第46話 マルギタの町

 俺達は馬を走らせ続けた。マルギタの町まであと僅かだ。


「みんな、一旦停止して」


 トリスタがそう言って馬を止めた。言葉に従い馬を止める。


「気配の察知可能域に入った。魔族がいるね。たぶんだけど、高位魔族が2〜3体に中位魔族が20体ぐらい。モンスターも多数、100は軽く超えていると思う」


 モンスターの種類にもよるが、中規模の城塞都市を落とせる戦力だ。この部隊は何か、俺は思考を巡らす。

 敵の本体にしては小さ過ぎる。別動隊であることは間違いない。しかし、マルギタは人口700人ぐらいの特徴がない町だ。戦略的な価値などない。占領部隊をおく必要はない筈だ。ならば……


「トリスタ、モンスターの内訳は分かるか?」


「うーん、流石に細かくは無理だけど、大型がそこそこ居る」


「なるほど。推定だが、持久力のないモンスターを切り離して後続部隊にしているのだろう」


 多種多様なモンスターを組み込んだ魔族部隊は高速移動が苦手だ。モンスターは種類によって移動速度も持久力もまちまちだ、遅いモンスターに合わせれば進軍は遅くなる。

 『弱くて遅い』モンスターはとっくに切り離して放置しているだろう。マルギダにいるのは『強力だが移動の面で難がある』モンスターを多数抱えた部隊と推定される。


「なるほど。では本体に連絡を取られたくないですね」


 きちんと組織的に動く別動部隊だろう。攻撃を受けたら本体に向けて伝令を走らせるかもしれない。連絡用に足の早い騎乗可能なモンスターも何体か確保している筈だ。後方から俺達が追跡していることは敵本体に知られたくない。


「ええ。なのでブリュエットさん、ドミーさんと2人で北側に回りこんで貰っても?」


「はい。任せて下さい。伝令が出たら倒します」


 ブリュエットさんはそう返す。ドミーさんは胸を張って親指を立てる。この2人ならば、まず間違いなく仕留めてくれるだろう。


「では北側への回り込みが完了したら魔力弾を空に向けて発射して下さい。確認と同時に襲撃します。トリスタ達もそれでいいか?」


「問題ない。この程度の部隊なら4人で安全に潰せるし」


「なら、始めよう」


 皆で頷き合い、動き出す。ブリュエットさんとドミーさんが馬を降り、足音を殺して走り出した。俺達も馬を降り、そこら辺の木に手綱を縛る。


「ギリギリまで近付こう」


 道から外れ、4人で静かにマルギダに近付く。少し歩いた後、木の陰に隠れる。


「敵の大半は町の真ん中辺りに集まっている。たぶん広場か何かだと思う。高位魔族は3体だね。2体は広場っぽい所に居る。1体はそこから少しだけ北に居て、周囲には中位魔族が多数。広場は私とソニアと姫様で叩こう」


 トリスタが小声で言う。


「了解。北側の魔族は俺が潰す」


 話を終え合図を待つ。

 少しして、魔力弾が空に一筋の光の線を引いた。


 俺は身体強化魔術を発動し、走り出す。

 木々の間を抜け、木製の柵を飛び越えて町に入る。


 日は深く傾き、眩しい西日が町を照らしていた。


 ごく普通の町だ。2階建の木の家が建ち並び、未舗装の道にはポツポツ雑草が生えている。

 ほんの少し前まで平凡な日常が営まれていただろう。


 そこかしこに血だまりがあった。

 沢山の死体が転がっているが、完全なものは少ない。多くはモンスターに食われた残骸だ。千切れた腕や、目のない生首、腹部の大きく抉れた女性……生臭い空気が満ちている。


 悲惨な光景だ。


 チラリと目を向け、エリーサ様の表情を確認する。冷静さを欠いた様子はない。うん、本質的には強い子だ。


「あっち!」


 トリスタの指差す方へ走る。

 建物の横を過ぎるとモンスター数体を連れた中位魔族が居た。巡回だろう。

 瞬時に魔術を構築し、中威力の魔力弾20発を一斉に放つ。魔族は何の反応も出来ずに連れたモンスターと共に撃ち抜かれ、倒れる。


 走り続ける。やがて広場が見えてきた。


「広場は任せた!」


 事前の打ち合わせ通り、俺は広場の北側に向かう。

 1棟の建物の前に、見張りらしき魔族が4人いた。周囲の建物より上等な印象の住宅だ。恐らく高位魔族はこの中だろう。


「敵襲!!」


 見張りはすぐ俺に気付き、声を上げる。きちんと警戒をしていたようだ。


 どう攻撃するか、考える。


 この建物の中に生きた人間が居る可能性は極めて低い。この町に尋問して有意義な人物が居ないことは魔族だって分かる。建物ごと破壊して問題ない。そう判断し、俺は大威力の爆裂系魔力弾を放つ。


