第55話 避難民への夜襲

 エリーサが避難民達に身分を明かした翌日、更に2つの村の住人を吸収し、一行は1200人程の規模になっていた。

 エリーサ達は、太く長い列になって街道を進んでいく。

 老人や幼い子供の数も増えたので、身体強化の使い方は変えた。体格の良い男性に身体強化をかけ、老人と子供を乗せた荷車を引かせている。馬もいるが、そちらは物資輸送だ。今のところはそれで移動速度を維持できていた。


 護衛対象が増えてしまったが、増えた避難民の中には狩人として生計を立てている者が何人かいた。なので彼らに周辺警戒を任せ、エリーサはどこから敵が来ても攻撃できるよう、列の中程にいる。そしてちょっとした工夫もしていた。


「モンスター!!」


 列の後方から声が響く。


 エリーサの近くにいた男衆がすぐに梯子ハシゴを2つ立てて、地面を底辺にした三角形を作る形で組み合わせる。

 エリーサは梯子をタタッと駆け登り、後方を確認する。蜥蜴型のモンスターが目視できた。即座に数十の小さな魔力刃を構築し、放つ。

 降り注ぐ魔力刃はモンスターを切り刻み、肉片に変える。


「モンスター排除!」


 再び声が響く。


 列の前や後ろにエリーサが移動しているとモンスターへの対処が間に合わない。そのため梯子で簡易な攻撃用の台を作って射線を通すようにした。起伏がある地形では使えないが、現状では上手く機能している。


 攻撃は相変わらず散発的にモンスターが襲ってくるだけだった。ぞろぞろと避難民の列は進んでいく。


 今のところ大きな問題はない。だがエリーサとしてはこんな大勢を引き連れるなど不安で仕方ない。最初の村の人だけでもおっかなびっくりだったのだ。

 しかも身分を明かしたせいで「どう致しましょう王女殿下」などと指示を求められる。心の中は半べそである。


 早く皆と合流したかった。ドグラスとブリュエットは方向的に離れている筈だが、トリスタとドミーは隣の街道だ。バルエリまで行けば合流できるかなぁ? そう思ってエリーサは空を見上げる。青空を雲がゆっくり流れていく。トリスタもこの空を見ているだろうか。

 雲を見ていたら欠伸あくびが出た。


「エリーサ王女殿下、ここから暫くは緩やかな下り坂が多く、見晴らしも良いです。 荷台にはなってしまいますが、仮眠をなさっては?」


 隣にいる元冒険者のアマンダが心配そうな声でエリーサにそう言った。昨夜も僅かな時間仮眠を取っただけだったので、確かに眠い。

 緩い下り坂なら身体強化なしでも老人と子供を乗せた荷車は進めるだろう。森と街道の距離も離れている。


「そうします。では、少し。皆さん! 身体強化を切るので暫く頑張って下さい」


 エリーサは物資の積まれた荷車にぴょんと乗って、木箱の隙間に仰向けに寝転んだ。薄雲越しの陽の光が心地よい。

 目を閉じるとすぐに意識は沈んでいった。




◇◇ ◆ ◇◇ 



 魔族部隊は引き続き森を北上していた。部隊長ガルモスの元には多数の魔族とモンスターがいる。分散したままでは指揮統制が困難だ。『大魔術師』が森に突入して来ないよう、散発的にモンスターをけしかけつつ、戦力の再集結を進めていた。


「ガルモス隊長、遠距離偵察部隊が戻りました」


 部下の声にガルモスが視線を巡らすと山羊型モンスターに乗った高位魔族が近付いてくる。疲弊した様子で、象牙色だった服はあちこち茶色く汚れている。彼はバルエリまで長距離の偵察を命じた小部隊のリーダーだ。全速力での往復せよと、無理をさせていた。


「只今戻りました」


「ご苦労、疲れているところ済まないが、報告をしてくれ」


「はい。やはりこの先で森は途切れています。現在の移動ペースならあと半日程で草原に出ます。そこから暫くは身を隠すのが難しいかと。また、バルエリまでの道程で人類側の軍は発見していません」


「そうか……バルエリ周辺はどうだ?」


「バルエリの西北には小さな森がありました。森としては小さいですが部隊を隠すことは可能な広さです。また都市の城壁は標準的なものでした」


「分かった。無理をさせたな。良くやってくれた」


 部下を労い、ガルモスは考えを巡らす。視界の開けた草原で『大魔術師』に襲撃されれば致命的だ。森が途切れるなら、ある程度戦力を割いて足止めし、その間に『大魔術師』を引き離す必要がある。その上で、バルエリの近くに森があるのは都合が良い。『大魔術師』に追いつかれる前に森に身を隠せる。


