第35話 王都へ
ヴェステル王国の王都オルシャは湖畔の都市だ。巨大なジスナ湖に抱かれるように築かれており、陸路では東側からしか入れない。湖側には1重だが、東の陸側には3重の城壁があるのが特徴だ。
俺達はストラーンを離れ、この都市へやってきた。
理由はシンプル、ストラーンの冒険者ギルドに適した依頼がなくなったのだ。
高難易度の依頼はそう多くはない。俺達はストラーン冒険者ギルドに溜まっていた困難案件を一掃してしまった。
だからといって、簡単な案件に手を出すと他の冒険者の仕事を奪ってしまう。
レティルさんが言うには、王都の冒険者ギルドはストラーンより規模が大きく、他の地域で対処できない案件も送られてくるらしい。
ストラーンに愛着はあるが、無理に居る必要もない。皆で相談した結果、移動することになった。
移動手段は馬車だ。エリーサ様達もブリュエットさんも、それぞれ馬車を持っていたので、そのまま2台の馬車で移動することにした。出発して5日でトラブルなく辿り着いた。
2台の馬車は城壁の門を抜ける。ちなみに俺はブリュエットさんの馬車に乗っている。
石畳の目抜き通りが真っ直ぐ伸び、両側には4階建ての白い建物が並んでいる。
この都市に来たのは10年ぶり、本当に綺麗な都市だ。フィーナの王都シャンタも美しいが、正直ここには負けると思う。
俺達はこのまま貴族街へ向かう。アルトー邸に滞在するためだ。
当然のように、王都オルシャにはアルトー伯爵邸がある。ブリュエットさんから王都に行くなら拠点にしてはどうかと提案された。
たぶん本音は『エリーサ・ルドランは自分の管理する場所に置いておきたい』だろう。王都の宿に泊まって好きにふらふらされたら面倒である。固辞したら困らせるだけなので、言葉に甘える事にした。
ちなみに、現在アルトー家の人間はブリュエットさん以外は全員領地のアルトー本邸にいるらしい。
貴族街は都市の西側にある。そのため城壁を抜けた後、オルシャをほぼ横断する形になる。少し時間がかかるが、のんびりと街並みを眺めていると楽しい。
お母さんと一緒に買い物をしているらしき子供がいた。何か気になるものがあったようで、急に走り出す。そして、転んで泣いた。平和だ。
2つ目の門を潜り、3つ目を潜り、小川に架かる立派な橋を渡ると貴族街だ。その名の通り貴族の邸宅が建ち並ぶ。
「見えてきました。黒い屋根の建物がアルトー邸です」
ブリュエットさんが指差すのは、白い壁と石葺屋根の美しい邸宅だ。
カッセル家もフィーナ王国の王都に屋敷は持っているが、防御力重視の砦を小さくしたような代物だ。雲泥の差とはこのことか。
「屋敷にいる使用人はメイドやコック諸々合わせて15人です。その他に警備兵5人と文官7人がいます」
近付くと門番らしき人が「お帰りなさいませブリュエットお嬢様」と言って門を開けてくれる。馬車を敷地内に入れ、降りる。
エリーサ様達も馬車を降りる。
「さ、入って下さい。歓迎します」
ブリュエットさんに促され、屋敷の中に入る。広く天井の高いエントランスには臙脂色の絨毯が敷かれている。
馬車の接近に気付いて準備したのだろう使用人が綺麗に並び、一斉に礼をする。
「さて、この後私は一度王城に挨拶に行きます。皆様は部屋でゆっくりしていて下さい」
「分かりました。ブリュエットさん、ありがとうございます」
言ってエリーサ様が頭をペコリ。俺とソニアさんとトリスタも「お世話になります」と頭を下げる。
「お部屋の準備が出来ております。ご案内します」
メイドらしき女性が奥を手のひらで指す。案内に従い、屋敷の中を進む。
しかし、内装もカッセル邸とは大違いだ。アルトー邸のセンスが良いのもあるが、何せ
でも、カッセル邸は火事には本当に強いのだ。
案内されたのは程よい広さの部屋だった。ベッド一つに机一つ、ローテーブルにソファ、大きなタンスもある。装飾は控えめだが、壁には湖の描かれた風景画が飾られている。
さて、ゴロゴロするか。揺れる馬車に乗っているのは地味に疲れるのだ。
◇◇ ◆ ◇◇
ブリュエット・アルトーはドミーを伴い城の廊下を進む。
進む先には重厚な扉、両側に2人づつ衛兵が控えている。
ブリュエットが近づくと、衛兵達は一礼し扉を開ける。
そのまま中に一歩入り、声を上げる。
「ブリュエット・アルトーご報告に上がりました」
「お疲れ様、入ってくれ」
奥から返ってくるのは落ち着いた雰囲気の男性の声、ヴェステル王国第一王子ユリアンだ。
ブリュエットがドグラスのスカウトに赴いたのは、元々はユリアンの指示である。
部屋の奥に進むと、ユリアンはテーブルについていた。「どうぞ」と言われ、ブリュエットはユリアンの対面の椅子に座る。ドミーはそっとブリュエットの後ろに控える。
「お忙しいと思いますので、簡潔に。ドグラス様に関しては書面で送付した通りです。で、どうせエリーサ王女のことは把握済みですよね?」
ブリュエットはドグラス・カッセルについては手紙で報告していたが、エリーサについては記載を避けていた。
「エリーサ・ルドランが入国していたことか? もちろん。ブラーウ家の連中から事前通告を受けている。カッセル家に唾吐いた馬鹿を潰すためとあれば、
予想通りの回答だ。少しほっとする。
「良かったです。一応念の為確認しておきたかったので。ドグラス様と共にアルトー邸に滞在して貰おうと思いますが、よろしいですか?」
「問題ない。ところで、ブラーウ家からエリーサは相当魔力が強いと聞いているが、実際どうだ?」
「化物です。魔術師としてはまだ未熟ですが、既に私では勝てません」
「ほう、そこまでか」
「はい。現時点で
ブリュエットの回答に、ユリアンが流石に驚きの表情を浮かべる。
「それは凄いな……まぁ、フィーナとは戦争をする予定もないし、魔族の事を考えれば強いのは良い事だ。仲良くやってくれ」
「はい。ではこれで失礼します」
ユリアン王子は将来を見据えて多くの仕事を王から任されている。なので本当に忙しい。時間を取らせるのは良くない。
「ああ。そうだ、パトリスがドクラスと君に頼みたいことがあるらしい。明日にでも話を聞いてやってくれ」
「承知しました。では」
ブリュエットは頭を下げ、部屋を後にした。
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