第2話 追放



「どういうことだ、ユーリ‼」



教会から退散した後、私は伯爵家の一室に呼ばれていた。

そう、お義父様の部屋だ。



「今申し上げた通り、王太子から婚約破棄されたのです」


「しかも、公爵家に聖女の称号まで奪われたと!?」


「おっしゃる通りでございます」


「お前は………っ」



なんと無能なんだ、とでも言いたかったのか。


足の力が抜けてしまったのか、お義父様は床に跪いてしまった。


といっても、あんな世間知らずかつ自己中心的な男と婚約なんて、

たまったもんじゃないわ。

顔がいいだけの井戸の中の蛙ね。


それに増して、あの女が妃になれば、確実にこの帝国は崩壊したと言ってもおかしくないだろうし。



「………てけ」



まだ跪いたままのお義父様が、力を振り絞るようにつぶやく。



「申し訳ございません。もう一度よろしいでしょうか?」


「出てけと言っているんだ‼早くこの家から出ていけ‼お前のような無能な女を

娘にした覚えはない‼」



お義父様の怒声が、屋敷中に響き渡った。

なんだと思った使用人たちが、一斉に部屋へ集まる。



「ユーリ様、王太子様に婚約破棄されたらしいわよ。それに、聖女の称号まで奪われたって………」


「憐れ過ぎて、救いようもないわね」


「ユーリ様のことよ。きっと国外追放もあり得るんじゃないかしら」



オホホホホと、まるで私に聞いてほしいような声のボリュームで、陰口を言うメイドたち。



「あらあら。どうしちゃったのー?王太子様に婚約破棄されただなんてー。ってか、

ってか、貴方、誰?もう伯爵家うちの子じゃないんでしょ?」


「………」



思わず、私はうつむいた。



「不法侵入者よ!捕えなさい!」



それからのこと、私は伯爵家から追放された。


元々、この家の者はでも何でもないのだから、正直どうでもいい話だ。

早く、ユーリ・べネストって名前も訂正しなきゃね。聞いただけでムズムズするわ。


まあ、なんとか魔導書だけは取り戻せたから、一安心ってところかな。


魔導書を丁寧にカバンにしまう。



「もう、この家は用済みよ。追放してくれて、心から感謝するわ」



そう言い、私は伯爵家の門に向かいお辞儀をした。




■□■⚔■□■




「お姉さん、その魔導書、俺たちに売ってくんねぇ?」



私は今、裕福そうな人々が行き来する商店街で、柄の悪い男たちに絡まれている。


顔も体もマントで覆っているから、伯爵家の私ってことはバレていなさそうだし、

どうやら男たちは、この魔導書が狙いらしい。



「大切な本なのです。申し訳ないのですが、お引き取りをお願い致します」



丁寧に売却をお断りし、さっとその場を立ち去ろうとする。



「あぁ。大人しく売っておきゃあ、身のためだったのによぉ」


「処す?処す?」



やたらと後ろで物騒な言葉が聞こえたが、知らないふりをし、駆け足で人混みに紛れる。



「おいおい。商店街で んなことできねぇだろ。こういう時はだな………」



大きな手が、肩に触れるのを感じた。



「う、うぁぁぁああッ」



平穏な空気が漂った商店街で、突然、男の叫び声が響いた。


耳をすませば、部下たちの焦った声が聞こえる。


難なく人混みに紛れた私が最後に聞いたのは、ここはどこだ?とつぶやく、男の声

だった。




■□■⚔■□■




私は自他ともに認める、時間に対する天性の才能を持っていた。


初めて水晶で職業ジョブを占った際にも、



【適正職業:刻妃こくひ


『時属性に非常に長けた職業。時属性を扱う女性の上級職』



これを見たときは、思わず絶句した。


伯爵家の子に、魔法に長けた存在など要らないことなど、当時8歳だった私でも

知ったことだった。



一度家に帰り調べたところ、


他人の記憶を自由自在に操ることができ、新たな記憶を入れるのはもちろん、

今までの記憶をすべて抜き取ることも可能。


本気を出せば、直径500m内にいる人間の記憶を同時操作することもできる。


また、一度見たものを忘れない能力を持つため、自身には効果が無い。


上級職というだけでも、帝国に一人か二人、いないかいるかの数。


その中でも、特にレアな時属性の上級職は、おとぎ話として語られているほど。


という、恐ろしいほど貴重なジョブということが分かった。


絶句したのは本当だけれど、私が伯爵家追放を夢見たのは、この時からかもしれない。


ジョブを占った事を知らないお父様達には、内密にしておいた。

今でも、このことを知っているのは、私と、事故で一足先に他界した執事

ぐらいだろう。





今こうして思えば、適性職業が『刻妃』だということをお父様達に知らせておけば、もしかしたら聖女の称号を授からずに済んだかもしれない。


まあ、王太子様のおかげで伯爵家から追放できたのだから、結果オーライだけれど。



「ここまで来れば、安心かしら」



羽織っていたローブのフードを外し、辺りを見回す。


ここは、西ホエールの大森林。

あの王太子恩人が居座るグランツ地方と、隣国のウレイブ地方の国境にある、

大森林だ。


一面に覆われた木々に、差し込む日の光。

どこからか聞こえてくる鳥の声。


近くにあった切り株に腰を下ろし、精一杯に深呼吸をする。



「う~んっ!やっぱ森林は気楽でいいわ」



とは言いつつも、黒いローブを羽織ってるせいで、せっかくの自然が台無しだ。



「さてと。これからどうしましょうかね」



そうつぶやいた時だった。


突然、隣に置いていた魔導書がバタリと落ちた。

驚いて振り返ると、丁度落ちたときに開かれたページが、ひとりでに光り輝いていた。


魔導書を持ち上げて、ページをよく見ると、こう書かれていた。



『古の魔導書を解き放った者よ。詫びとして、其方は女神の至福を値する』



「古………至福………?」



自他ともに認める頭の回転の速さの私が、今、人生で初めて混乱している。


この魔導書は、実の母から受け継いだ、命よりも大切な本。


そういえば、この本について、母から何も聞いていなかったな。



魔導書をぺらぺらとめくってみると、途中で不思議な紋章を見つけた。


円形の中に奇妙な柄が入っており、見た限り魔法陣のようだ。



しばらくの間、まじまじとその紋章を見ていると、

突如、その紋章が黄金色に光出した。

それと同時に、魔導書が自分の意思を持ったかのように、私の手から宙に浮く。


その光景を呆然と見つめていると、突如、魔導書から私の名を呼ぶ声が聞こえてきた。



『ユーリ・メルディア。女神の至福を授かりし者よ』


『其方は女神エルナースの命で、我と共に、世界を滅ぼし悪を打ち倒さなければならない』


『討伐した魔物の情報を我が魔導書にコレクトし、魔王討伐に備えろ』



そう言い終わった後、魔導書はパタリと私の手に落ちてきた。

魔導書をもう一度開くも、もうどこも光り輝いていない。



「どうやら、世界の未来を背負っちゃったみたいね」



魔導書を鞄にしまい、切り株を後にした。


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