第54話 エリーサ街道を進む
「体が軽い! 若い頃みたいじゃ〜 昔はなぁ村一番足が早くてのぅ」
ボアグツ村長が手を大きく振って歩きながら、楽しそうに喋っている。周りの村人はその様子を生暖かい笑顔で見ていた。
「15の時には1日で兎を8羽も狩ってな」
「村長、その話今日3度目ですよ?」
若い村人から突っ込みが入る。ボアグツ村長は「そうじゃった、ハハ」と頭を掻いた。
微笑ましいなとエリーサは思った。身体強化魔術をかけたらボアグツ村長はテンションが上がり、ずっとこの調子だ。魔族からの避難中であることを思えば緊張感がなさ過ぎるが、カリカリしっ放しでは疲れてしまう。
ふぁ……と
「魔術師様! モンスターです! 1体!」
女性の村人から声が上がる。彼女が指差す方を見ると、牛ぐらいの大きさの兎が迫って来ていた。角が生えているのでアルミラージの亜種だろう。エリーサは出力を絞った火炎弾を構築し放つ。火炎弾は大兎を直撃し、炎で包む。大兎は程よく焦げ、倒れた。
時折こうしてモンスターが襲ってくる。一撃で倒せるが、このせいでエリーサは仮眠が取り難い。本当は荷車の隅でも借りて少し眠りたいところだった。
幸いなことに天気は晴れ、青空の下ぞろぞろと歩いていく。
エリーサ達は街道を順調に進み、人口1000人程の中規模な町に着いた。
近付いてくるエリーサ達を見て出てきたのだろう。町の入口のところに、初老の男性と杖を持った30歳ぐらいの女性が待ち構えていた。村長のボアグツが歩み出る。エリーサもボアグツの横に立った。
「久しいな、ボアグツ村長。少し前に馬に乗ったお前の村の若いのが、魔族がモンスターを引き連れて進んでくるから逃げろ、と言って去っていった。一応いつでも動けるように荷作りはさせてあるが……どういう状況だ?」
初老の男性は村長のボアグツにそう尋ねた。身体強化は先程切ったので、村長のテンションは元に戻っている。
「町長お久しぶりです。こちらの魔術師殿が大量のモンスターが来ると教えてくれましてな。その後で実際に村にモンスターが現れ、これは不味いと避難を始めたのです。ここまでの道のりでも何度も襲撃されました」
エリーサは一歩前に出て、口を開く。
「はい。なのでこの町の人達もすぐにバルエリに向け避難を」
たが、町長は苦い顔をする。
「しかしな、ボアグツ村長も分かっていようが、避難と言われても簡単ではない。この町は規模もあるし、引退冒険者のアマンダも居る。多少のモンスターなら戦える」
町長は"アマンダも居る"の部分で視線を隣の女性に向けた。彼女がアマンダなのだろう。
「町長さん、多少のモンスターではなく、大量のモンスターを使役する魔族軍です。戦うのは無理です」
エリーサはほんの少しだけ苛立ちを覚える。仕方ないことだが、認識の水準が違い過ぎる。敵は城塞都市ですら短期間で壊滅させられる規模の戦力なのだ。
町長はエリーサを見る。すっと視線を下ろしたのは服装を確認したのだろう。動きやすい服装だし、土汚れも付いているが、安物でないことは分かる。
「魔術師殿、お言葉ですが、魔族がこんな場所に現れた事は今まで一度もありません」
町長は魔族については全く信じていないようだ。
困ったな、とエリーサは思った。どうしようかと考えて、町長の隣にいる杖を持った女性に思い至る。杖を持っているという事は魔術師だろう。
エリーサは女性に視線を向ける。
「貴方がアマンダさんですか?」
「ええ。冒険者を引退し、この町で暮らしているアマンダです。治癒魔術も使えるので、今は診療所で働いています」
「そうですか。良かった」
なら、身分を明かして命じればよい。辺りを見渡すと少し離れた場所に大きな岩が一つあった。丁度いい。
「町長さん。ならば命令することにします」
言ってエリーサは魔力を至天杖に込め、魔術を放つ。狙いは先程目を付けた岩だ。青い光が一旦上に飛び、巨大な槌のように落ちた。轟音が響き、地面が振動する。岩は跡形もなく消滅し、地面に大きな穴が空いていた。
一同が啞然として、固まっている。エリーサは至天杖を掲げ、声を上げた。
「フィーナ王国第一王位継承権者エリーサ・ルドランが命じます。直ちに全町民を連れバルエリに向け避難をしなさい」
3秒程の沈黙の後、元冒険者のアマンダが慌てた様子で立ち膝を付き頭を下げた。
「ご、御無礼を致しました。王女殿下」
顔を下げたまま言うアマンダの声は少し震えている。町長はまだ状況を理解しきれず硬直を続けていた。
「アマンダ殿? その……本物なのか?」
町長の問いにアマンダが早口に返す。
「先程の魔術は尋常ではありません。あれ程の魔力を通せる杖は恐らくフィーナ王国に2本だけ。銘杖モンタナと至天杖のみです。モンタナは木製、至天杖で間違いありません」
魔術師であるなら、エリーサの魔力が凄まじい事を理解できる。最高位の魔術師の杖がどれ程希少かも知っている筈だ。エリーサの目論見通り、これが王権の象徴たる『至天杖』であることを証明できた。
アマンダの説明に町長も慌てて膝を付き頭を下げた。冒険者としての知識と経験を有するアマンダが、理屈を持って確信しているのだ、信じるよりほかない。
町長が「御無礼を、申し訳ございません」と絞り出すような声で言った。
「顔を上げて、立って下さい。とにかく急がないといけません」
エリーサが言うと、アマンダと町長は「はい、直ちに!」と言って立ち上がり、町の中に向け走り出した。
「あの……王女様だったのですか?」
後ろからの声にエリーサが振り返ると、ボアグツ村長をはじめ村の人々が驚いた顔で固まっていた。
「えと、はい。エリーサです。不敬とかは気にしないで大丈夫ですから。あと何故こんな場所に一人でいるのかは秘密です」
エリーサは努めて優しい笑顔を作って言った。
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