第42話 港町

 街道を東に進み続け、俺達は港湾都市ディーキに辿り着いた。

 港湾都市と言っても交易はあまり盛んではない。港に停泊するのは漁船と軍用船が主だ。


 今日はここで一泊する。毎度ながら一番高い宿に部屋を確保した。


 あとは食事をして眠るだけ。ドミーさんが通行人に話しかけ、魚介料理が美味しい店を聞き取ったので、そこで夕食にする。


 テーブルに6人で陣取り、店員さんに『代金は気にしないので、お勧めで6人分』と非常にざっくりした注文をする。


「全行程の8割ぐらいまで来たかな?」


「はい。そのぐらいだと思います。ここからは街道と海が離れるので、捕れたての魚とは暫しお別れですね」


 俺の呟きにブリュエットさんが返す。


 ここまで沿岸を進んでいたので、海魚三昧だった。十分に堪能したが、お別れと言われると惜しくなる。


 少し待つと、料理がやってくる。酒蒸しした貝に、野菜と白身魚が入った麦粥、衣を付けて揚げた魚も出てくる。

 皆で「いただきます」と言って食べ始める。まずは麦粥を一口いただく。塩気が丁度よく、美味しい。


 目線を上げると、不意にエリーサ様と目が合う。エリーサ様は「美味しいですね」と可愛らしく微笑んだ。

 青い瞳が綺麗で、一瞬見惚れてしまい反応に困る。とりあえず「酒蒸し貝が良い味ですね」と返す。そして言い終えた瞬間、まだ貝を食べていない事に気付いた。心の中でため息一つ、ソニアにしてやられた。


 どうしたものかなぁ、と思いつつ食事を続ける。揚げ魚が香ばしくて美味しい。


 と、店に数人の男性客が入ってきた。格好からして水兵だろう。全部で8人いた。テーブルにつき麦酒を頼み、飲み始める。


 『麦酒かぁ美味しそうだなぁ』と思うが、俺は控えておこう。明日も早朝から移動だ。


「ブリュエット様、飲んで良いですか? 良いですね?」


 ドミーさんの判断は違うようだ。


「ドミー……じゃ2杯まで」


「流石はブリュエット様! 店員さーん麦酒を4杯!」


 ドミーさん、ソニアさん、トリスタで3杯……なんか、俺のも頼まれた。まぁ麦酒の1杯や2杯なら良いか。


 すぐに店員さんが酒を持ってきてくれる。ドミーさんが「乾杯!」と言って木製のジョッキをぶつけ合う。


 麦酒を飲む。美味しい。揚げ魚ととても合う。


「帰りもこのルート通りたくなりますねぇ」


 ぷは~と息を吐きつつドミーさんが言う。

 帰路はレーヴ川は使わず陸路のみで戻る予定だ。同じルートだと川を上る事になるので、却って時間を食う。海沿いは食事が充実するので少し残念だ。


 と、「おっ美人ばっかじゃん」という言葉を耳が拾った。先程入ってきた水兵らしき一団だ。

 そして、水兵らしき男の一人が立ち上がりこちらに向かってきた。俺達のテーブルに歩み寄るとブリュエットさんの後ろに立つ。


「なぁ嬢ちゃん、こっち来て一緒に飲もうぜ」


 と言ってブリュエットさんの肩に手を伸ばし――吹き飛んで壁に衝突する。


 鈍い音が、店内に響いた。


 ドミーさんが疑似質量弾で弾き飛ばしたのだ。


 うーん。これは酷い。


 料理店で女性に絡むこと自体も駄目ではあるが、そういった『倫理』以前の話だ。


 ブリュエットさんが今着ている服は濃緑色の絹のローブだ。色こそ地味だが、光沢を見れば上質な絹布であることは分かる。

 破れも修繕の跡もない、サイズの合った綺麗な絹の服、本人の為に仕立てられた高級品であることが見て取れる。この時点で貴族か、そうでなくても豪商の娘などの有力者だ。下手をしてはいけない人物である。

 この程度の判断は『倫理』ではなく、最低限の『生きる為の知恵』だ。

 ストラーンの冒険者のおっちゃんも、ブリュエットさんと会った時はすぐに服の水準に気付いて敬語になった。

 下っ端水兵とは言え、程度が低すぎる。


「なっ! 貴様らっ何を!」


 席に座っていた残りの男達が、立ち上がる。3人が吹き飛んだ男の所に向い「おい! 大丈夫かっ!」と抱き起こす。死んではいないが、骨ぐらいは折れているかもしれない。

 残りの4人がこちらに来た。「やりやがったな!」と当然のように喧嘩腰だ。

 これは更に良くない。構築魔術で吹き飛ばされたという状況も理解していないのだろうか。

 あの速度で加減した魔術を構築できるのは一線級の魔術師だ。


 虎を威嚇する猫である。


「失せなさい」


 ドミーさんが端的に要求する。しかし男達は更に怒りを深め、「ざけんな!」と叫んで腰の短刀に手をやる。


 ドミーさん地味に容赦なさそうだし、俺がやるか。そう思って電撃魔術を構築しようとしたところで「お前ら何やってる!」と声が響いた。


 肩をいからせて入って来たのは士官らしき服装の人間だ。偶然声でも聞き付けたのだろうか。


「こいつらがプブリオを」


 男の一人が俺達を指差す。士官風の男は一瞬こちらを見て、俺達を指差す男を思いきり殴った。


「馬鹿がっ!」


 吐き捨てるように言ったあと、こちらを向いて姿勢を正し、頭を下げる。


「うちの部下が失礼を。申し訳ございませんでした。私はカザーレ伯にお仕えしているイーヴォと申します。お名前を頂いても」


「ブリュエット・アルトーです」


 ブリュエットさんが返すと、男は一瞬目を見開いた。想像以上の家名が出て驚いたのだろう。


「アルトー家の方にとんだ失礼を……改めて深くお詫び申し上げます。適切に指導させて頂きますので、ご容赦頂ければ幸いです」


「私のことは構いません。しかし、地割海の警備、防衛に不安を覚えます。その点については義務として上に報告致します」


「しょ、承知いたしました。では、あれらを連れて戻らせて頂きます」


 苦い顔で再度頭を下げるイーヴォさん。大変そうだ。ブリュエットさんが報告する上って、たぶんユリアン王子だもんなぁ。


 イーヴォさんが水兵達を連れて去っていく。


「拙いですね……」


 トリスタが呟く。水兵のガラが悪いまでなら、許容範囲どこもそんなものだ。しかし、最低限の観察能力と判断能力がないのはまずい。


「拙いですが、仕方ないのかもしれません。ヴェステル王国は永らく対人間の戦争はしていませんし、海軍は対魔族戦もないですから」


 ソニアが冷静に述べる。確かに、実戦の可能性が殆どないとなると質が下がるのも仕方ないのかもしれない。

 地上で戦う騎士や歩兵、魔術師は魔族との戦いがいつ起こるか分からないという危機感を持っているし、小競り合い程度の戦いは実際によく発生している。

 海も海賊の取締りぐらいはあるだろうが、戦闘と呼べる程の事態にはならない。対海賊なら軍船に乗った魔術師が一方的に攻撃して沈められる。対艦攻撃が可能な魔術師を確保している海賊はまず存在しない。


「あの、お客様、大丈夫でございますか」


 店員さんがオロオロした感じで話し掛けてくる。


「大丈夫ですよ。で、麦酒もう1杯、あとチーズ」


 ドミーさんが笑顔で追加注文した。

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