第6話 魔力制御
よくよく思えば、回復魔法も所持せず、精霊にも憑かれなかった私が聖女になるなど、おとぎ話に過ぎなかったのかもしれない。
なぜ邪魔者と扱われ人生を歩んできた私が、聖女として神に認められたのだろうか、という思いが今でも脳裏を過る。
そういえば、私を教会へ連れて行き、聖女の称号を授からせた者は、一体誰だっただろうか。
たった数週間前の出来事にもかかわらず、記憶を辿るも薄っすらとした景色が見えるだけだった。
だけれど、私のスローライフ生活を妨げた張本人だ。きっちり恨みを晴らさないとスローライフを満喫したくも出来っこない。
売られた喧嘩は潔く買う女ですので。伯爵家そして王太子と妃の方々。
ちゃんと覚悟しておいてくださいね?
フフフ、と口の両端だけをニィっと上げた笑みを溢す。
ガッ
突如、腹部に衝撃が走る。
思わずカッと目を開くと、看板らしきものが目の前でゆっくりと倒れた。
「あら、やっちゃった系ですかね」
かがみ込み看板を手に取ろうとするも、直前で手を止めた。
こういう時こそ、魔法の出番じゃない?
看板の目の前で手をかざし、指先に神経を集中させる。
指先に、魔力が溜まる感覚。
これが、ジュワッと指先が熱を帯びるのがとても心地よくて、伯爵家にいた頃は、唯一の至福の時間と思えた。
ゆっくりと目を開けると、金色に輝いた光が、看板と私を優しく包むように取り囲んでいた。
「<
そう唱え終えた直後、金色の光が、たちまち看板に取り憑く。
それと同時に、ゆっくりと看板が元通りになってゆく。
小さな汚れや、ましてやそれが起こった正確な時刻まで知ることができる優れ物だ。
一つ欠点があるとすれば、過去に起こった出来事しか表せないということだろう。
まあ、未来予知までしてしまったら、それこそ本当に無敵だと思うけれど。
「わぉ………」
美しく輝く黄金色の光に、思わず魅了される。
というものの、少し狙いとズレたのか、看板は新品そのものような状態に
生まれ変わっていた。
そう。私には、一つの難題があるのだ。
-遡る事、数十分前-
「魔力制御、ねぇ………」
魔導書を黄昏れるように眺める。
ヘルリンの宿屋に向かう前、休息に噴水で腰を掛けていた。
絶大な魔力を持つ者でも、魔力制御が出来なければ、無意味に近い話。
もし仮に制御ができず魔力を放出したとすれば、目の前に連なる山々の核心に穴を開けるかもしれない。
もしくは、抑えきれない魔力が自己防衛を察知して自動的に放出し、家族や友人
関らず、もろともを破壊するのどちらかだ。
このように、膨大な魔力を所持し、さらに魔法制御が出来る者こそが、
真の大魔法使いなのだ。
大魔法使いを目指していない私でも、魔力制御が出来なければ、一大事になるのは
変わりない。
貴族派を良く思わない私だからこそ、上肩書だけを重視し、他者の命の欠片も
想わない上流貴族のようにならない為に、それだけは避けたい事だ。
魔導書のページをめくり、そして時魔法をかけ解読をする、の繰り返しに屈し、
溜息を付く。
「………ん?」
ページをよくよく見ると、詠唱のようなものが記載されていた。
「えぇっと………?」
魔導書を地面に置き、詠唱を唱える準備をする。
とにかく、魔法とはイメージの世界だ。
射程・制度・分量………。
これらを一度に繋ぎ合わせることで、初めて精度の高い魔術が発動する。
「『
目を閉じ、今度は脳内図に神経を集中させる。
木の板が古臭くなる感覚、そしてコケが生え肌触りが悪くなる感覚………。
「<
詠唱を唱え終え、ゆっくりと目を開く。
チックタク、チックタク
振子時計が鳴らせる針の音が、どこからか鳴り響く。
それと同時、ゆっくりと看板が古く汚れてゆく。
すると突然、目の前に子供がやって飛び込んできた。
ぶつかる、そう思った時には、子供は私の体を何事も無かったようにすり抜けていた。
よく見ると子供の手の平は、泥で肌が見えない程汚れていた。
子供は看板の前で屈み、その泥だらけの手で看板を満遍なく擦った。
あっと言う間に泥まみれになった看板を見て、子供は満足そうな顔を浮かべ、何処かへ消え去った。
すると次は、麦藁帽子を被った老紳士が、看板の前を見て溜息を吐いた。
そして、その場でかがみ込み、素手で泥を落としていく。
またもやあっと言う間に泥が排除された看板を見て、老紳士は渋い顔を見せ、
何処かへと立ち去った。
そこで、振子時計のような音は鳴り止んだ。
倒れる前と元通りになった看板を、フリーズしたように数秒間見つめる。
まさかとは思っていたけれど、<
となれば、<
いいや。魔導書に記載されていた通り、元々<
ただ単に、<
まだまだ魔力制御が成り立っていないという事か。
今度はイメージトレーニングの練習だな。頑張ろう。
看板の前から立ち上がり、空を見上げる。
思った以上に長時間居座っていたのか、足が痺れている。
痺れた足を思い切り持ち上げ、私は山の中間地点を目指して歩き出した。
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