第52話 エリーサ村人と北へ
最初に警告をした村の方向に煙が見えた。
エリーサが慌てて村に辿り着くと、昆虫型モンスターが炎を吐き出し村を焼いていた。数は2体だけ、カブト虫のメスを巨大化したような見た目だ。魔族はいない。
若い男の村人が斧を手に立ち向かおうとしているが、炎を前に近づくこともできずにいる。
エリーサは「倒します!」と叫んて魔力刃を放つ。ザコモンスターだ、当然のように直撃する。
男達は突然モンスターが真っ二つになり、驚いた様子で固まっている。
「大丈夫ですかっ!?」
エリーサが声を上げると、男達も動き出す。
「ありがとう。貴方は……」
「私の事は後で! 被害は?」
エリーサの問いに一人の男性が歩み出て「この村の村長のボアグツと申します」と頭を下げた。エリーサが最初に避難を呼び掛けた老人だ。偶然にも村長に警告を伝えられていたらしい。
「幸いなことに犠牲は出ていません。助けて頂きありがとうございます」
エリーサはほっと、息をつく。
「よかった。どういう状況ですか?」
「はい。今朝モンスターが来ると警告された後……」
村長は説明を始める。村長は最初エリーサの警告に半信半疑だったが、南の方から爆音が響き煙が上がるのを見て、避難を決めたそうだ。
だが、子供も老人もいる中ですぐには動けない。準備を進めている途中でモンスターに襲われ、今に至るとの事だった。
説明を聞き終え、エリーサは考える。
魔族達は小部隊に分かれてしまった。敵の意図はエリーサにも分かる。まとまった軍団なら大規模魔術で殲滅できるが、あれだけ小さく分かれ、分散されてしまうと倒しきれない。恐らくこのまま北へ向かいフィーナ王国を撹乱するつもりだろう。
この村の人達には北に避難して貰う。そこは確定だ。ここから街道を北に進めば、城塞都市バルエリに辿り着く。バルエリはホバート派貴族バララット伯爵の本拠地だ。エリーサも魔族への阻止戦闘後はそこに向うようソニアに言われている。バララット伯本人は王都にいて不在だろうが、息子が代理でいる筈だ。
一番楽なのはこのまま彼らを護衛しながら一緒にバルエリに向う事だ。しかし、村人には老人も子供もいる。移動は遅いだろう。魔族も北に向うとすれば街道の外から追い抜かれるかもしれない。そうなると他の街道沿いの町や村が危険だし、最悪の場合はエリーサが辿り着く前にバルエリが落ちる。これでは駄目だ。
ては、単独でバルエリまで全速力で向かい援軍を呼ぶ? それも駄目だ。時間がかかるし、バルエリにだって大した守備兵がいる訳ではない。
やはり魔族を倒すことを優先するか? 攻撃すれば移動を遅滞させることもできるかもしれない。しかし、大半の魔族は分散して森に逃げた。森の中を探し回って攻撃し、どれだけの損害を与えられるか分からない……
「村長さん、この周辺の地図はありますか?」
エリーサが尋ねると村長は「はい。1枚だけ」と言って、後ろの若者が背負っていた荷物から地図を取り出し、エリーサに差し出す。
地図には大まかな地形と村や町の位置が書かれていた。都市バルエリまでは範囲に入っている。
「村長さん、この地図に書かれている森の範囲は正確ですか?」
「はい。概ね正しく書かれている筈です」
魔族が逃げ込んだ森はかなり広いようだ。これだと森に突入しても敵は簡単には見つからないだろう。森は北側にも広がっているが、この村とバルエリの中間辺りにある川で途切れ、バルエリまでは続いていないようだ。
良い案が中々思い付かない。何かないだろうか。考えて、エリーサは一つ思いつく。
見たところ村人は全員で40人程だ。足が遅そうな老人と幼い子供は10人も居ない。身体強化魔術で老人や子供の移動速度を上げてしまおう。森を進む魔族と街道を進む村人だ、強化魔術があれば後者の方が早い気がする。途中で他の村や町の人も合流するだろうからずっとは無理だが、バルエリまで逃げ切れる可能性はある。
「では皆さん、バルエリに向けて全速力で避難しましょう。モンスターを引き連れた魔族が多数の小集団に分かれて森の中を北上しています。とにかく急がなくてはなりません」
「わ、分かりました」
村長は素直に頷く。実際にモンスターに襲われている以上、言われなくとも逃げる。
「あと村長さん、この村に馬はいますか? 乗馬できる人は?」
「ええ、3頭だけですが。乗れる者も何人かは」
「なら、お願いします。馬を走らせて街道沿いの村や町に危険を知らせて下さい。バルエリにも警告を」
エリーサの言葉に村長は苦い顔をする。
「しかし馬を使ってしまうと。その運べる荷物が減ってしまうので……」
どうしたものか、エリーサは考える。既に国境は越えている、ここはフィーナだ。王女を名乗って命じた方が良いだろうか? だが本物と信じて貰えるか……
少し考えて、エリーサは荷物から革袋を取り出す。中身は金貨だ。必要になるかもとソニアに持たされた。適当に10枚程取り出して、村長に差し出す。
「持てなくなる品物はこれで代わりを買ってください。バルエリまで行けば何でも揃うでしょうから」
村長が目を見開く。
「こ、こんなに。宜しいのですか」
「はい。お願い出来ますか?」
村長は金貨を握りしめ、首をブンブン大きく縦に振って「分かりました」と答えた。
これで途中の村や町はエリーサ達が辿り着く時には避難の準備ぐらいは出来ているだろう。そうだ、あとバルエリ宛には手紙を書いて渡して貰おう。
「では、急ぎましょう!」
内心はこの方針で良いのか不安で一杯だが、迷いない風を装ってエリーサは宣言した。
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