第30話 総攻撃②

 司法官の参加を要求、つまりは貴族を処罰するための裁判を行うという宣言だ。


「となれば、被告も呼ぶ必要があるが?」


 ホバートの宣言にウジェーヌ侯が返す。被告本人に弁明の機会を与えずに判決を下すことは禁じられている。


「承知している。タルヴォ財務次官の出廷を求める」


 タルヴォはヘルマンが要職に引き上げたゴリゴリの大臣派貴族だ。

 大臣ヘルマン・ブラッケはホバート派の意図を概ね理解する。行政機構に地位を有する大臣派貴族の犯罪を、国内有力者の面前で裁く。

 これにより大臣派の権力を削ると共に、評判を落とす作戦だろう。


 ヘルマンは奥歯を噛みしめた。


 ホバート派は国王への奏上で大臣職の罷免を狙っているのだと思い込んでいた。病状が深刻な国王への奏上は不確実な手段だが、筋は通っている。ホバート派はそういう理屈の通った行動を好んできた。

 しかし、彼らは直接的で露骨な攻撃を仕掛けている。これまでのホバート派とは動き方が違う。


 タルヴォは重要な人材だ。守りたいが、難しいだろう。

 癪だが、ホバート侯は優秀だ。タルヴォを仕留められる十分な証拠を揃えている筈だ。


「事前調整もなしに無茶を言うな! 今からなど不可能だ!」


 大臣派の委員が反対の声を上げる。


「はて? 財務次官は王宮内に居る筈だ。執務室から歩いてくるだけだぞ。法には事前調整が必要などと定められてはいない」


「しかし、常識的に!」


 ヘルマンは静かに考えを巡らす。そこを争うのは無駄だ。今考えるべきはダメージコントロールだ。


 タルヴォ以外にも財務部門に大臣子飼いの人員は居る。

 今回不正の証拠を掴まれたのかは不明だが、上手く誘導して大臣派の組織的犯行ではなく、個人的な犯罪として処理させれば被害は小さい。


「ふむ、確かにタルヴォ次官は執務室に居る筈だ。パウツ司法官とタルヴォ次官をお呼びしろ」


 ヘルマンは文官に命じる。しかし文官からは「あの、それが」と戸惑いを含んだ声が返ってくる。


「どうした?」


「タルヴォ次官は良いのですが、確かパウツ司法官はご病気で療養中の筈です」


 ヘルマンは奥歯を噛みしめる。パウツは事実上の大臣派だ。彼を呼べれば有利だった。


「分かった。他の司法官を連れて来るように」


 パウツ以外にも司法官は何人も居る。パウツが居ないなら、他の司法官を呼ぶしかない。


「円滑な進行へのご協力感謝する。そして1人ずつ呼ぶのも時間の無駄だ、ロルフ監査官とルベルト捜査院参事も呼んでおいて頂きたい。どちらも王宮内に居る筈です」


 言って、ホバート侯が小さく笑う。


 ヘルマンはまたも、一瞬意味が理解できない。

 言葉を反芻し、理解し、青ざめた。



◇◇ ◆ ◇◇ 



「以上が証拠となる。石工ギルド長は待機させている。証言調書に疑義があれば直接の証言もさせよう。さて、ルベルト参事は罪状を認めるか?」


 ホーバート侯は青い顔で立ち尽くすルベルト参事の目を真っ直ぐ見る。


 既にタルヴォ次官の横領、ロルフ監査官の収賄に有罪決議を勝ち取った。ルベルト参事の収賄及び不正捜査容疑についても、既に彼に言い逃れる術はない。


「容疑を……認めます」


 絞り出すように、ルベルト参事が言葉を発する。証拠は完璧、否認を続けても罪が重くなるだけだ、こうなれば認めるしかない。


「司法官、量刑についての意見を」


「はい。過去の事例からすると、禁錮1年から1年6ヵ月程度に相当するかと」


「承知した。罪を認めたことに鑑み、禁錮1年とする事を提案する。また規定により職務は罷免とする。賛成の者は起立を」


