第43話 煙

 俺は温泉に入っていた。


 深い理由はない。たまたま宿泊する町が、温泉のある町だったのだ。宿にある温泉風呂に浸かり、疲れを癒す。少し熱すぎるぐらいのお湯が気持ちいい。


 港湾都市ディーキを出て2日、もう少しでナミタ大森林の周辺地域に入る。

 明日は途中の村でモンスターについての聞き込みをしつつ、マルギタという町を目指す予定だ。一番森に入りやすい位置にある町なので、そこを拠点に調査を行うことにしている。

 そういう意味では純粋な移動だけの気楽な行程はここで終わりだ。


 温泉は露天風呂、既に日は完全に没んでいる。あいにく曇りで星は見えないが、開放感があって良い。


 男女別に風呂があり、宿には他に客は居ない。なので、貸し切り状態だ。手足を伸ばしてのんびり寛ぐ。


 他のメンバーは5人一緒にワイワイ風呂に入っていることだろう。


 暫く温まり、風呂からあがる。


 部屋に戻ろうと歩いていると、曲り角でトリスタと会った。風呂上がりらしく、頬は赤みを帯び、髪からは微かに湯気が立っている。


「おっ、ドグラス。温まった?」


「ああ。他の皆は?」


「まだ入っているよ。私は先に出ただけ。……エリーサ様の入浴姿想像した?」


「しとらんわ!」


「なら、しとこうよ。分かると思うけど、エリーサ様凄いよ。肌綺麗で、スタイル完璧。まぁ、ブリュエットさんも負けてないけどね」


 確かにそうだろうが、そんな事を言われても、困る。


「でさ、ドグラス、実際どっちを選ぶつもりなの?」


 トリスタはニヤニヤ笑っている。


「いや、そもそも何で選ぶ、そして選べる前提なんだ」


 そう返したが、流石の俺もブリュエットさんから好意を向けられている事は分かる。そしてエリーサ様は消去法だし、少なくとも懐かれてはいる。


「分かってる癖に。でも、選び難いのは分かるよ。そこで私のオススメは両方。どうよ?」


「いや……馬鹿は休み休みだなぁ」


「ま、何でも良いけど『統合魔術』を絶やすのはアウトだよ。過去の例から見てドグラスの子で『統合魔術』を引き継ぐのは3人に1人ってとこでしょ。次の代の事も考えると、子供は9人以上欲しい。そこのところ、よろしく」


 この再従妹はとこは好き勝手言ってくれる。だが、人類領域を守る上では正論ではある……


「心に留めてはおくよ。話は変わるけどエリーサ様は今後どうするんだ? まだ帰らなくて良いのか?」


「最低限の教育は済んだけど、暫くは戻したくないね。もう大臣には操られないと思うけど、ホバート派や中立派の貴族達と渡り合うのは厳しいから」


「なら、魔術も相応には教えられるな。そこはちゃんとやるよ」


 身の振り方は考えなくてはならないが、もう少しだけ猶予はありそうだ。


 俺は「じゃ、今日は寝る」と言って部屋に向かう。


 ベッドに入るとすぐに意識は遠のいた。



◇◇ ◆ ◇◇ 



 森の間の道を進む。


 目的地は国境近くの森林地帯、僻地も僻地だ。そのため近づくにつれ道は細くなり、路面の状態も悪化していく。

 時折木の根や石に乗り上げて馬車が跳ねる。揺れは酷い。

 身体強化魔術と治癒魔術があるから進めているが、そうでなければ馬が保たないだろう。


 御者はドミーさんがしてくれているので、俺とブリュエットさんは車内で揺れに耐えていた。


「森に入るのは明後日といったところでしょうかね」


 ブリュエットさんが言う。


 マルギタの町に着いたら、まずは聞き込みだ。その後物資を調達して森林へ調査に入るだろう。マルギダに着くのが今日の夕方、聞き込みに1日と考えれば、その日程だ。


「多分そんな流れですね。ひとまず5日ぐらい森を探索して一度帰還で考えています」


 原生林の中の探索だ、当然馬車は使えない。持てる食料の範囲での行動になる。初回の探索はその程度の日数だ。

 もし大森林の深部を目指す必要が出たら、人を雇ってキャンプを作り物資を運ばせながら進むことも考えなくてはならない。


「とは言え、まずは聞き込みをしてからです。原因に当たりぐらいは付けないと」


 そう言ったとき、御者台のドミーさんが叫んだ。


「ブリュエット様! 煙が見えます。たぶんこの先の村!」


 俺とブリュエットさんは馬車のドアを開け、身を乗り出して外を見る。

 確かに煙が見える。お昼時ではあるが、煮炊きにしては大き過ぎる。


「降ります」


 俺はそう言うと、自分に身体強化魔術をかけて馬車から飛び降りる。そして後ろを走っているエリーサ様達の馬車に向かい、並走する。


 御者はソニアさんが務めていた。こちらも煙には気づいていたらしく、トリスタとエリーサ様はドアから顔を出している。


「ドグラス! これ火事じゃない。殺気と血の臭い」


 トリスタはそう叫ぶと、馬車から飛び降りる。


「二人で先行しよう!」


「了解!」


 トリスタと共に全力疾走で道を走る。馬車を引き離し、先へ先へ。


 すぐに村が見えてきた。あちこちから火の手が上がり、そこかしこに村人の死体が転がっている。そして、闊歩かっぽするモンスター。


「何でモンスターが!」


 俺は思わず叫ぶ。


 単体又は少数のドラゴン級のモンスターが襲っているならば、想定された状況の一つだ。たが強弱入り乱れ多種多様なモンスターがいる。


「ドグラス! モンスターだけじゃない! この気配は」


 トリスタより少し遅れて、俺は目視でそれに気付いた。


 戦斧を手にした青い肌の男が一人。


 魔族だ。


 向こうも俺に気付いたようで、即座に魔術を構築してくる。魔力弾が4つ、恐らくは爆裂系だ。

 俺も魔術を構築、少威力の爆裂系魔力弾を10発に魔力槍を1発、魔族の男より一瞬遅れて放つ。


 俺の魔力弾は空中で炸裂し、敵の魔力弾を誘爆させた。爆炎を裂いて魔力槍が魔族の男に迫る。

 だが闘気を込めた戦斧が振り下ろされ、俺の魔力槍は叩き落とされた。


 この強さ、間違いなく高位魔族だ。


 しかし、こちらは化物揃い。この攻防の間に、既にトリスタは敵に肉薄している。渾身の力で戦斧を振り下ろしたばかりの男は対処が間に合わない。

 トリスタの斬撃が男の胴を深く抉った。致命傷だ。


「なぜこんな場所に……」


 最後にそう呟いて、魔族の男は倒れる。


 それはこっちのセリフだ。しかし今はモンスターを倒さなくてはならない。


 俺は魔力槍を構築し、モンスター達目掛けて放った。

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