第48話 夜襲

 月夜の薄闇の中、俺とブリュエットさんは馬を走らせていた。


 マルギダ近くを流れるシシィ川の川辺を北北西へ進む。ヴェステル王国の王都オルシャのある方向だ。魔族部隊の1つはこの川に沿って進んでいる。


 昨日から走り続けているため、馬も限界が近い。身体強化魔術と治癒魔術を駆使しても、限度はある。


「しかし、エリーサさん大丈夫でしょうか……」


 ブリュエットさんが不安げな声で言う。俺も同じ気持ちだ。

 魔族が3つに分かれたせいで、こちらも戦力を分けざるを得なかった。エリーサ様が心配で仕方がない。

 3つの魔族部隊を阻止するにはそれしかないとは理解しているが、何かの悪い冗談ではないかと思う。


「信じるしか……ある程度は教えました」


 魔術での戦い方、魔族の実態、モンスターの分類、それらの基礎は理解している筈だ。もちろん、単独で非常事態に対処するには到底足りないのだが……

 

「まぁ、心配ばかりもしていられません。俺達にも余裕はない。諸侯の軍が集まるまでの時間稼ぎはできると信じたいですが、高位魔族の数が読めない」


 マルギタの町の生き残りの証言からでは、高位魔族の比率は判断できない。高位魔族は手にする武器の”水準”が他の魔族とは違うが、そんなもの町の人に見分けは付かない。


「ええ。それとドグラスさん、万が一の時はあなた優先で離脱ですよ。『統合魔術』は必要です」


「ブリュエットさんを置いては逃げられませんよ。必ず2人で生き延びましょう。最悪、ある程度の犠牲は諦めてでも、危なくなる前に離脱を」


 ヴェステル王国では各地の領主が相応の兵を有している。魔族に気付けば周辺の諸侯は直ちに手勢を率いて出撃するだろう。大規模な部隊の編成には時間がかかるにしても、一定規模の阻止部隊は早期に現れることが期待できる。


 今追っている魔族部隊は推定で魔族200体、モンスター4000体程度だ。

 阻止部隊に俺とブリュエットさんが加われば、十分に敵を止められる筈だ。逆に俺達なしの阻止部隊であれば、すぐに壊滅するだろう。高位魔族が倒せない。王都オルシャから討伐部隊が来るまで魔族は好きに暴れ、死体の山ができる。


 結局、俺達が死ぬともっと死ぬのだ。


「そう言えば、杖はどうですか?」


「一応は使い物になります。ただ、近接での混戦なら無い方がやり易い。状況次第では捨てます」


 俺は高位魔族グリベザの持っていた杖を腰に下げていた。追放されてからは杖なしだったので久しぶりの感覚だ。


 杖は魔術の精度を高めてくれる武器だ。しかし杖なしでも魔術は使えるし、本人の実力に合った杖でないと余り効果がない。半端な杖は邪魔なだけだ。

 最高位クラスの魔術師になると実力に合う杖というのは希少で、代々伝わる家宝の杖とかそういう代物になる。ブリュエットさんの杖もアルトー家の家宝の筈だ。


 グリベザの杖はギリギリ及第点ぐらい。場合によっては回避の邪魔になる。


 ちなみにカッセル家に伝わる中で最高の杖である『銘杖ランタナ』はカッセル家に属する『最強の魔術師』が持つ習わしなので今代はリリヤ・メルカが使っている。


 そうこう話すうち、いよいよ馬がふらつき始める。


「こちらの馬はそろそろ限界ですね」


「私の馬もです。大休止を挟むか、走るか……」


 俺は考える。魔族やモンスターも体力は無限ではない。ヴェステル王国に対し後方かく乱を行うならば、本格的な戦闘が始まる前に体力を消耗したいとは思わないだろう。敵は俺達が追跡していることを知らない。夜間の休息は取る筈だ。恐らく魔族部隊は現在野営中……できれば今夜奇襲したい。


「馬は置いて走りましょう。夜の内に攻撃を」


「そうですね。モンスターの中には夜目の利く種類もいますが、結局コントロールするのは魔族、夜襲は有効ですね」


 魔族は夜目という点では人間とさほど変わらない。多少体力を消耗しても、日が昇る前に攻撃したい。


 俺達は馬を降りる。回収に戻って来れるかは分からない。手綱や鞍を外す。草はたくさん生えているし、何とかなると信じよう。馬に「ありがとう」と言って、自分に身体強化魔術を掛け走り出す。


 ブリュエットさんと2人、風を切って走る。


 時折月が雲で隠れ暗くなる。照明魔術を使いたくなるが、どこに魔族がいるか分からない。転ばないように注意していると、自然と無言になる。


 静かに走り続け、見つけた。


 周辺警戒をしていると思しき魔族が遠目に見える。まだ夜は明けていない。闇に潜んで寝込みを襲える。


 足を止め、身を屈める。


「本格的な警戒ではないですね。緊迫感がない」


 俺は小声で言う。


「ええ。どう攻めますか?」


 見張りらしき魔族の更に向こうに、篝火が幾つも見える。あれらが敵部隊だ。魔族はテントを張り、モンスターは野ざらしといった状態だろう。


 左側は川、草の茂る平地を挟んで右には森が広がる。


 見張りを排除しながら気付かれずに接近して、高位魔族の寝込みを襲うことができれば最高だ。しかし、まず無理だろう。いくら緊張感がなくとも、部隊としてきちんと見張りを配置しているのだ。