 魔力弾は建物の入口に着弾し、爆発を巻き起こす。


 見張りは吹き飛び転がっていく、即死だろう。建物は大穴が空いたものの、まだ形を保っている。すぐさま2撃目を構築し放つ。


 2撃目は穴から建物内部に入り、炸裂する。建物は砂煙に包まれて屋根瓦が滑り落ち、半ば倒壊した。


 俺は駄目押しと3発目の魔力弾を撃つ。だがそれは不調に終わった。敵の魔力弾が迎撃したのだ。俺の魔力弾は着弾前に爆風を撒き散らし、消える。


 崩れかけた建物の中から魔族が飛び出してくる。黒い角の生えた青い肌の女性魔族だ。引き締まった肉体に毛皮の服を纏っている。如何にも女戦士といった風貌だが、手に持つのは杖、魔術師だろう。


「やってくれる……私はボルホラム族族長マドルムの娘グベリザだ」


 女性魔族そう名乗る。高位魔族はこういう名乗りをよくする。


「魔術師ドグラス・カッセルだ」


 俺は名乗り返す。グベリザは驚いた顔をする。カッセルの名は魔族にも知られている。レブロに居る筈なので驚くのも無理はない。


「カッセルか……こんな場所に何故、と聞いても無意味か。相手にとって不足なし。参る」


 グベリザが杖を構え魔術を構築する。針状に成型した魔力を無数に放つ。そして、その中に一発だけ、強力な対龍級の魔力槍が含まれていた。


 悪くない攻撃だ。回避困難な大量の弱攻撃の中に、貫通力が高く防御困難な攻撃を混ぜる。流石は高位魔族だ。

 しかし、甘い。魔術の撃ち合いにおいては魔力量と構築速度が勝敗を分かつ。どちらも俺の方が上だ。


 俺は魔力防壁を構築しつつ、強化された身体能力で魔力槍を回避、魔力槍を撃ち返す。


 グリベザは身を捻って魔力槍を躱す。しかし既に俺は2発目の魔力槍を構築している。すぐさま放つ。2撃目を躱しきれず、グリベザは前方に盾状の魔力防壁を構築して防ぐ。全魔力を投じた渾身の防御だ。そうでなければ俺の魔力槍は防げない。


 俺は魔力防壁と身体強化を解除し、3撃目を構築する。爆裂系魔力弾を2発、魔力槍1発を放つ。


 グリベザの構築速度では迎撃は間に合わない。彼女は魔力防壁を再構築し全身を覆う。まず魔力弾が炸裂した。爆風と衝撃波は防壁に防がれるが、一瞬遅れて魔力槍が迫る。


 全身を覆う為に引き延ばされた防壁では俺の魔力槍は防ぎきれない。グリベザは横に躱そうとするが爆風の余波が吹き荒れる中、そうそう動けるものではない。魔力槍は防壁を貫通し彼女の左胸を打ち抜いた。


「流石はカッセル……お見事」


 高位魔族グリベザは最後にそう言って笑い、仰向けに倒れる。


 余韻に浸ってはいられない。すぐに広場へ走る。


 広場に辿り着くと、ほぼ決着が付いていた。高位魔族らしき死体が2つ、いずれも真っ二つに斬られている。残っているのは3体の中位魔族と5体の巨大なモンスターだ。


 モンスターは熊を数段大きくしたような外見をしている。ナミタ大森林の生態系の頂点ギガントベアだ。空こそ飛べないが、近接戦では下位龍種に匹敵する強敵である。

 だが、ギガントベアは最初は十数体いたようだ。生きているのは5体だが、死体がゴロゴロ転がっている。


 フィーナ王国最強の剣士トリスタと、魔力お化けのエリーサ様がいるのだ、当然の流れだろう。それにソニアさんもそこそこ強い。


 手出しせずとも終わるだろうが、俺も魔力槍を構築し、放つ。トリスタに注意を向けていたギガントベアの頭を貫通する。巨体が崩れる。

 突然、雷鳴のような音が響いた。トリスタの踏み込みだ。闘気で極限まで強化された脚力が奏でる轟音は、彼女が黒雷と呼ばれる所以ゆえんだ。

 神速の突撃から跳躍し、繰り出された斬撃がギガントベアの首を落とす。


 その横で、エリーサ様の持つ至天杖が煌めいた。青く輝く巨大な魔力刃が撃ち出され、ギガントベアを縦に割る。トリスタの斬撃を上回る威力、凄まじいの一言だ。


 ソニアさんも中位魔族を魔力弾で撃ち抜いていく。


 ギガントベアは残り2体だ。エリーサ様が雷撃魔術を構築し、放つ。紫電が巨大な蛇のようにうねり、2体のギガントベアをまとめて捉えた。煙を上げ、ギガントベアが倒れる。焦げた臭いが辺りに広がった。


「魔族と大型モンスターはこれで殲滅。何体か北に走っていったけど、全部ブリュエットさん達が仕留めたみたい」


 俺が駆け寄ると、トリスタがそう教えてくれる。


「生存者はいそうか?」


 俺はトリスタに尋ねる。マルギタは途中にあった2つの村よりずっと大きい。多少は組織的に魔族に対処したことが期待できる。生存者がいれば有意義な証言が得られるかもしれない。


「町の中には数人しかいない。ちょっと待ってね……周囲の森に逃げた生存者は何十人かいそう」


「ありがとう。残ったモンスターを駆除しつつ、聞き取りだ。急ごう」


 急ぐとは言え、情報収集は必須だ。

 マルギタから北には2本の道が伸びている。どちらの道もフィーナ王国へと続いていた。

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