第36話 ドグラス服を買う

「流石はアルトー家、流石は王都オルシャ、ですね。美味しい」


 トリスタが食べる。凄い勢いでステーキを、蒸し野菜を、パンを、口に運んでいく。所作は綺麗なので、時間を早回ししているようだ。


 アルトー邸の食堂で俺達6人は夕食を食べていた。何から何までお世話になって心苦しいが、今は甘えておこう。


「ドグラスさん、何やらパトリス・ジアンさんが私達に用事があるらしいのです」


 食事がひと段落したころ、ブリュエットさんが切り出してきた。


「パトリスさんが?」


 パトリス・ジアンは宮廷魔術師の第一席、ヴェステル王国最強の魔術師である。俺よりワンランク上の実力者だ。


「はい。何か用事があるそうです。明日の午後にでも王城に行こうと思います。大丈夫ですか?」


 当然何も問題はないので「はい。もちろん」と頷く。

 あ、ただ……


「王城に行くならもう少しマシな服を着た方が良いか……」


 冒険者暮らしをしてたので、俺が着ている服の"水準"はあまり高くない。高級宿に泊まるぐらいなら大丈夫だが、王城となると相応しくないだろう。

 とは言え、仕立てて貰うのには時間がかかるし……


 こんな事なら一着ぐらいきちんとした服を持って来るべきだったか。いや、でもこれから荒野に置き去りという時に食料とか水を減らして、しくは荷物を重くして、被服を充実させる奴はいるまい。


「あ、王都ここにならば比較的質の良い既製品の服を売ってる店がありますよ。案内します」


 おお、それは素晴らしい。俺は「お願いします」と返す。


「はい。呼びつけても良いですが、散歩がてら店までいきましょう」



◇◇ ◆ ◇◇ 



 翌日、朝食をとった後ブリュエットさんと2人で歩いて屋敷を出た。普通の伯爵令嬢なら護衛やら何やらついて、馬車での移動だろうがそこは宮廷魔術師である。


 ブリュエットさんは銀糸で刺繍された薄水色のブラウスに白いスカートを着ていた、似合っている。

 朝の日差しにキラキラ光る銀髪が綺麗だ。


 王都オルシャは東側にある3重の城壁により、地区が大きく3つに分かれている。当然ながら奥に行くほど裕福な人が住む。一番東は庶民の地区、真ん中は余裕のある市民、王城もある一番西側の地区は裕福な商人や貴族といった感じだ。

 各地区は単純に東区、中区、西区と呼ばれる。


 その店も西区にあるそうなので、アルトー邸からはそう遠くない。


 オルシャは全体的に良く整備された都市だが、やはり西区は格が上だ。綺麗に石畳が敷かれ、道の左右には歴史を感じさせる石造りの建物が、ゆったりと並んでいる。


「小路まで全て石畳なのは良いですね」


 歩いて土埃の立つような道はどこにもない。


「ええ。まぁここまで整備しているのは西区だけですけどね。この辺は歴史ある商家の家が集まってます。例えばあっちの一際大きい家はブルフィド商会の邸宅です」


「ブルフィド、確か絹で有名なところですね」


「それです。まぁ、没収した家の屋敷を新興の商人が買い取ることもよくあるので、全部歴史あるって訳ではないのですけど」


 ブリュエットさんの解説を聞きつつ、並んでのんびりと歩いていく。天気は晴れ、空高くに白い雲がたなびく。


 やがて商店の集まる区域に辿り着く。一軒の店の前でブリュエットさんが立ち止まる。


「さて、ここです。入りましょう」


 入ると店内は広かった。入口に立っていた店員が「いらっしゃいませ」と深く頭を下げる。

 服が沢山並んでいた。新品の既製品がこんなに売っているとは驚きだ。フィーナの王都でもこんな店は知らない。


「当座の服をここで買いつつ、仕立ても頼んでしまうと良いと思います」


 ストラーンで沢山仕事をこなしたし、サンドワームの外殻とドラゴンの皮の分配金も貰ったので、金銭面は問題ない。


「そうします」


 奥から初老の男性が「いらっしゃいませ、何をお探しでしょうか」と言いながら近付いてくる。ブリュエットさんを見て、驚いた様子で、だが所作美しく礼をする。


「これはブリュエット様、お呼び頂ければすぐに参りますものを。お越し頂きありがとうございます」


「客人に王都を案内がてらなので。この方の服を買いに来ました。当座の服を既製品で、それとは別に仕立てて下さい」


 初老の男性は「承知致しました」と言って俺の方に向き直る。


「お初にお目にかかります。当店の店主をしておりますオーブリーでございます。服装からすると魔術師様でしょうか?」


 俺は「ええ、魔術師です」と答える。すると店主さんは「少々お待ち下さい、お持ちいたします」と言って服を見繕いに行く。


 待つ間、店内を眺める。ふと、一着のワンピースに目が止まった。乳白色で金糸で縁に模様が付けられている。ブリュエットさんに似合いそうだ。

 俺の視線に気付いたブリュエットさんがそのワンピースに近付きじっと見る。


「ドグラスさん、この服気になるのですか?」


「いや、ブリュエットさんに似合いそうだなと」


 上手い誤魔化しが思い付かず、素直に答えてしまった。少し恥ずかしい。

 ブリュエットさんが目をパチクリしてから嬉しそうに笑い「買います!」と声を上げた。


 戻ってきた店主さんに「この服買います」と早速声をかけるブリュエットさん。


「はい。かしこまりました。それで魔術師様の服ですが、こちらはどうでしょうか」


 店主さんの差し出すローブは乳白色の絹布に金糸で縁に模様が付けられたもの。形は違うが、先程ブリュエットさんが購入宣言をした服とそっくりなデザインだ。同じ人の作品なのであろう。


 これは……


「お揃いですね。買いましょ、きっと似合います」


 楽しそうにブリュエットさんが言う。凄い偶然だが、ブリュエットさんの笑顔を前に別の服にするとは言い難い。


 俺は「では、それを頂きます」と答えた。

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