 差し当たり必要なのは足止め部隊の編成だ。


「副隊長、足止めのため『大魔術師』に攻撃を仕掛ける。夜襲が適当だろう」


「承知しました。そうなると、モンスターは100に中位魔族5といった編成でしょうか」


 ガルモスは腕を組み、考える。


 長距離偵察隊とは別に動かした斥候により、大魔術師の護衛する避難民集団が千人以上に増加していることは把握済みだ。増えた人間の中には戦力となる人員も混じっているかもしれない。そもそもアレの足止めは半端な手段では不可能だ。


 暫く考えた後、ガルモスは口を開く。


「いや、もっとだ」



◇◇ ◆ ◇◇ 



 ふぁ……


 エリーサが目を覚ますと、空は茜色に染まっていた。思ったよりも寝てしまったようだった。

 ゆっくりと体を起こす。隣をアマンダが歩いていた。


「おはようございます、アマンダさん。状況は?」


「おはようございます殿下。一度モンスターの襲撃がありましたが、なんとか撃退しました」


 ほへ? とエリーサは首を傾げる。寝起きで少し頭の回りが悪かった。意味を把握して、慌てる。


「えっ! モンスター来たら起こしてくれなきゃ!」


「申し訳ございません、王女殿下。しかし、その、お疲れの様子でしたので」


 気を使われてしまった。人は中々思い通りに動いてくれない。


「それで、被害は!?」


「幸いな事に死者は居ません。1人重傷を負いましたが、一命は取りとめました」


「よかった。重傷者の状況は?」


「頭部を負傷し眼球破裂、加えて右腕を食いちぎられています。私の魔術で止血はできています」


「酷いじゃないですか! すぐに治療します! 一度移動を止めて、私のところに運んで来て下さい」


 エリーサ自身は列の中央付近から動けないので怪我人の方を動かすしかない。

 避難民の列が止まり、程なく意識のない男性が小さな荷車に乗せられて運ばれてきた。説明された通りの状況で、痛々しい。重傷者には心配そうな顔をした女性と子供が付き添っている。恐らく家族だろう。

 付き添っていた女性がエリーサに深く頭を下げた。


「王女様、お願い致します。どうか夫を」


「はい。大丈夫、治りますよ」


 エリーサは女性を安心させようと、意識的に軽い感じの声で答える。実際、エリーサからすれば治療は割と簡単だ。回復魔術の詠唱を始める。隣にいたアマンダが「この呪文っ!」と息を呑む。


 詠唱が終わり、柔らかな光が男性を包む。最高位の回復魔術『生命再生リジェネレイト』。エリーサは道中船での練習で完全にマスターしていた。


 顔と腕が少しづつ、再生していく。


 いつの間にか、人だかりができていた。「あの傷が……」「凄い」などと声が聞こえてくる。


「あ、ありがとうございます」


 重傷者の妻が跪いて頭を下げた。子供の方も真似をして、座って頭を下げる。


「跪く必要ないですよ。再生部位は訓練しないと思い通りに動かないらしいので、支えてあげて下さいね」


 女性と子供は何度も頭を下げながら、列の後方に戻っていった。

 気が付くと周りの人々のエリーサを見る目が何だか輝いている。お祈りでも始めそうな雰囲気だ。元冒険者のアマンダまでそんな顔でエリーサを見ている。船で練習したときもそうだったが、回復魔術は劇的な反応を引き出すなぁ、とエリーサは思った。


 治療が終わったところで、もう日暮れが近い。今日はそろそろ野営だ。丁度周囲は平坦で、見晴らしは良い。


「アマンダさん、今日はこの辺で」


「はい。野営の準備ですね」


「ええ。少し街道から外れて森から距離を取りましょう」


 町長、村長達が音頭を取り野営の準備が開始される。とはいえ、きちんとした野営が出来る訳ではない。急な避難だ。遠征する軍隊のように大量のテントなどない。かき集めて持ち出したテントは妊婦、子供、老人を詰め込むのが限界である。残りは布にくるまって空の下だ。もし雨に降られたらかなり厳しいが、幸い今のところ天候には恵まれている。

