第4話 ヘルリンの宿屋



「ここ………で合ってるわよね」


叔母さんの家の隣に建った、三階建ての建物。

入口には大きく〝ヘルリンの宿屋〟と書かれてある。


カランコロン


扉を開けるのと同時に、透き通った鈴の音が鳴る。

宿屋は古臭さを感じるほどの木造建築で、どれだけ長い年月受け継がれてきたか一目で分かる。


「すみませーん」


カウンターに設置されたベルを鳴らし、店員を呼ぶ。


「はーい!宿泊ですか?」


カウンターの奥からひょこっと頭を出し出てきたのは、私と同年代くらいの金髪の女だった。

多分、叔母さんの言っていた被害者の娘だろう。


「いいえ。ここの当主さんにご用事があって」


「おじいちゃん………ですか。実は近辺で出没している魔物に襲われて、寝室に

籠りっきりで……」


「その〝魔物〟について、詳しく教えてもらいたいんですけれど。当主さんでは

なくてもよろしいので、お時間ありますか?」


「うーん。宿屋に来る人も全くいないし………。良ければ私が!」


「ありがとうございます」



娘さんが案内してくれたのは、カウンターの奥に設置された小さな部屋だった。

差し出された椅子に腰を掛け、訊ねる。


「魔物の容姿や特徴について、何か当主さんから聞いたことは?」


「青緑のような色をしていると言ってました。あと、おじいちゃんは、魔物が棍棒を振り回しながら襲いかかってきて、怪我をしたんです」


ここまでは、叔母さんが話していたことと良く似ている。

他には、と訊ねると、うーんと考え込む仕草を見せる彼女。


「確か………そう。小さいの頃に見た〝グレムリン〟っていう魔物に似ていると

言っていました」


「グレムリンですか」


確かに、グレムリンは棍棒を振り回すイメージが大きい。

だけれど、グレムリンはイタズラ好きの子供のようで、人間に重度の怪我や危害を加えるような真似事はしない。

となれば、グレムリンとは異なる種という事になるけれど、どんなに頭を捻っても思いつく事が何もない。


これでは、流石に情報が少なすぎる。

リスクがあるから試したくなかったけれど、やるしかないか………。


「当主さんが襲われた所は、どの辺りでしょうか?」


「シュラフ山の中間地点くらいです。崖崩れが激しくて、今は立ち入り禁止になっているんですがね。おじいちゃんはそれを知らなくて………」


「わかりました。お時間ありがとうございます」


「いいよ!っていうか私達って同い年でしょ。別に敬語じゃなくていいんだよ?」


また言われた。今日で二回目。

敬語って、そんなにも不自然で堅苦しいのだろうか。

敬語を使えば、自然と近寄りがたくなるものなのか?

まただ。口の中から、妙な味がする。今にでも吐き出したいくらい苦くて渋いけれど、味気が無いようにも思える。

 伯爵家で初めて孤独を味わった時にも、同じ味が口に流れ込んできた。

彼女にじっと見つめられている状態が耐えきれず、私は慌てて謝った。


「癖で治すのが難しくて………その、ありがとうございました」


それだけを言い残し、私はその場から消え入るように立ち去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る