第45話 魔族追跡開始
「……という話だ。流石に嘘をつく状況ではない。信用していいだろう」
馬を走らせながら、俺は先程の村で港町の兵士から聞いた内容を伝える。道の幅より遥かに広い範囲に残された大量の足跡も、それを裏付けていた。
話を聞き終え、ブリュエットさんが深刻な顔で口を開いた。
「その話だと外洋を西から回りこんで地割海を航行し、上陸したことになります。高位魔族があの村に居た1体だけとは思えません。多数の高位魔族を長距離航海、しかも地割海という人類の目が多い海域を……それだけのリスクを背負ったとすれば、本気です」
ブリュエットさんの分析に俺は「ええ」と頷く。
魔族に造船技術がないわけではない。船を使うこと自体は驚くに値しないが、それに高位魔族を多数乗せるのは信じがたい行動だ。
高位魔族というのは高い戦闘能力を持つ魔族を指す俗称だ。魔族は"強さ"イコール"地位"の傾向が強いため、彼らは魔族の中で支配者階級になっている。言わば貴族のようなものだ。
強さに誇りを持つ高位魔族にとって、船ごと撃沈され、その戦闘能力を活かせずに命を落とすのは忌むべきことだ。300年前の大戦時も高位魔族は殆ど船には乗らなかったとされている。
そんな無茶をするならば、魔族は本気だ。人類領域を切り取る為の大規模侵攻、それ以外にあり得ない。
そして、ナミタでモンスター被害が減った理由も分かった。
「モンスター被害の減少は魔族が大量に
先立って少数の魔族を侵入させていたに違いない。ナミタの大森林は人類側の警戒が薄い地域だ、一度入ってしまえば簡単には気付かれない。大森林のモンスターをひたすら
「でも、その先行部隊はどうやって?」
トリスタが首を傾げる。
「陸路で浸透してきた可能性もあるが……恐らく小型船を使って中位魔族を送り込んだのだろう。途中で半分は沈む前提だな」
大型船で出港し外洋を進み、地割海に入る前に小型船に分乗する。小型船なら上陸は港でない場所でも何とかなる。もしかしたら陸地近くで船を自沈させて、最後は泳いだのかもしれない。
「地割海の海上戦力がしっかりしていれば、防げたのでしょうが……」
港湾都市ディーキで見たあの感じでは駄目だ。怨み言を言いたくなるが、しかし北ばかり見ていたのは皆同じだ。
「ドグラスさん、大規模侵攻だとして、敵の戦略はどう見ます?」
ブリュエットさんの問に、俺は考える。
「上陸部隊の詳細な戦力は分からないが、単独でヴェステルやフィーナを落とせる程の規模ではない筈だ。主攻は北から来る」
あの兵士の言う"大型船"がどの程度大型なのかは分からないし、高位魔族の比率も不明だ。ナミタ大森林で
しかし想定し得る最大級の戦力だとしても、それだけで人類は倒せない。
上陸部隊とは別に魔族遠征軍本体がいる筈だ。それはレブロかサルマンド、若しくはその両方から攻撃してくるだろう。
レブロにせよ、サルマンドにせよ、人類側は要塞線を築き防御を固めている。常時相当な戦力が守備しているし、魔族の攻撃を受ければ王都を始め各地から戦力が送り込まれ巨大な防衛部隊になる。
魔族と言えど、これを突破するの困難だ。別働隊の任務は恐らく南からの攻撃により、レブロ・サルマンドへの援軍を阻止すること。
戦力規模によっては王都を攻撃し、レブロやサルマンドから戦力を引き剥がすことまで想定しているかもしれない。
「何にせよ、やるべきは一つだ。上陸した魔族を叩く」
話しながらも馬はギャロップを維持している。魔術による強化があればこその芸当だ。
道が大きく右に曲っている。曲り角を過ぎると煙が見えた。まだマルギタではない。途中の村だろう。
「少数のモンスターだけ。魔族は居ない」
トリスタの気配察知だ。本当に頼りになる。
「通りがけに蹴散らそう」
村が見えてくる。質素な木の家が集まった小さな村だ。蛙型のモンスターや芋虫型のモンスターが見える。下位モンスターばかりだ。
俺は少し馬の速度を落とす。魔力弾を構築し、狙い、放つ。ブリュエットさん、ドミーさん、ソニアさんも同様に魔術攻撃を行う。魔術の斉射がモンスターを次々に貫いた。
「わ、私もっ!」
そう言ってエリーサ様が魔力弾を放つ。程よい威力だ。蛙型モンスターの1体を直撃し、握りこぶし大の穴を穿つ。
足を止めずに放った今の攻撃だけで、粗方のモンスターは駆除した。
道は村を突っ切る形で伸びている。
そこかしこに村人らしき人が倒れていた。多くは事切れているが、中にはまだ生きている者もいる。酸を浴び皮膚の爛れた老婆や、母親らしき遺体に縋り付く腕の千切れた童女、悲惨な状況だ。
「ソニア! 止めて怪我人が居た!」
エリーサ様がそう叫んで馬から降りようとする。それをソニアが掴む。
「エリーサ様、駄目です。先を急ぎます」
「死にそうな人が居た! すぐに治療すれば治る! 離して」
エリーサ様はジタバタするがソニアは掴んだまま離さない。
「エリーサ様、もう一度言います。北に急がなくてはなりません」
「み、見捨てるの?」
「はい。見捨てます。治療にあたれば助かるでしょうが、その間にもっと殺されます」
建物の中にも怪我人はいるだろう、治癒をするとなると相応に時間がかかる。
今は魔族を追わなくてはならない。
前の村とこの村の状況から魔族達が全速力で北上しているのが分かる。
魔族側にその気があれば襲撃された村に生存者など残らない。魔族は村人の殺害なと目的にしていないのだ。目に付く範囲を一応殺した程度である。この村に居たモンスターは足の遅い種類ばかり、恐らく進軍について行けず切り離されたモンスターが"餌場"にたむろしていただけだ。最初の村に居た高位魔族も村人の殺害ではなく街道の封鎖の為に配置されていたのだろう。
治癒をしていたら追い付けなくなる。
俺とて、放置していくのは感情を理性で抑え付けての事だ。エリーサ様には簡単には飲み込めまい。
俺は馬の位置を少し下げ、エリーサ様の真横に行き話かける。
「エリーサ様。今我々は得難い程の幸運の中にいます。本来ならヴェステル王国南東部に、高位魔族に対抗できる戦力は存在しません。ですが、ここに我々がいる。魔族にとって完全に想定外の事です。今、我々なら魔族の意図を砕き得る。対処を誤ればヴェステルもフィーナも滅びます」
「でも……子供もいた……」
エリーサ様は唇を震わせ、目に涙を溜めている。
「泣くのは構いません。ですが、止まるのは駄目です。エリーサ様の戦闘能力は極めて高い。魔族を殺す方が遥かに沢山の人を救えます」
「……わかった」
エリーサ様は馬に真っ直ぐ座り直す。泣きながらだが、従ってくれた。良かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます