第31話 総攻撃③

「その、仰る通りラミエ伯のところにおりましたので、お連れいたしました」


 文官に連れられ、3人の女性が入室してくる。全員40代半ば程の年齢の淑女だ。戸惑い、緊張した様子で、所在なさげに立っている。


「あの、一体どういう事でしょうか……」


「ご足労いただき申し訳ない。貴殿ら3名について、私の所に告発があった」


 ホバート侯は明確な敵意を込めた目で、順に3人を順に見る。大貴族に睨まれ、一様に怯えた顔をする。


「貴殿らはエリーサ王女殿下の教育を担当し、それに対して俸給を受け取りながら、怠慢により職責を果たさなかったという内容だ」


 今までの明らかに毛色の違う内容に、傍聴人らにさざ波のように動揺が広がる。


「その告発の出所はどこですかな?」


 ヘルマンが問う、努めて平静を装っているが、瞳は揺らいでいる。


「告発者はゴドヴィラ伯爵です。エリーサ王女殿下は異様に物を知らず、その原因は家庭教師の怠慢にあるという内容です。……さて、ホバート侯爵パスカル・ホバートはこの告発について一定の信憑性を有するものと判断する。よって本件について処罰の是非、及びその内容を枢密会議の審議にかけさせて頂く」


 ホバート侯は裁判の開始を宣言する。


 まずはゴドヴィラ伯爵の告発内容を読み上げる。


 ゴドヴィラ伯がエリーサと謁見した時、教育を受けた者なら当然知っているべき法制度や用語について知らなかった。疑問に思い、教育の状況についてエリーサに直接尋ねたところ、マリカ・スティアノ教師にはいつも歌を教えて貰っているとのことであった。同氏は本来フィーナ王国の法制度についてを担当している筈であり、重大な怠慢があったことが強く疑われる。また歴史、経済についても同様に知識を有さず、これらを担当したディアヌ・ドラムル及びナッサロ・トロネラについても怠慢が認められる。


 それが告発の内容であった。


「また、ゴドヴィラ伯は推測に過ぎないとしながらも、内容的に単なる怠慢とは断じ難く、将来において王権の適切な行使を妨げる目的で、意図的に王家次世代の教育を阻害したものではないか、とも申しております。本件調書の読み上げを行っておりますが、直接質疑が必要であれば、告発者であるゴドヴィラ伯爵サントアス・ラムガルは別室に待機しており、すぐに応じられる旨、申し添える」


 ホバート侯に続き、ホバート派枢密委員であるバララット伯が発言を行う。


「本件について、私、バララット伯爵、ギョーム・バララットも証言させて頂く。私も先日王女殿下に謁見しております。ゴドヴィラ伯と同様に教育状況について強い懸念を抱きました。国防体制についてほぼ知識を有して居ませんでした」


「最初に司法官殿に意見を頂きたい、怠慢が事実であった場合、どのような処分が考えられるか」


 ホバート侯の問いに、司法官は暫く考えた後答える。


「難しいところですが、明瞭な職務不誠実であれば、罷免は当然です。本件であれば職務の重要性に鑑み3ヵ月程度の禁錮刑、加えて俸給の返還命令といったところでしょうか」


「では、被告らに問う。貴殿らはこの告発に対し、認否いずれか。まずは、マリカ・スティアノ女史より回答を願う」


「は、はい。私に教師として至らぬ点があったならば、猛省する次第ではございますが、故意に怠慢行為を行ったことはございません。歌については……法制度の講義は聞く側もそればかりでは集中が続きませんので、気分転換にと時折そのような、その歌の練習をしたことはございます。しかし、あくまで誠実に職務にあたる上でのことです」


 ホバート侯は同様の問いを他の2名にも行う。帰ってきた回答はほぼ同じ、教育の成果が不十分な事への謝罪と故意の怠慢の否定だ。


「ホバート侯、確かにエリーサ様の教育は重要ではある。しかし、処罰を求めるにはいささか、根拠が主観に頼り過ぎでは?」


 大臣派の枢密委員が疑問を呈する。それに対し、ホバート侯は小さく笑った。

 そして、フランティス・デベルが口を開く。


「確かに。ホバート侯、意見させて頂く。本件について真実を明らかにするには、畏れ多いことではあるが、エリーサ王女殿下にご証言を頂くことが必要であろう。現状それが出来ない。今日この会議において結論を出すことには反対だ」


「ふむ。デベル伯のご意見はごもっとも。勇み足でありましたこと、謝罪申し上げる」


 ホバート侯が軽くではあるが、頭を下げる。


「ゴドヴィラ伯の告発については、後日継続とさせて頂きたい。賛成の委員は起立を願う」


 大臣派としても、これには反対し難い。15人全員が起立する。

 満場一致での先送りに、少し場の空気が和らぐ。


 だが、そこでバララット伯が口を開いた。


「司法官殿、そう言えば先程は『怠慢だった場合』の処罰について見解を頂いたが……意図的かつ組織的な教育の阻害だった場合はどうなる?」


 司法官は眉間に皺を寄せ、悩む素振り。部屋には静寂が落ちる。


「前例がございませんので、ここでは私見と前置きさせて頂きます。その場合は王権への挑戦行為、国家反逆罪に該当すると思われます。直接関与者の処刑は当然、族滅も視野に入るかと」


 被告3名の顔が真っ青になる。


 それを見た傍聴人らは真実を悟る。部屋の空気が明らかに変わった。


 大臣派が汚職をしている事など驚く事ではない。汚職のない国の方が例外だし、節度を保った上であれば正当な役得と見る向きさえある。


 が、第一王位継承権者を馬鹿に育てるなど、国の存亡にも関わる。臣としてあり得ない行為である。フィーナ王国では貴族も民も、大聖女フィーナの直系を戴くことを誇りとし、王家への忠誠心が厚い。


 全てホバート侯らの計画通りに、枢密会議は終わった。

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