者に選ばれたんだ?

女勇者………というか。勇者とは通常、男性が命名されるもののはずだけれど。

というよりか私に剣の才能は皆無であり、ましてや勇者一行に選ばれる程の

能力を所持していない。

 確かに時魔法の上級妃という資格を持つが、勇者一行の役職は主に、

勇者・魔法使い・戦士・僧侶・弓使い の構成で成っており、

攻撃魔法に劣った時魔導士が勇者一行に選ばれる見合いは無い。これは法律上でも

記載されており、もしそのような事態に陥ったとしたら、王家がただじゃ済まないだろう。


まあ、これも憶測にすぎない考えだ。証拠も何も無いから、確率的には低い話。

別にそれ程深読みする必要は無いだろう。


「さてと、本題はこっちだよね………」


 そういえば、余裕で勇者の話をしていたけれど、私は今、結構なピンチ状態に陥っている。

これでよく関係の無い話をしていられたな、と少し自尊する。

 だけれど、本当に白銀グレムリンは、リスク的に諦めた方がいいだろう。

けれど、そこが問題だ。

どうすれば、白銀を退かせ、青グレムリンのみを倒せるか。


「うーん………」


ガサッ


そう呟いた直後、茂みの奥から何やら不審な物音が立つ。

集中し過ぎて前を見ていなかった。

もしかして魔物!?

 と思った矢先、狙いは華麗に的中した。


毛並みは?………青か。

白銀ではなかった、と内心は安心するも、体が思うように動かない。

 このままグレムリンを倒したとしても、確実に住処にいるグレムリン達に

気が付かれる………っ。


冷や汗が、額を伝り頬をツーっと流れる。


ウ"ギャッ?


もう目の前と言うところで、グレムリンが足を止めた。

やばい………気づかれた!?

トクトク、と心臓がうるさく鳴り響く。


こういう時に、体が動かない。

このままじゃ、魔法を出す前に死ぬ!


死を覚悟して、私は目をつぶった。

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