第6話 魔力制御



よくよく思えば、回復魔法も所持せず、精霊にも憑かれなかった私が聖女になるなど、おとぎ話に過ぎなかったのかもしれない。

なぜ邪魔者と扱われ人生を歩んできた私が、聖女として神に認められたのだろうか、という思いが、今でも脳裏を過る。


そういえば、私を神殿へ連れて行った者は、誰だったのだろう。

記憶を辿るも、薄っすらとした景色が見えるだけだった。


となれば、この魔導書だって、誰から授かった物なのだろう。

赤子の頃から大切に抱きしめていた本だ。印象的だったものの、記憶にあることはもう残っていない。


だけれど、私のスローライフ生活を妨げた張本人だ。きっちり恨みを晴らさないと、

スローライフを満喫したくも出来っこないわ。


喧嘩は潔く買う女ですので。

伯爵家、そして王太子と妃の方々。

ちゃ~んと覚悟しておいてくださいね?


フフフ、と口の両端だけをニィっと上げた笑みを溢す。


ガタッ


突如、みぞおちに衝撃が走る。


思わず目を開くと、看板らしきものが、目の前でゆっくりと倒れた。



「あら、やっちゃった系かしら」



かがみ込み看板を手に取ろうとする、も、直前で手を止めた。

こういう時こそ、魔法の出番じゃないかしら。


看板の目の前で手をかざし、指先に神経を集中させる。

指先に、魔力が溜まる感覚。

ジュワッと指先が熱を帯びるのがとても心地よくて、唯一の至福の時間と思えた。


ゆっくりと目を開けると、金色に輝いた光が、看板と、私を優しく包むように

取り囲んでいる。



「{リワインド:ジャスト}」



詠唱を唱え終えた直後、金色の光が、たちまち看板に取り憑く。

それと同時に、ゆっくりと看板が元通りになってゆく。


リワインド系魔術は、タイム系とは少し異なり、時代を遡る事に特化した魔術。

また、タイム系は一定時間、物の時代を移転させる魔術だが、

リワインド系は、物の記憶を遡り、小さな汚れや、ましてやそれが起こった正確な

時刻まで知ることができる優れ物だ。


ひとつ欠点があるとすれば、過去に起こった出来事しか表せない、ということだろう。

まあ、未来予知までしてしまったら、それこそ無敵だと思うけれど。



「わあ………」



美しく輝く光に、思わず魅了される。


というものの、少し狙いとズレたのか、看板は新品そのものような状態に

生まれ変わっていた。


そう。私には、一つの難題があるのだ。



「魔力制御、ねぇ………」



魔導書をぼうっと、黄昏るように眺める。


絶大な魔力を持つ者でも、魔力制御が出来なければ、無意味に近い。

もし仮に制御ができずに魔力を放出したとすれば、目の前に連なる山々の核心に穴を開けるかもしれない。

もしくは、抑えきれない魔力が自己防衛を察知して自動的に放出し、

家族や恩人関らず、もろともを破壊する、のどちらかだ。


このように、膨大な魔力を所持し、さらに魔法制御が出来る者こそが、

真の大魔法使いなのだ。


大魔法使いを目指していない私でも、魔力制御が出来なければ、一大事になるのは

変わりない。

貴族派を良く思わない私だからこそ、上肩書だけを重視し、他者の命の欠片も

想わない上流貴族のようにならない為に、それだけは避けたい事だ。


魔導書のページをめくり、そして時魔法をかけ解読をする、の繰り返しに屈し、

溜息を付く。



「………ん?」



ページをよくよく見ると、詠唱のようなものが記載されていた。



「えぇっと………?」



魔導書を地面に置き、詠唱を唱える準備をする。


とにかく、魔法とはイメージの世界だ。

射程・制度・分量………。

これらを一度に繋ぎ合わせることで、初めて精度の高い魔術が発動する、

そう記されているけれど………。



「『時鳥に告げる儚き命よ。御恩に応じる世が明けし迄、黄泉に昇る覚悟をせんと』」



目を閉じ、今度は脳内図に神経を集中させる。


木の板が、少し古臭くなる感覚………。

コケが生え、感触がザラザラに………。



「{リワインド・オールド}」



詠唱を唱え終え、ゆっくりと目を開く。



チックタク、チックタク



振子時計が鳴らせる針の音が、どこからか鳴り響く。

それと同時、ゆっくりと看板が古く汚れてゆく。


すると突然、目の前に子供がやって来た。

ぶつかる、そう思った時には、子供は私の体を何もないようにすり抜けていった。


よく見ると、子供達の手の平は、泥で肌が見えない程だった。

子供は看板の前に集まり、その泥だらけの手で、看板を満遍なく擦った。


あっと言う間に泥まみれになった看板を見て、子供達は満足そうな顔を浮かべ

どこかへ消え去った。


すると次は、麦藁帽子を被った老人が、看板の前を見て溜息を吐いた。

そして、その場でかがみ込み、素手で泥を落としていく。


またもやあっと言う間に泥が排除された看板を見て、老人は、ふぅ、と

苦笑いを見せ、立ち去った。


そこで、振子時計のような音は鳴り止んだ。


倒れる前と元通りになった看板を、数秒間見つめる。


にしても、タイム系魔術は、物の記憶を読み取り時代を遡るだけじゃなく、

そこに関連した人物まで表現してしまうのか。


となれば、もう一つのリード系魔術は不要なんじゃ………?


いいや。魔導書に記載されていた通り、元々タイム系は人物像を生成することは

出来ない。


ただ単に魔力制御に失敗し、自動的にリワインド系とリード系を混合させて

しまったのだろう。


まだまだだな、私も………。


今度はイメージトレーニングの練習か。頑張ろう。


看板の前から立ち上がり、空を見上げる。

思った以上に長時間居座っていたのか、足が痺れている。


ヒリヒリする足を持ち上げ、私は山の中間地点を目指して歩き出した。















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