第37話 ドグラスいじられる

「パトリス・ジアン殿お久しぶりです」


 俺は10年ぶりに会ったパトリス・ジアン氏に挨拶をした。

 たしか年は30代の半ばだったはずだ。金髪碧眼で背丈は普通、顔立ちにもあまり特徴はない。たが、そんな彼はヴェステル王国最強の魔術師だ。俺の知る限り戦闘面で対抗できる魔術師はリリヤ・メルカぐらい……いや、たぶんエリーサ様がもう少し鍛えれば超えるか。あのお姫様は本当にヤバイと思う。


「お久しぶりです、ドグラス殿。ところで……仲良しですね」


 俺と隣りにいるブリュエットさんを見て、楽しそうな、でもほんの少し呆れたような声で言う。

 俺が着ているのは先程買った服、ブリュエットさんも買った服に着替えている。つまりはお揃い、ペアルックである。

 ブリュエットさんは嬉しそうに『えへへー』と笑っている。


「いや、これは色々と偶然の要素が……」


「まぁ、そういう事にしておきましょう。お越し頂いたのは、少々お願いしたいことがありまして」


 パトリスさんは真剣な顔になる。


「はい。お伺い致します」


「ヴェステル王国の南東、ナミタから妙な話が上がって来ているのです」


「ナミタですか、フィーナとの国境付近ですね」


 ヴェステルとフィーナは南北に長く国境を接する。俺が追放ポイされたベトルゴ平地からずーっと南に向かうとナミタに着く。


「ええ。ナミタには巨大な原生林があり、そこには強力なモンスターが多数生息していることで知られています。大昔からモンスター被害の多い地域です。しかし、ここしばらくモンスターの被害が減少しているようです」


「それは気になりますね」


 もちろん、モンスター被害が減るのは良い事だ。しかし、原因不明というのは恐ろしい。


「この手の情報を放置するのは危険です。とは言え積極的にヴェステル王家が動くには、根拠が薄くてやり難い。ナミタの領主であるエノー子爵家との調整も必要になる」


 なるほど、話しは分かった。


「俺に調べに行って欲しいと」


「その通りです。冒険者ギルドに依頼を出して、ドクラス殿がそれを受けるという形ならやりやすい。エノー子爵には手紙を1通送るぐらいで済む」


 冒険者ギルドにモンスターの動向調査を依頼する程度であれば領主の同意など必要ないらしい。一応礼儀として手紙を送るぐらいで十分だという。


「それだと、ブリュエットさんは王都待機ですかね」


「いや、個人的に同行するなら問題ないです。ブリュエットはペアルックでドクラス殿に付いてったと言えば、誰もそれ以上突っ込まないでしょう」


 それで良いのかな? まぁ、ヴェステルの宮廷魔術師が良いと言うなら良いのだろう。少し前から時々思ってたけど、ヴェステル王国って大らかな国だ。


「了解しました。ブリュエットさんもそれで良いですが?」


「問題ありません。調べるなら早いに越したことはないですね。パトリスさん、依頼はいつ出せます?」


「今から最速でねじ込むから、明日の朝一にはギルドに貼り出させる。ドクラス殿以外誰も満たさない条件を付けて事実上の指名依頼にする」


 ふむふむ。明日は朝一でギルド、受注後すぐに出発という流れか。


「なら、今から戻って旅の準備だな」


 

◇◇ ◆ ◇◇ 



 俺とブリュエットさんはパトリスさんとの話を終え、アルトー邸に戻った。


 屋敷の庭でトリスタが剣の素振りをしていた。エリーサ様とソニアさんに加えて、アルトー邸の警備兵達がそれを見ている。


 単純な動きの、横一文字の薙ぎ払い。だがそれは恐ろしい程の闘気が込められた、神速の斬撃だ。

 見学する警備兵から「おおー」と歓声が上がる。


 『闘気』は本質的には『魔力』と同じものとされる。身体能力を強化し、武器の攻撃力を増す。また、身に纏えば多少の防御にもなる。


 次いでトリスタが連撃を繰り出す。刃が唸り、大気を震わせる。

 パチパチと警備兵から拍手が起こった。俺とブリュエットさんも拍手をした。


 一同が俺達に気付く。


 と、ソニアさんが目を見開き、口をあんぐりと開く。俺とブリュエットさんを交互に見ている。

 少ししてソニアさんは「ペッ、ペアルック!」と叫ぶ。


 隣のトリスタも剣を納めて、驚いた表情だ。


「ドグラス、そう言うキャラだっけ……」


「いや、多分に偶然の要素が……」


 俺の弁解はトリスタに「ふーん」と流される。


 そして、意外なことに何だかエリーサ様が「えっ? ふぇ?」とか戸惑っている。そして「良いなぁ」と小さな声で呟いた。


「エリーサ様! 承知しました。買って来ます!」


 そう言ってソニアが走り出す。

 どう反応して良いか分からず、俺はソニアに「店の場所分かるの?」と聞いた。


「舐めないで下さい! 100年後を見据え既製服製造に力を入れるヘレナ商会! 会長曰く『既製服の時代は必ず来る、その時我らが100年のノウハウを持てば誰に負けようか』場所ぐらい知ってます!」


 アルトー邸の敷地を飛び出して行くソニアさん。


 元気だなぁ



 しばらくして帰って来たソニアさんは無念そうな顔をしていた。同じデザインの服はもうなかったらしい。ただ、その代わりに大量に服を抱えていた。



◇◇ ◆ ◇◇ 



 俺は王都冒険者ギルドの扉をくぐる。

 ブリュエットさんも一緒だ。残りのメンバーは外で待機している。


 確かにストラーンよりも3倍ぐらい大きい。1番奥まった場所にある特殊案件の掲示板を見る。『ナミタ大森林の調査依頼』目当ての物はすぐに見つかった。


 依頼を剥がして、受付に持っていく。受付には若い女性が座っていた。青みがかった髪で、美人だが目が鋭い。なんかレティルさんに似てる。


「この依頼を受けたいのですが」


「あーこの依頼は条件が特殊でして、下に書いてある通り『銀髪碧眼美少女とペアルックの人』しか受けられないんですよ。って条件満たしてるぅぅぅぅ!」


 何を言っているのだろう。条件は『ドラゴン単独討伐の経験者かつ生命再生リジェネレイトの使い手』だ。


「すみません、ドグラス様、冗談です。パトリス様からお話は聞いております。先程の冗談もパトリス様のご指示です。私は悪くない。そして、ストラーンでは姉がお世話になりました。レティルの妹のルティアです」


 ルティアさんは立ち上がると、深く一礼する。

 ヴェステル王国には楽しい人が多いな。


 手続きを済ませ、ギルドを後にする。


 エリーサ様達もドミーさんも当然のように付いて来ることになっている。


 6人でまた馬車の旅だ。

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