第50話 エリーサ単独戦

 エリーサは一人、夜の街道を走っていた。白いローブの下に紺色のズボン、背中には小さなリュック。概ね王女らしからぬ格好だが、手にした至天杖は月明かりを受けて優美に輝いている。


 エリーサに乗馬技術はない。身体強化魔術を頼りに自分の足で進むしかなかった。

 私も馬に乗れればなぁ、とエリーサは思う。そうすればもう敵に追い付けているかもしれない。一人だと出来ないことだらけだ。


 魔族を阻止できるのか、不安で仕方がない。単独行動など生まれて始めてなのだ。でも、頑張るしかない。エリーサが魔族部隊を倒さなければ、多くの場所でマルギタで見たような悲劇が起きる。


 そろそろ確認しよう、そう思いエリーサは立ち止まった。発光魔術で小さな光を作り、しゃがみ込んで地面を見る。沢山のモンスターらしき足跡があった。

 定期的にしている作業だ。魔族部隊は引き続き街道を進んでいる。


 ソニアから魔族は街道沿いに進む可能性が高いと言われている。

 街道沿いは町や村が多い。これらを襲いながら進めば人類への打撃になるし、モンスターの食料確保にもなる。また当然ながら街道は進みやすい。

 しかし、必ず街道を進むかの確証はない。モンスター比率の高い魔族部隊はその気になればどこでも進める。人間の大部隊なら荷車で物資を運ぶ必要があるだろうが、モンスターは人さえ食わせておけば大丈夫なのだ。魔族が必要とする物資はモンスターに背負わせればいい。確認は必要な作業だった。


 再び街道を走る。聞こえるのは自分の足音と、風が木々の葉を揺らす音ぐらい。月明りが土剥き出しの街道を微かに照らしてくれている。


 走って、走って、エリーサは再び足を止める。

 疲れたし、喉が乾いた。ソニアやドグラスからは休息は必ず取るように言われている。

 ペタンと街道脇の草の上に座り、水筒から水を飲み、堅焼きパンを齧る。

 止まっていると本当に休憩して良いのか、不安になる。この時間の差で町が滅びないかと、怖い。助言には従うべきだと自分に言い聞かせるが、やはり気がく。

 パサパサしたパンを唾液でふやかし、飲み込む。


 立ち上がり、また走る。


 暫くすると鳥が鳴き始め、空が白んできた。道がはっきりと見えるようになる。発光魔術を使わなくともモンスターの足跡が見える。この先に居る筈だ。


 朝焼けの朱色が空を色付けだした頃、見つけた。モンスターの大群だ。移動はしておらず、じっとしている。目を凝らすと、動き回る魔族らしき姿もあった。恐らく、野営を終えて移動の準備をしているのだろう。


 どうしよう、エリーサは考える。準備中の敵は脆そうだ、このまま攻撃をすれば上手くいくかもしれない。最大火力で魔術攻撃を仕掛け、移動再開を阻止……悪くない気もする。しかし、考え直して首を振る。自分には経験も知識も足りない。ドグラスは回りこんで敵部隊を追い越し、敵の進行方向側から攻撃するように言っていた。


 時間を無駄にはできない。街道は草原に伸びているが、左側に少し行けば森がある。

 エリーサは街道から外れて森へ入る。森を暫く進み、魔族部隊から十分に距離を取って街道に戻る。これで敵の前に回り込めた。


 街道を進みながら、攻撃に適した場所を探す。山という程ではないが、小高くなっている場所を街道脇に見つけた。丁度良さそうだ。タタッと登る。


 街道が左に曲っているため、森に阻まれ魔族部隊はまだ見えない。しかし、魔術攻撃の射程分は十分に視界が開けている。

 ここで待てば良いだろう。そう思いつつ、辺りを見回すと、もう少し先に小さな村が見えた。


 このままだと危険だ。逃げて貰いたい。まだ少し時間はあるだろう。走って行って戻る事は可能だ。

 しかし、長々と状況を説明するのは無理だ。突然モンスターが迫っていると言っても、信じては貰えない気がする。


 少し悩み、警告だけはしようと決めてエリーサは走り出す。無駄かもしれないけど一言だけ。それですぐに引き返す。


 村に飛び込み、目についた比較的大きな家の扉を思い切り叩く。「モンスターが来ます! 逃げて下さい」と繰り返し叫ぶ。少しして、扉が開いた。一人のおじいさんが顔を出す。


「南からモンスターの大群が来ます! 皆で逃げて下さい! 私は戦います!」


 エリーサは一方的に叫んで、返事も持たずにきびすを返す。そのまま走る。


 走ってばかりだな、と小さく笑う。


 先ほど見つけた攻撃地点に戻る。魔族部隊が進んでくるのが見えた。もうすぐ魔術の射程に入る。

 エリーサは詠唱を開始する。初撃は詠唱魔術『火球ファイヤーボール』だ。初歩的な魔術ではあるが、込めた魔力に比例して射程距離と火力が上がる特性がある。ブリュエットが初撃に良いと言っていた。


