第34話 エリーサの魔術訓練
俺達6人はストラーンから身体強化をかけた馬で3時間程の場所にあるレグラ森沼にいた。その名の通り沼がそこかしこに点在する森だ。
先頭が俺で、次にブリュエットさん、その後はエリーサ様、ソニアさん、ドミーさん、
今日はギルドで受注した薬草採集に来た。大した依頼ではないが、ストラーンの冒険者ギルドにあった依頼のうち最高難易度がこれだった。
薬草の自生地周辺は少し強めのモンスターが出るので、標準的な戦闘力の銀等級パーティーは必要な任務ではある。しかし、このメンバーだとオーバーキルも甚だしい。
そんな状況なので、エリーサ様の魔術訓練に主眼を置いていた。
今、エリーサ様の周辺には5つの光球が浮かんでいる。これはただの照明だ。まだ昼間で明るいので全く必要性はない。小さな光を制御し、維持したまま歩き回る訓練である。レブロの魔術師も良くやる。
「5つ維持、もう問題なしか……凄いな」
素直に関心する。初心者は地味に苦労するのだが。
「同感です。超大な魔力量に加えてセンスも素晴らしいです」
答えるのはブリュエットさんだ。
ブリュエットさんもエリーサ様の魔術教育を補助してくれていた。最初は俺が"仕方ないなあ"ぐらいで始めた魔術の訓練だが、打てば響く人材を教えるのはやりがいがある。今では2人でノリノリで進めている。
「しかし、もっと早く
凄まじい才能があるだけに、残念ではあった。まぁ、まだ年齢的に遅くはないから頑張ろう。
「あんなの使えても、使い道ないですけどね」
言ってブリュエットさんが笑う。
『喰イ裁ク空』はかつて大聖女フィーナが魔王軍主力を磨り潰した大魔術だ。術者を中心に半径数キロの攻撃領域を展開する。そこに入った敵を天からの雷撃で殲滅し、倒した敵の魔力を吸収して攻撃領域を維持する。途轍もない魔術だが、発動に半日かかり、発動したら移動が出来ないため使い勝手は極めて悪い。記録では大聖女フィーナも使ったのは生涯で一度きりである。
そんなこんな雑談もしながら森を進み、俺達は目的の薬草を発見した。沼のほとりに派手な赤い花が咲いている。
そして――大きな水音と共に、巨大なモンスターが姿を現した。この依頼を難関任務にしている元凶『ボグワーム』である。見た目を端的に説明すると、8体の巨大ミミズが融合した感じだ。攻撃手段としては8つの頭部から泥水を高速で射出してくる。
俺は傘代わりに防御魔術を構築し、6人全員をガードする。射出される泥水は十分に人間を殺せる威力だが、防御を破れるようなものではない。
「さて、エリーサ様。このモンスターはどのような魔術で倒すのが良いと思われますか?」
スバジャアァァ と泥水が防壁を叩く中、エリーサ様は「う~ん」と悩む。この程度の化物ミミズを倒す手段は山ほどあるので、悩むのも無理はない。
「エリーサ様ならば、どの属性の攻撃魔術であれ確殺ですが、一番小さな魔力で仕留める手段を考えてみて下さい」
「火は効きそうだけど、火事になりそうだね」
「はい。その通りです。周辺の木々も可燃物ですし、何よりーー」
俺は数歩歩いてからしゃがみ、左手で地面のドロを持ち上げる。小規模な火炎を構築し、掬ったドロに火を付ける。
少ししてから、泥は燃え始める。
「ほへっ、土って燃えるの?」
エリーサが驚きの声を出す。
「いえ、一般的には燃えませんが、これは泥炭と言って燃えます」
「と言うことは、ここでこの前みたいな火炎弾を使うと大変なことに」
うんうん、頭も最低限は回っている。俺は「正解です」とエリーサ様を褒めた。
「何が良いかなぁ……生き物っぽいモンスターだから雷撃とか?」
おお、やはり、本質的に知能が低いわけではない。
「概ね正解です。雷撃は金属鎧を纏った魔族や、金属外殻を持つモンスターにも有効な場合が多く、第一選択肢の一つです。また殺しきれなかった場合にも、痺れによる行動不能が期待できます。ただ雷撃にも火事の危険性は十分あります。特に先程見せたように、この辺には泥炭も多い。威力は控えめにし、周辺に拡散しないよう繊細に制御する必要があります。モンスターの体内で電撃をグルグル回すイメージです。やってみて下さい。大丈夫です。失敗して燃えたとしてもすぐに消火しますので」
「うん。頑張る!」
今日も今日とて元気な声で返事をし、魔術の構築を始めるエリーサ。
そして、雷撃弾が放たれる。きちんと規模を調整した一撃だ。まだ少しオーバーキルな威力だが、十分許容範囲である。雷撃弾はボグワームに直撃し、巨体が痙攣する。何度か苦しみに身をくねらせ、倒れる。ボグワームからはプスプスと湯気が立ち上がっている。仕留めた。
ちょっとだけ、辺りの枝などが燃えているが、すぐさまブリュエットさんが凍結魔術で消火する。
「エリーサ様、十分成功の範囲です。お見事です」
「えへ、良かった。今日も授業ありがとうございます」
エリーサ様がペコリと頭を下げる。魔術の訓練は順調に進んでいた。
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