 大臣派を含む全員が立ち上がり、刑が確定する。

 これで大臣派の役人を3人排除した。全員禁錮刑だ。期間はそれぞれだが、いずれにせよ罷免され公職に就く権利を失った。


 大臣派は半ば司法を操っていたが、それは絶対の体制ではない。例えば国王の病状が一時的にでも回復すれば、大臣派の支配は揺らぐ。

 ホバート派はいずれチャンスが来るかもしれないと、以前から大臣派の不正や犯罪の証拠を集め続けていた。加えて、今回はブラーウ家からも全面的な協力が得られた。


 それらを武器に一部の大臣派と密約を結び、大臣派の中枢への攻撃材料を得た。



 今回ホバート派が大量の傍聴人を招き入れた狙いは3つあった。


 1つはレブロ辺境伯家の陪臣魔術師を会場に引き入れる事による威圧だ。

 大臣派の利権の網は武官にも伸びている。ホバート侯としても大臣がどこまで王宮の兵や国王軍を掌握しているのか、読み切れない部分があった。なので万が一にもヘルマンが早まらぬよう、バレント・カッセルに協力を要請した。ドグラス・カッセルが追放された直後、デベル家とブラーウ家から話が行ったらしく、現状レブロ辺境伯家からも全面的な協力が得られている。

 リリヤ・メルカと二コラ・メルカの両名が居る時点で王宮内の戦力においては反大臣側が圧倒している。また、フィーナ王国全体に視点を広げても、ホバート派・レブロ・デベルの連合ならば国王軍を正面から打ち破ることができる。もし大臣が病床の国王をそそのかし国王軍の全軍を動かしても、武力での勝利はない。その事実を突き付ければヘルマンから実力行使という選択肢は完全に消える。


 次に大臣派の所業を国内に知らしめ、その印象を悪化させること。この為に平民も含め各方面の人間を集めた。


 そして、3つ目がホバート派が正当な裁判手続きを取ったことの証人の確保だ。極めて強引な手法は使っているが、裁判自体は法に従い正当に行われている。枢密会議の過半数で結託し、裁判という名の私刑を行っている訳ではない。


 この中で最も重要なのは2番目の大臣派へのネガティブキャンペーンである。

 だがしかし、3人を有罪としても、大臣派の印象は大して変わっていない。そもそも大臣派が汚職ぐらい行っているのは、みな薄々は分かっているのだ、インパクトは薄い。


「さて、これでルベルト参事の裁判を終了とする。……続けて被告の召喚を要求する」


「な、何を言っている! いつまで会を続けるつもりだ!!」


 大臣派委員が叫ぶ。確かに、既に今回の枢密会議はあり得ないほど長引いている。途中休憩を挟みつつだが、ホバート侯自身も体力的に辛い。しかし、ここが勝負の分かれ目だ。


「枢密会議に時間制限はない筈だ。マリカ・スティアノ、ディアヌ・ドラムル、ナッサロ・トロネラ、この3人を。なに、今度は同一案件だから一度に審議する」


 ヘルマンの顔を見ると、理解不能といった顔をしていた。今名前を挙げた3人は王女エリーサ・ルドランの家庭教師達だ。


「ホバート侯、失礼ながら今名前の上がった方々は王宮内にいるかは不明です。むしろ自宅にいる可能性が高いかと……」


 文官の一人がおずおずと口を開く。前の3人は王宮内で働く行政の幹部だ。基本的に王宮内に居る。しかし、家庭教師達3人は王宮に居るか微妙だ。文官の言うことは正しい。


「もっともだな。しかし、今は居る筈だ。ラミエ伯の執務室にな」


 そう言われた文官は「分かりました訪ねてみます」と言ってそそくさと出ていった。

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