第56話 ドグラス、ブリュエット夜襲翌日
少しだけ時間軸戻ってドグラス視点です。
――――――――――――
魔族部隊に夜襲をかけた数時間後、俺ドグラス・カッセルは岩の上から魔族部隊を観察していた。隣ではブリュエットさんが少し目を細めて、同じように敵を見ている。
魔族との距離は1000メートル程、変わらず北西方向に進んでいた。警戒体制を取っているからだろう、移動速度は遅い。向こうはまだこちらに気付いていないようだ。
ブリュエットさんに目配せして頷き合い、二人で魔術の詠唱を開始する。
詠唱が完了し、魔族部隊に向けて2発の火炎弾が放たれる。
朱色の玉は弧を描いて飛び、そして――空中に出現した魔力防壁に衝突して爆ぜる。防がれた。
俺達は攻撃を続ける。魔力槍、雷撃弾、石弾、魔力刃と多種類を立て続けに放つ。しかし、魔族達は魔力防壁や魔術迎撃で適確に対処してくる。
無事に着弾した攻撃魔術も3発ほどあったが、いずれも敵部隊の中心から少し外れた外周部に当たったものだ。恐らく損害はモンスターだけで、魔族は1体も倒せていない。
魔族側から反撃の攻撃魔術が飛んでくる。火炎弾と魔力弾の混合だ。しかし、この距離なら大した脅威ではない。俺は魔力防壁を展開し、防ぐ。爆音が耳に痛いが、それだけだ。
「やっぱり遠距離攻撃だと効きませんね」
ブリュエットさんの言葉に俺は「ええ」と頷く。予想通り、遠距離での攻撃魔術の撃ち合いでは互いに有効打にならない。
「離脱しましょう。魔族には俺達を見失っていて欲しい」
「分かりました」
俺達は岩から飛び降り、魔族部隊に背を向け走り出す。ひとまず近くの森に駆け込み、少し奥に入ってから立ち止まる。
息を整えるべく、深呼吸。森の匂いが心地よい。程よい倒木があったので腰掛けると、ブリュエットさんも隣に座った。
「案の定、ガッチリ警戒されてますね。これだと遠距離からではほとんど削れない」
俺のぼやきにブリュエットさんも頷く。
「ただそのお陰で行軍速度は遅くなっています。昨夜、というか今朝の奇襲は効果をあげています」
ブリュエットさんの言う通り、夜襲で大打撃を与えたことで、俺達は魔族部隊に警戒を強制している。厳戒態勢では素早い行軍は出来ない。
「再突撃は危険過ぎる。次は援軍の要請ですね」
敵の高位魔族はまだ10体以上はいる筈だ。厳戒態勢の敵へ正面から突っ込むのは俺とブリュエットさんでも危うい。死の危険は冒せない。
やはりヴェステル王国の諸侯に魔族の襲来を知らせ、討伐部隊を出して貰い、これと共同して魔族部隊を撃破するのが最適だ。
「はい。問題は、どうやって伝えるかですね……」
だが、困ったことに連絡手段が無かった。俺とブリュエットさんは魔族への牽制と監視を続ける必要があるから、誰かに連絡を頼むしかないが、辺りに人里は見えない。
見えないと言っても、どこかに小さな村や集落ぐらいはあると思う。だが俺達が持っているヴェステル王国の地図は広域図のみだ。書かれるのは都市や一部重要な町だけである。広域地図上では俺達がいる周辺には川と森と山しかない。
「ブリュエットさんはこの辺の土地勘はないですよね?」
「ええ、残念ながら」
どうしようか、と考えるが妙案は浮かばない。地道に探すしかないか。
「そろそろ昼時です、煮炊きの煙が見えないか木にでも登って見回しましょう」
俺は思い付いた中で一番無難なプランをブリェットさんに提案する。
「了解です。まずは高い木を探さないと」
少し歩き回り、大きなケヤキの木を見付けた。俺が先行する形で二人で木登りを始める。
ドミーさんなら飛ぶようにてっぺんまで行ってくれるだろうが、俺達にはそんな特技はない。身体強化魔術を使って力任せに登っていく。頂点付近の横枝に辿り着くと、他の木より視線が高くなった。少し下にいたブリュエットさんに手を貸して引き上げ、横枝に並んで腰掛ける。
「ドミーがいればなぁと切に思いました」
少し疲れた雰囲気でブリュエットさんが言った。「俺もです」と返して、小さく笑い合う。
辺りを見渡す。ぱっと見では人里や煙は見付からない。諦めず目を凝らし、探していく。
「あ、ドグラスさん! あっちに薄っすらですが煙のようなものが」
ブリュエットさんが森の一角を指差して言う。よく見ると確かに微かに煙が見えた。さほど遠くない位置だ。
「よし、行ってみましょう」
下りは簡単だ。風魔術を構築しつつ、木から飛び降りた。風魔術で落下衝撃を緩和し着地する。大量の落ち葉が舞った。ブリュエットさんも同様に木から降りる。