 数が少ないのでテント張りはすぐ終わる。

 食事の準備も行われるが、作るのは麦粥だけ。バルエリまでの僅かな日数なら腹が膨れれば十分だ。


 それらと並行して魔族を警戒する準備が進められる。一番重要な作業だ。

 野営場所の外側に篝火を設置していく。梯子を組み合わせた攻撃用の台も、梯子の脚を地面に埋め込み固定式で設置する。


 出来上がった麦粥を啜れば後は警戒と睡眠だ。エリーサは攻撃用の台の隣で馬車の荷台に腰掛け、何時でもモンスターに対処が出来るよう待機する。仮眠を長めにとれたので今夜は不寝番でいくつもりだった。


 日が沈む。空は半分ぐらいが薄雲に覆われ、月明かりは弱い。周辺に設置した篝火の明かりが頼りだ。エリーサが照明魔術を使う手もあるが、流石に広範囲を照らし続けるとなると、魔力を食う。日中も身体強化魔術を多重行使することを考えると避けるべきだ。もっとも、雨が降れば照明魔術を使うしかないが。


 静かに時間が過ぎていく。


 そして、まだ深夜だが夜明けも大分近づいた、そんな頃に声が上がった。


「モンスター! 猿が沢山!」


 エリーサは即座に魔力刃を構築しつつ、梯子を組み合わせた簡易台に飛び乗る。声のした方を見ると確かに猿のようなモンスターが見えた。見えた範囲で合計5体、今まで1体づつモンスターが襲ってきていたのとは状況が違う。すぐさま魔力刃を放つ。

 猿型モンスターに数十発の魔力刃が降り注ぐ。今まで襲って来たモンスターは全て一撃で倒せていた、しかし猿型モンスターは素早い動きで魔力刃を回避する。5体中2体は躱しきれずに両断されるが、残りは健在だった。

 エリーサは少し焦りつつ、回避困難な雷撃魔術を構築する。構築完了と同時に攻撃、エリーサの持つ至天杖から紫電が走り、3体の猿型モンスターを薙ぎ倒す。

 無事敵を倒し、エリーサは小さく息をつく。だがほっとしたのも束の間、篝火に照らされた範囲の先、闇の中から次々と新たな猿型モンスターが飛び出してくる。エリーサは再び雷撃を放ち、出てくる側から猿型モンスターを倒していく。


「モンスターだっ!」


 猿型とは反対側から声がした。エリーサが振り返ると黒い狐のようなモンスターが十数体、高速で迫っていた。体は狐だが尾は蛇になっている。

 エリーサは爆裂型の魔力弾を20発構築し、狐モドキを撃つ。避難民を巻き込まぬよう威力は低めだ。地面に着弾、轟音と共に狐モドキを吹き飛ばす。


「こっちにも!」


 また声が上がる。更に別方向から狼型のモンスターが数体迫っていた。しかも内1体には魔族が乗っている。


 何を撃つべきか、エリーサは一瞬だけ悩む。そして雷撃魔術を構築して放つ。爆裂魔力弾の方が敵を殲滅する効率は良いが、魔族の技量次第では迎撃の恐れがある。雷撃は狙いたがわずに魔族の乗った狼型モンスターを撃ち抜く。そのまま雷撃を維持・操作し、他の狼型も打ち倒していく。

 しかし、悲鳴が上がった。猿型が襲ってきていた方向だ。慌ててそちらを見ると猿型が避難民を襲っている。狐モドキと狼型に対処している間に突破され、避難民の所まで到達されていた。

 すぐに対処しなければと思うが、狐モドキと猿型が更に追加で闇の向こう、しかも多方向から姿を現している。

 エリーサは全力で爆裂型の魔力弾を構築し、四方にばら撒く。1度に40発、それを3回繰り返し計120発。目視できる範囲の外も含め、一帯を爆撃する。夜空に爆音が満ちた。

 視線を送ると避難民を襲う猿型にはアマンダが対処に向かっていた。エリーサは攻撃台の上から動く訳にはいかない。どうするべきか、1秒考え、エリーサは身体強化魔術を発動する。強化対象は道中子供や老人を荷車で引いてくれていた体格の良い男性陣だ。この騒ぎで既に寝ていた避難民もほぼ全員起きている。