 ならば混乱を生み、それに乗じて突撃するのが妥当だろう。


「これ以上近付くと見つかるかもしれません。ここから最大火力で撃ちましょう。初撃は詠唱魔術、続けて構築魔術で5回。その後は森側に移動し、横から敵に突入でどうてす?」


「分かりました。ドグラスさんの方が魔族との戦闘経験は豊富です。それで行きましょう。種類は?」


「火炎で。混乱を狙えますし、物資の喪失も期待できます。初撃は『蒼雨』で合わせましょう」


 頷き合い、詠唱を開始する。声は抑えているので、魔族には聞こえていない筈だ。


 手のひらに青い光の束が生まれる。狙い、放つ。ブリュエットさんも同時に魔術を撃っている。


 青い光が2つ、弧を描いて夜空を飛び、途中で細かな光に分裂して降り注ぐ。沢山の青い炎が上がった。青い火は可燃物に着火し、赤い火を生む。


 初撃を放つと同時に次の魔術の構築を始めている。ここからは速度重視の構築魔術無詠唱だ。

 火炎弾を10発、構築完了と同時に発射する。朱色の光弾が飛び、着弾と同時に赤い炎を撒き散らす。光の中に、混乱し暴れるモンスターの姿が見えた。

 同じ事を繰り返し、次々と魔術を放つ。


「突撃行きます」


 6回目を撃ち込んだ後、俺達は身体強化を発動して走り出す。


 まず右側の森へ入り、木々の間を駆け抜け、魔族部隊に東側から突っ込む。

 魔族も南側から攻撃魔術が放たれた事には気付いている筈だ。注意は南に向いている。それに大部隊に2人で突撃してくるとは思うまい。意表を突けるだろう。


 狙い通り、魔族部隊は混乱の中にあった。そこかしこから炎が上がり、モンスターがぐるぐると歩き回る。「敵襲!」「魔術師だ!」「川下からの攻撃です!」などと、声が上がっている。


 俺の前方に魔族がいた、目を凝らし南を見ている。こちらに気付いていないので魔力槍を叩き込む。ブリュエットさんも魔力刃で別の魔族を1体仕留めている。


 防御魔術を展開しつつ、敵中を駆け抜け攻撃する。魔族が居れば魔力槍、テントがあれば火炎弾を撃つ。敵が立ち直る前に少しでも大きな打撃を与えたい。

 モンスターも倒すが、優先は魔族だ。魔族が減ればモンスターのコントロールも困難になる。

 反撃も受けるが、中位魔族やモンスターの攻撃は大した脅威ではない。高位魔族の対龍級の攻撃以外は全周展開した防壁が防いでくれる。


 猿型のモンスターが飛びかかってくるのを、火炎弾で迎撃する。燃え上がり、転がってテントに衝突する。


「敵魔術師だ! 突入されている!」


 魔族の叫び声が響いた。


 次の瞬間、俺は飛来する魔力弾を見て、防御を強化しつつ、後ろに飛んだ。魔力弾が炸裂し、魔力防壁が受け止める。


 魔族2体がいた。高位魔族だ。


 2体とも魔術師らしく、杖を構えている。魔族が揃って魔力槍を撃ってくる。対龍級だ。

 攻撃から敵の実力を推し測る。グリベザより魔力は少し弱く、連携も万全ではない。ここは片方は爆裂系の魔力弾を選択すべき場面だ。


 俺は魔力槍を4本構築しつつ、身を捻って敵の魔力槍を躱す。


 お返しとばかりに魔力槍を放つ。防御と身体強化を継続しながらなので、威力は少し控えめだ。俺の魔力槍に対し、高位魔族2体は前方に魔術防壁を展開する。


 想定通りに動いてくれる。俺は小さく笑った。


 魔力槍の着弾する直前、俺の後ろからブリュエットさんが飛び出す。敵の注意が完全に俺の攻撃に向いている所に、横から魔力刃を放つ。

 銀と輝く魔力刃が、高位魔族2体を纏めて切り裂いた。


 足を止めずに攻撃を続ける。

 しかし敵は徐々に混乱から脱しつつあった。部隊全体としての対処ではないが、近くに居る数人で固まり、連携して俺達に反撃してくる。


 飛びかかってくるモンスター、飛んでくる攻撃魔術。防ぎ、躱し、迎撃する。攻撃の手も緩めない。焼き、撃ち抜き、切り裂く。


「頃合いか。森に引きます!」


 言って俺は身を翻し、東に走る。ブリュエットさんもしっかり横に付いてくる。

 後方に向け攻撃魔術をばら撒きながら離脱、森に入った。

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