第29話 総攻撃①

 フィーナ王国大臣、ヘルマン・ブラッケは疲弊しきっていた。


 見つからないのだ。エリーサが。


 入ってきた情報と言えば、西部の農村に金髪の美しい少女がふらりと現れ病人を癒して去ったという話ぐらい。藁にも縋る思いで人員を差し向けたが、『髪色と背格好はエリーサに近い』という曖昧な報告が上がってきたのみ。少女の足取りは追えず、それ以上の進展はなかった。


 ホバート侯から突き付けられた1ヶ月という期限は目前に迫っていた。


 今日は枢密会議が開かれる。王への奏上の直前の日付を指定し、開催を求められていた。奏上内容についての最終調整を行うつもりだろう。

 本当は拒否したかったが、8人以上の枢密委員が求めた場合、枢密会議は招集されなければならない。止める権限は国王にすらない。ホバート派に加えウジェーヌ侯ら中立派も開催を求めており、拒絶は不可能だ。


 ヘルマンは部下の文官達に付き添われ、重い足取りで会場へ向かう。大理石で内装を仕上げた大広間が、妙に寒々しい場所に思える。一歩ごとに響く硬い足音が鬱陶うっとうしい。


 部屋の中央に置かれた楕円形の大テーブルに着席する。既にホバート派は揃っていた。大臣派と中立派の枢密委員がパラパラと入室し、15人全員が揃った。


「それでは、枢密会議を開催する」


 ヘルマンは威厳を損なわぬよう、低い声でゆっくりと宣言する。


 ホバート侯と目が合った。鋭い目だ。はっきりした敵意を感じる。


「本日の議題は国王陛下への奏上内容で良いかな?」


 肯定を想定したヘルマンの問いに、しかしホバート侯は予想外の言葉を返した。


「まず、傍聴希望者を入室させたい」


 ヘルマンは最初意味が分からなかった。ホバート侯の言葉を反芻はんすうし、ようやく理解する。

 枢密会議に参考人として有識者や討議事項の当事者を呼ぶ事は多々ある。しかし、傍聴人など入れた事はない。


「何を言っているのだ? 枢密会議に余計な人員を呼び込むなど、認められる訳がない。血迷ったかパスカル・ホバート?」


 ヘルマンは自信を持って断言する。しかし、ホバート侯の顔には余裕の笑み。

 

 次に口を開いたのは中立派のデベル家当主、フランティス・デベルだった。


「大臣ヘルマン・ブラッケ殿、法には枢密会議は公開とも非公開とも、定めがありません。枢密会議の運営について法に定めのない事柄は、議決により会ごとに決すると定められているはず」


 フランティスの言葉に間違いはない。確かにそういう法律だ。委員過半数の同意があれば、傍聴人を入れる事は可能となる。


「では、ホバート侯爵パスカル・ホバートが発議する。傍聴希望者の入室を認めることについて、賛成の者は起立を」


 ホバート派と中立派の委員が起立し、賛成10人、過半数の賛成により議決が成立する。


「賛成多数により、本会においては傍聴を認めることとしたい。扉を開けよ」


巫山戯ふざけるな! このような茶番が認められるかっ! 扉を開けるな!」


 ヘルマンは入口の衛兵に命じる。一体誰を呼ぶつもりなのか、見当も付かないが、ホバート派にとって必要な人物であることは間違いない。


「貴殿、法を無視するおつもりか?」


 冷たい声が響いた。発したのはフランティス・デベルだ。


 ヘルマンはゾクリと身を震わせる。


 フランティスは強い。娘のトリスタと比べれば下だが、剣の名門デベルの当主だ。今は帯剣していないが、素手でも並の兵士では歯が立たない。

 言外に"実力行使なら望むところだ"という意志が示されていた。


「……分かった。傍聴人をお招きしろ」


 ヘルマンは退かざるを得ない。戦えば相手の思うつぼだ。


 しかし、傍聴人とは一体何なのか、ホバート派の狙いが全く分からない。当然ながら、傍聴人となれば討議にも議決にも参加は出来ない。


 扉が開け放たれ、人が入って来る。そこでまたヘルマンは驚愕する。


 多い。


 ぞろぞろと人が入ってくる。多くはホバート派と中立派の貴族だが、大商会の会長など平民の有力者も居る。


 これだけの人間を集めるのは、簡単に準備できる事ではない。

 通常ならば、大臣派の情報網で事前に察知できただろう。しかし大臣派はその意識の全てをエリーサ捜索に充てていた。

 ある種の奇襲攻撃を受けている事をヘルマンは悟った。


 そして、見過ごせない人物が傍聴人として入室してきた。

 レブロ辺境伯バレント・カッセルだ。

 カッセル家は名家だが、枢密委員ではない。ホバート派は枢密委員以外の国内有力者を傍聴人として掻き集めているようなので、居てもおかしくはない。


 だが、ヘルマンは冷や汗が背中を流れていくのを感じた。


 バレント・カッセル自体は構わない。問題はその隣に侍る従者2名だ。

 一人は若い女性で、一人は中年の男性、魔術師リリヤ・メルカと魔術師ニコラ・メルカだ。カッセル家の陪臣魔術師の中で最強の2人である。


 武力という観点で、大臣派は更に劣勢に立たされた。もし仮に王宮の衛兵全てが大臣の命令に従ったとしても、勝てない。実力による対処は完全に封じられた。


 傍聴人の入室が終わり、扉が閉められる。傍聴人は部屋の壁沿いに並ぶ。全部で40人は超えていそうだ。


 ホバート侯が再び口を開く。


「次いで、司法官の参加を要求する」

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