第38話 湖畔でキャンプ

 俺達は2台の馬車で王都オルシャを出発した。まずジスナ湖に沿って街道を南西方向に向かう。ナミタまではかなり遠い。なるべく早く到着したいので、馬への身体強化魔術も適宜使う。

 俺はブリュエットさんの馬車に乗り、御者は交代で務めた。


 湖畔の眺めは美しく、見ていて飽きない。

 小さな島や、漁をする小舟、色々なものが視界を流れていく。


 飽きはしないが、夜は来る。やがて日は傾き、湖畔を琥珀色に煌めかせる。そろそろ野営の準備だ。


 最初の目的地はミリッアという都市だ。オルシャ同様にジスナ湖の湖畔にあり、湖の水はそこからレーヴ川に流れ出している。レーヴ川は南へ流れ、最終的には海に至る。


 オルシャとミリッアの間には相応の距離がある。そのため途中にはこの区間を移動する商人や旅人のための宿場町が3つあった。

 最初はどこかの宿場町で一泊と思っていたが、ドミーさんが「野営しようよ、魚捕って焼こうよ」と言い出した。それにエリーサ様が「野営でお魚! してみたい」と乗っかった。

 俺達が速度重視で移動した場合、1日で最もミリッア寄りの宿場町よりも先まで進める。先を急ぐなら野営の方が合理的でもあった。そのため初日は野営に決まったのだ。


 街道から少し脇に逸らして馬車を止め、降りる。


 まずはテント張りだ。全部で3張り、1つが俺用、1つがブリュエットさんとドミーさん、1つがエリーサ様達用だ。


「じゃあ、私達は日が沈み切る前に魚を!」


 と言ってドミーさんが釣り竿を手に、エリーサ様とトリスタを伴って湖へ走っていく。


 残りの3人でテントを張る。ソニアさんは作業が凄く早い。あっという間に1つ張り終え、手間取っていたブリュエットさんを手伝う。俺が自分の分を張り終えたところで、丁度3つとも完成した。

 湖畔にテント、なんか良いな。うん。


 魚が無事に獲れるのかは分からないが、なくても宿場町でパンと塩漬け肉、野菜と豆を買ってある。問題はない。

 食料を馬車から下ろそう。そう思って馬車の扉を開けた時、何か騒がしい声が響いて来た。何だろうか。


「凄いの出たー」「これ、実は美味しいやつです。吹き飛ばしちゃ駄目ですよ」「斬る? どこ斬る?」


 そんな声が聞こえた。


 湖の方を見ると、大型のモンスターが居た。蛇っぽい見た目、あれはレイクサーペントだ。強力なウォーターブレスを使うが、肉は美味である。


 何やらドミーさん、捌き方に拘りがあるらしく、トリスタにあれこれ指示をしている。銀等級冒険者パーティーが逃げ出すレベルのモンスターだけど、まぁこのメンバーならザコだ。

 でも、ブレスを乱射されると馬車やテントまで防御しきれるかは分からないなぁ。


 と思ったら、レイクサーペントがブレスを乱射した。



 そして、ブレスはさっき張ったテントを3つまとめて薙ぎ倒した。



◇◇ ◆ ◇◇ 



 レイクサーペントはトリスタが綺麗に捌き、エリーサ様が練習をかねて弱火力の魔術で焼いている。食欲をそそる良い匂いだ。

 エリーサ様が肉を魔術で焼いているのとは別に、焚き火をおこして肉と野菜と豆でシチューを作る。魚も獲れたので、それも焼く。


 作り終え、「いただきます」と声を揃えて言って、皆で食べる。


 野営とは思えないほど食事は豪華だ。

 それを湖畔で、焚き火を囲んで食べる。既に日は完全に落ち、雲の切れ間に星が煌めく。


 うん。最高だな。


 皆で「美味しい」と言い合いながら食べる。サーペント肉の焼け具合もバッチリだ。エリーサ様の成長はやはり著しい。

 シチューも美味しくできたし、新鮮な魚に塩振って焼くのが不味い筈がない。


 心地よく、腹がふくれていく。


「テントが消し飛んだ以外は完璧だな」


 俺はしみじみと呟く。


 ドミーさんが「ごめんね」と笑顔で謝った。


「まぁ、馬車がある訳で、俺が外套に丸まって外で寝ればそれで済む話です」


 俺は笑って「気にしないで下さい」と続けた。


 だが、俺の言葉にドミーさんは『は? 何を言ってるんですか?』とでも言いたげな顔をする。


「は? 何を言っているのですか? ドグラスさん、馬車で3人で雑魚寝するに決まってますよ」


 言った。


 いやいや、まぁ3人寝るスペースはあるが。


「ね。ブリュエット様」


「え、あ、はい。ドグラスさんを外に寝かすつもりはありません。雲の動きも早いですし、雨が降らないとも限りませんよ」


 どうしようと考え始めた瞬間、ソニアさんが口を挟んだ。


「いやいや、何を言いますか! ドグラスさんはこっちの馬車で寝ます。ほら、こっちには親戚トリスタも居ますし」


「4人じゃ狭いですよ。道中こっちの馬車に乗っているのですから、こっちに決まっているでしょう」


 ドミーさんが言い返す。


「あら、お気遣いありがとうございます。ではお言葉に甘えて、私がそちらの馬車にお邪魔しますね。色々と話したい事もありますし」


 ドミーさんとソニアさんで口論が始まった。いや、口でないか、ただ「こっち」「こっち」と言い合ってる。


 えっと、どうしよう。何か解決案がないか考える……うん、思い付かない。

 トリスタの方を見るが、生暖かい視線が帰ってくるばかり。


「ぐっ、分かりました、このままでは埒が明かない。エリーサ様とブリュエット様とドグラスさんが同じ馬車、これで手を打ちませんか?」


 ソニアさんが謎の調停案を繰り出した。

 いや、まて


「仕方ないですね。今日はそれで妥協しましょう」


 ドミーさんも、何か同意してる。


「あの、えーと、エリーサ様、ブリュエットさん突っ込みをお願いします」


 俺は2人の主に統制を依頼する。


「うん、分かった。3人で寝る」


 エリーサ様に期待しちゃ駄目だよね。知ってた。


「皆さんが良いならそうしましょう」


 ブリュエットさん謎の協調性を発揮。


「あの、俺本当に外で大丈夫だから」


「「「それは本当に駄目」」」


 声がハモる。


 俺もそれ以上言い返せなかった。



◇◇ ◆ ◇◇ 



 俺は背筋と手足を真っ直ぐ伸ばした状態で横になっていた。


 左にブリュエットさん、右にエリーサ様がいる。


 旅で疲れていたのだろう。今後の食事でどんなものが食べたいか、という話題で少し雑談した後、エリーサ様はすぐに寝息をたて始めた。


「エリーサさんは素直な良い子ですね。良い魔術師になります」


 ブリュエットさんの声色は優しげだ。


「ええ。まぁ、女王に向いているとは思いませんが」


「そこは周りが支えるしかないですよ」


「そうですね。フィーナ王国は人材難かもですが、ソニアさんとか優秀そうですし」


 ソニアは悪巫山戯が過ぎに過ぎるが、確かに能力は高いと思う。


「では、私ももう寝ます。私……たまに寝相が悪いことがあるけど、許して下さいね」


 ブリュエットさんはいたずらっぽく笑う。


 さて、俺は眠れるだろうか。

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