「走りましょう」「ええ」と短く会話し、煙の見えた方向に駆け出す。
煙が上がっていたのは森の中、狩人か何かが食事でも作っているのだろう。急がないと移動してしまうかもしれない。
木々の間を縫い、森を走る。もちろん身体強化はかけっ放しだ。
やがて、なにやら肉が焼けるような匂いが漂ってきた。調理中のようだ。
そして、少し開けた空間に出ると、人がいた。男性二人に女性一人、なんと見知った顔だった。
「が、ガエルさん!?」
思わず変な声が出る。まさかと思って目を擦ってみるが、やはり彼らだ。ストラーンでお世話になった冒険者パーティ、ガエルさん、ロバーさん、コレットさんの三人である。
「ドグラスさん!?」
コレットさんが目をまん丸く見開いて声を上げる。まぁ、そりゃ向こうも驚くよな。
「ドグラスさん! お久しぶりです。俺の手の治療、本当にありがとうございました」
ロバーさんが頭を下げる。
何でこんな場所にいるのだろう。確かにストラーンからこの場所は4日もあれば来れる位置ではあるが。
だが、何にせよ、望外の幸運だ。ブリュエットさんと向き合い、笑顔で頷き合う。
冒険者で、しかも知人、伝言を頼むのにこれ以上ない相手だ。
「お久しぶりです。
「あ、はい。特殊な採集依頼で」
ガエルさんが答えると、ブリェットさんがズズッと2歩前に出る。
「こんにちは。直接話すのは初めてですね。宮廷魔術師のブリュエット・アルトーです」
ガエルさん達も俺が宮廷魔術師のブリュエットさんと一緒にいるのは知っている筈だが、言われてみれば直接会うのは初めてか。
ガエルさん達は3人揃って背筋をぴんと伸ばした。
「ど、どうも、冒険者のガエルです」
「ロバーでございます」
「コレットと申します!」
「単刀直入に。その依頼、キャンセルです。緊急かつ最重要の依頼があります」
有無を言わさぬ態度でブリェットさんが告げる。
コレットさんが「えっ、あの、でも」と困惑した声で言う。
「大丈夫です。宮廷魔術師の権限で処理します。キャンセルされた依頼人の損害はヴェステル王家が負います。ドグラスさん、私は書類作るので説明をお願いします」
ブリェットさんが荷物から紙とペンを取り出し、しゃがんで文書を書き始める。
俺は「了解」と頷いて、ガエルさん達に状況を掻い摘んで説明した。説明が進むにつれ、3人の表情が曇っていく。
「魔族軍ですか……分かりました。伝令に走ります」
緊張した声でガエルさんが言った。事態の深刻さは伝わっているようだ。
書類を作り終わったブリュエットさんが立ち上がり、ガエルさんに差し出す。
「お願いします。クジィシャ伯にこの手紙を届けて下さい。街道に出て、道を行く商人か旅人から馬を徴発するのが早いと思います」
「ちょ、徴発ですか!?」
目を丸くするガエルさん。ブリュエットさんが渡した書類は2つ、片方はこの地域の領主であるクジィシャ伯爵家への手紙で、もう1つは徴発や徴用の権限を認める文書だ。
ヴェステル王国の法律上、宮廷魔術師には対魔族や対
ブリュエットさんは徴発権を有しているし、それを自己の指揮下にある人間に委任することもできる。ガエルさんが受け取った文書は完全に有効だ。
「私の名前はガンガン使って下さい。これ、経費です。徴発時には多めに払って構いません」
ブリュエットさんは金貨の入った袋をコレットさんに手渡す。
徴発される側は文書が正当なものか、判断するのは難しい。しかし、十分な額の金貨をその場で払えば素直に応じる可能性が高い。偽の書類で物資を奪おうという不届き者が金貨をたっぷり払う筈がない。現金は大切である。
「あの……凄く、重いですが」
「ええ。金貨で100枚程入っています。良い馬がいたらどんどん換えて、少しでも早く。もし足りなくなったらツケて下さい。徴発に抵抗する場合は実力行使して構いません。報酬は後日、別途十分に用意します」
「わ、分かりました」
ガエルさん達は揃って首をブンブン縦に振る。
「じゃあ、よろしく。俺とブリュエットさんは一撃離脱を繰り返して時間を稼ぐから」
ガエルさん達は「はい!」と声を揃えて、すぐに移動の準備を始める。3人で協力して手早く片付けていく。
ロバーさんの手、生活に支障のない程度には回復していそうだ。良かった。
「では、俺達はチクチクやりますか」
俺とブリュエットさんは魔族部隊のいるであろう方向に歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます