第41話 へっぽこ王女の色仕掛け

  川下りは順調に進み、俺達は河口の街に辿り着いた。


 乗船中に特筆すべきことは余りなかった。強いて言うなら大型の船で揺れも少ないからと、エリーサ様がみっちり勉強させられていたこと、それと――エリーサ様が"聖女"呼ばわりされたぐらいだ。

 回復魔術の練習にと、船員の治療にあたらせた結果だった。船での作業は事故が多いからか、指を失った人とか、耳が千切れて顔に大きな傷がある人とか、色々いた。乗船中に軽い怪我をした人も片っ端から練習台にしていたら、容姿と相まってそうなった。

 もちろん身分は明かしていない。なのに先祖フィーナと同様に聖女と呼ばれるのだから、不思議なものだ。


 船を降りる。鼻に感じる潮の香りが海に着いたことを教えてくれた。


「聖女様! どうぞお気をつけて!」

「ありがとうございました。このご恩は忘れません」

「馬糞の臭いなんて何でもないですから、また乗って下さい!」


 船員達は船を降りた俺達に甲板に並んで手を振っている。エリーサ様もぶんぶん手を振り返し、船と別れた。


 

 ここからは再び馬車での移動だ。海を右手に、街道を東へ進む。川を進む船に慣れると、馬車の無骨な揺れが少し辛い。


 そして、俺は馬車の中でエリーサ様に講義をしていた。

 魔族について教えて欲しいとソニアに言われ、道中講師を務めることになったのだ。なので今日はブリュエットさんの馬車ではなく、エリーサ様の馬車に乗っている。


「魔族の一部にはモンスターを隷属化テイムする能力を持つものがいます。そのため魔族軍には使役されるモンスターが含まれる事が多いです。この中で最も脅威になるのが隷化龍種テイムドドラゴンです」


 講義をしながら、俺は少し困っていた。


 正面に座るエリーサ様は妙に丈の短い薄桃色のワンピースを着ている。なので色白で健康的な太股ふとももが露出していた。じっと見てしまわないよう気を付けながら講義をしているが、目の毒というやつである。


 しかも馬車は揺れる。エリーサ様が足置き用の台を使っていることも加わって、時々視界の端に水色のものが入る。下着のような気がするが、焦点を合わせないようにしているため、はっきりは分からない。


 間違いなく、ソニアの仕業であろう。当人はエリーサ様の横に座っている。


 ソニアにじろりと睨むような視線を送ってみるが、返ってくるのは不敵な笑い。


 エリーサ様は「魔族って強いんだね」とか「ドラゴンかわいそう」とか言って、俺の講義を真面目に聞いている。


 よく分かっていない子に、こういう格好をさせるのは良くないと思う。やはり一度クギは刺すべきか……


 ソニアをもう一度見る。なんか目が『下品な手段と見下して貰って結構、私が下品なだけでエリーサ様は悪くないですからね』と言っている気がする。


 うむぅ、どうしたものか……


 悩みつつ講義をするうち、小さな町に着いた。丁度お昼の時間だ。ソニアさんとトリスタが食事を買ってくると言って、出ていった。


 エリーサ様と二人、馬車の中に残される。


 迷ったが、俺は直接エリーサ様に少し話しておく事にした。


「あの、失礼だとは思いますが、今日の服はソニアさんが?」


 おずおずと俺が聞くとエリーサ様は小首をかしげた後、答えた。


「はい。ソニアが選んでくれました。オルシャで買った服を手直してくれたみたいです」


 恐らく、スカート丈を短くする改造だろう。わざわざ自分で針仕事とは努力家ではある。


「その……少々丈が短いかと。ソニアさんは色々と妙な事を考えて、エリーサ様にそのような服を着せているようです。下着も見えそうですので、別の服にされてはどうでしょうか」


「えっと、駄目でした?」


 何か少し残念そうな声色で答えるエリーサ様。やり辛い。


「いや、駄目というか……その、安易に肌を晒すべきではないというか」


「でも、ドグラスさん以外にはしませんよ?」


 想定とは違う言葉が返ってきた。

 『あれ?』と思っていると、エリーサ様はじっと俺の目を見つめてくる。そして悪戯っぽく笑った。


「安心して下さい。何の説明もされずに言われるがまま、ではないです。この前ソニアからちゃんと聞きました。ソニアがブラーウ家のクラリスだって事も、大臣がドグラスさんの横領をでっち上げた理由も。だから」


 そこで一度言葉を切り、立ち上がって一歩、屈んで俺の耳元に顔を近づける。


「内容はぜーんぶソニアの作戦ですけど、分かっててやってる色仕掛けです」


 どう反応して良いか分からず、俺はフリーズしていた。


「ソニアが顔に出すなって言うので頑張ってたけど、実は少し恥ずかしかったので、上から羽織りますね」


 そう言ってエリーサ様は丈の長いカーディガンを取り出し、羽織ってボタンを止める。


「諦めないですよ。ドグラスさんはシャンタフィーナの王都に連れて帰るんですから」


 少し顔を赤らめたエリーサ様がそんな事を言った。


 頭は軽いパニックだった。

 ……とりあえず、講義しろって言ってこんなの仕組んだソニア許すまじ。



◇◇ ◆ ◇◇ 



「さて、上手くいくと良いけど」


 うっしっし、とソニアは笑った。


 魔術の訓練を始めてから、ドグラスとエリーサの関係は概ね良好だ。エリーサは素直で才能に溢れる教え子である。師弟関係を上手く築けている。

 ただ順調ではあるが、このままだと妹っぽいポジションに収まってしまいそうだ。多少強引にでも、ここで異性として意識をさせておきたかった。


「ちょっと、何企んでいるんですか?」


 隣を歩くドミーが怪訝そうな声をあげた。彼女も一緒に昼食の買出しだ。あちらの馬車はブリュエットが一人で留守番をしている。

 適当にパンを買って、馬車に戻る途中だった。


「いえ、企むって程のことはしてませんよ。エリーサ様にやたら短いスカート履かせたぐらいです」


 実際の狙いは『何も分かってない』と思ってた相手が『実は分かって誘惑してた』という意外性で心を乱すことだが、ライバルのドミーにそこまで説明はしない。


「また、安直な……でも負けてられませんね。ブリュエット様履いてくれるかな?」


「履かないと思うよ。じゃあ、また後で」


 馬車に着いたので、ドミーと分かれる。ソニアは軽くノックしてから、馬車の扉を開く。


「ソニア〜っ!」


 開けた瞬間、ドグラスがチョップしてきた。とはいえ、明らかに当てる気のない一撃だ。ソニアは軽く背を反らしてかわす。


 ドグラスは怒っている素振りをしているが、表情を見るに半分以上は照れ隠しだ。


 どうやら上手くいったらしい。

 ソニアはふふっと笑った。

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