「強化します! 守って!」


 エリーサは叫ぶ。武器は木材伐採用の斧程度しかないが力任せで多少は戦える筈だ。

 エリーサは強化魔術を維持したまま魔力刃を多数構築し、四方を警戒する。

 またすぐに敵が現れた。猿型に狼型、オーガにスコーピオン、今度は多種多様なモンスターが混ざった集団だ。5方向から迫まり、どの集団にも狼型モンスターに騎乗した魔族がいる。

 エリーサは我武者羅がむしゃらに攻撃を放つ、だが多方向から突撃されると流石に分が悪い。次々と敵を打ち倒すが、僅かに撃ち漏らしが出てしまう。あちこちで悲鳴が上がる。


 どうしたら、とエリーサは焦り、悩む。

 篝火による可視範囲が狭いせいで後手に回っている部分が大きい。もっと広い範囲を視認できれば対処が間に合う可能性が高い。しかし、大規模な照明魔術を使う余裕はない。攻撃を途切れさせたら壊滅的な被害が出る。何か手はないか、考えを巡らし、ふとドグラスの前で最初に使った火炎弾を思い出す。そうだ、火炎弾なら攻撃しつつ照らせる。すぐにエリーサは魔力を練り火炎弾を構築、四方にばら撒く。

 巨大な魔力を込められた火炎弾は地面に着弾して巨大な火柱を上げる。

 炎が辺りを照らした。可視範囲が広がり、敵の動きがよく見えるようになる。距離を取って待機し、突撃のタイミングを計っているモンスターと魔族の集団も見えた。

 最初からこの方法を採っていれば、そう悔やんでエリーサは奥歯を噛む。


 エリーサは渾身の魔力で爆裂型の魔力弾を多数構築する。迎撃される可能性もあるが、魔族の数は少なく、モンスターの数は多い。恐らくモンスター操作に手一杯だろう。それに先程から魔族は全て中位魔族だ、高位魔族でなければ高精度での迎撃は難しい。

 エリーサが放った魔力弾は迎撃で潰されることなく、着弾し炸裂する。大気と地面が揺さぶられるような轟音が響いた。


 視界が広がったことでエリーサの火力が十全に活き始めた。火炎弾を混ぜて明かりを確保しつつ、モンスターの波状攻撃を迎撃する。

 敵はみるみる減っていく。余裕が出てきたので避難民に取り付いたモンスターへも小さな魔力槍で精密攻撃を行う。


 暫くして襲撃部隊は全滅した。


 だが、休んではいられない。かなりの被害が出ている筈だ。エリーサは攻撃用の台から降り、声を張り上げる。


「周辺への警戒は継続して下さい! 負傷者は治療をします!」


 アマンダか駆け寄ってきた。息がきれ、服は汚れているが、怪我はなさそうだ。無事でよかった。


「アマンダさん状況は?」


「数十人規模で負傷しています。とにかく止血するように指示は出しました。私も治療します」


「分かりました。死んでいなければ何とかなります。死なせないことを重視して下さい」


「承知しました、王女殿下! 最小限の治癒を可能な限り素早く行います!」


 駆け出すアマンダ。エリーサも走り回り、治療を始める。そこかしこに人が倒れていた。不思議なことに死人は見当たらない。

 とにかく目に付いた負傷者に治癒魔術をかけていく。重傷を負った者が多いが、スピードを重視して止血程度の回復をかける。

 少しすると皆が協力して負傷者を一箇所に集めてくれた。アマンダと共に治癒を続ける。

 やがて一時処置が終わり、エリーサは一度大きく息をついた。


 多数のモンスターに攻撃され、重傷者が多いにも関わらず、死人は出ていない。特に足に攻撃を受けた者が多く、欠損やそれに近い状態の者も20人近くいる。


 偶然にしては不自然だ。相手は魔族、知能は人間とほぼ同等である。故意にこの状況を作ったのだろうなと、エリーサは思った。


 休んではいられない、治療の再開だ。


「アマンダさん、中程度の負傷者はお願いします。私は欠損レベルの負傷者を治療します」


 足を失った者に『生命再生リジェネレイト』をかけていく。

 エリーサの治癒なら足は再生できるが、再生された足で上手く歩くには訓練が必要だ。移動速度が落ちるのは避けられない。魔族の狙いはそこだろう。ならば敵の目的は達成されてしまったことになる。


 とはいえ、バルエリまでの道程は既にかなりを消化している。バルエリは城塞都市だ、エリーサが辿り着く前に陥落はしないと信じたい。


「なるべく急がないと……」


 エリーサはそう呟いた。

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