 至天杖にありったけの魔力を込める。朱色の光球が生まれ、巨大化していく。

 並の魔術師が放つ『火球ファイヤーボール』の光球は、握り拳より少し大きい程度だ。しかし、エリーサの頭上に輝く光球は直径が彼女の身長ぐらいあった。


 詠唱を終え、放つ。光球は真っ直ぐに飛び、魔族部隊に迫る。

 着弾前に敵部隊から青い光が飛び、光球に当たる。魔族が迎撃したのだろう。だが、エリーサの放った『火球ファイヤーボール』は既に十分敵に近付いていた。予定より少し早く炸裂した『火球ファイヤーボール』は膨大な炎を撒き散らす。

 魔族部隊の中程を狙った攻撃だったが、部隊の前部分が炎に包まれる。


 エリーサは既に次の魔術を構築している。爆裂系の魔力弾を30発、放つ。

 魔族部隊から幾つも青い魔力弾が放たれ、エリーサの魔力弾を迎撃する。半数以上が途中で落とされたが、残りは各所に着弾し、炸裂する。

 迎撃されちゃった、とエリーサは焦る。急いで次の構築を始める。爆裂系統は迎撃される。ならばと巨大な魔力刃を作り、放つ。魔力刃は迎撃に飛んでくる魔力弾を散らして進み、魔族部隊を直撃する。


 魔族部隊からエリーサを目がけて反撃の魔力槍が飛んで来るが、大きく狙いは外れている。高所から巨大な部隊を狙うエリーサと、遠く微かに見える小柄な少女一人を狙う魔族の違いだ。


 エリーサは更に攻撃を続ける。迎撃の魔力弾が多く発射された辺りを狙い、魔力刃を放つ。


 と、魔族部隊から少数の敵が飛び出してきた。狼型のモンスターだ。背中に魔族が乗っているものと、単体のものが混在している。身体強化魔術も使っているのか、凄まじい早さだ。散開しつつエリーサに向かってくる。

 足の早いモンスターを突撃させてエリーサを倒そうというのだろう。たが恐怖は感じない。この程度の敵ならたぶん大丈夫だ。モンスターに騎乗しているのが『高位魔族』だとしても対処できる。


 エリーサは爆裂系の魔力弾を大量に構築し、迫りくる敵に向け放つ。数発は迎撃されるが、残った魔力弾は炸裂し、狼型のモンスターを削る。


 敵は足を止めず、接近してくる。


 騎乗した魔族が魔力防壁を展開した、爆裂系は相性が悪い。エリーサは攻撃を横に広い魔力刃に切り替え、連射する。

 狼型モンスターは左右に跳び、魔力刃を躱しながら進んでくる。だがエリーサに近付くにつれ回避は難しくなる。一体また一体と魔力刃に倒れていく。

 狼型モンスターに騎乗した魔族が一斉に魔力槍を放ってくる。全部で15発、うち5発が対龍級だった。エリーサは自分の周囲に防御壁を構築する。


 魔力槍は防壁に衝突し、耳障りな音を残して消えた。


 防御に魔力を回した分、少し数は減るがエリーサは魔力刃を放ち続けた。

 エリーサの魔力防壁を砕く手段がない以上、魔族側は防戦一方になる。

 狼型モンスターとそれに騎乗した魔族はエリーサの放つ魔力刃に次々と断たれ、程なく全滅する。


 エリーサは敵の本体に再び目を向ける。攻撃は飛んでくるが、やはり大半は外れ、稀に直撃コースのものも防壁にあっさり弾かれる。


 エリーサは雷撃、火炎、疑似質量、凍結と多様な攻撃魔術を構築し、魔族部隊目掛けて撃ち続ける。魔族側も高位魔族を防御に回しているようで、ある程度は迎撃したり防壁で防いだりしている。


 と、魔族部隊が動きを変えた。小さな集団に分かれ、四方八方に拡がっていく。


 エリーサは何だろうと焦る。相談する人もいないし、敵がこんな変な動きをした場合のアドバイスも聞いていない。

 とにかく、攻撃を続けなくてはと魔力弾を構築する。だが、どれを狙えば良いのか。沢山に分かれた小部隊の7割ぐらいは森の方向に進んでいる。残りは草原を移動していた。


 エリーサは森に入られると狙い難いので、とりあえず森に向う小部隊を目掛け攻撃する。迎撃はなく魔力弾は直撃し、敵を削り落とす。


 数回の攻撃の後、森方向に向かっていた小部隊は森に入ってしまう。これでは狙えない。

 他の方向に進んだ小部隊にも目を向けるが、これも既に距離が開き過ぎている。叩くならエリーサも移動しなくてはならない。


 どうしよう、どうしようとエリーサは焦る。

 思い付く選択肢は3つ。『街道沿いの町や村に避難を呼びかける』『森に向かい敵と交戦する』『草原を進む敵を追撃する』だ。どれが良いのか分からない。分からないけど、決めるしかない。

 エリーサは草原の敵を追う事にした。確実に倒せるからだ。


 身体強化魔術を発動し、走る。魔族の小部隊が魔術の射程に入ると即座に魔術を構築し、叩き込む。1部隊倒したら次へ。多少の反撃はあれどモンスター50体に魔族2体程の小集団だ、エリーサの敵ではない。


 とは言え、バラバラに逃げる敵を一人で追うのは難しい。延々と走り回り、それでも一部は見失ってしまった。


 どうしようと再び悩む。


 悩んで、焦って、決める。今から森に入って足跡を辿ってもすぐには追い付けないだろう。まずは街道沿いの村に再度避難を呼びかけよう。


 エリーサは走り出した。

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