第27話 ネタばらし
俺は宿の自室にいた。
超火力の火炎弾が森を焼きかけた後、エリーサ様への説教タイムを挟んでモンスター駆除を再開した。
そこから先は何の問題もなく作業は終わり、ギルドに報告して依頼完了となった。
色々と問い詰めたいところだったが、それは急ぐ必要もない。
火炎弾で焦ったせいか、何だか妙に疲れたので宿に戻って休むことにした。
夕食も終え、既に夜も遅い。
ベッドでゴロゴロしてると不意にドアがノックされた。「はーい」と返事をし、部屋の入口へ歩いて扉を開ける。
ソニアさんとトリスタがいた。手には酒瓶を持っている。
「ドグラス、少し時間いい? 色々と話しておきたい」
「構わないが、エリーサ様はどうしたんだ?」
俺の質問にソニアさんが答える。
「寝ました。エリーサ様の居ない所で話をしたいのです」
断る理由はない。こっちも色々疑問は多い。
「その話、出来れば私も聞かせて下さい」
俺が了承し2人を招き入れようとすると、ブリュエットさんの声がした。
偶然同じタイミングで俺の部屋に来たのだろう、ブリュエットさんも酒瓶の入ったカゴを持っている。
「ブリュエット殿……そうですね。機密ではありますが、貴方に知られる分に不利益はありません」
ソニアさんが答える。何だか口調と雰囲気が今までと違う。
「なら俺の部屋の応接室で良いか? あとドミーさんは?」
「ドミーは寝ました」
ただ一人の従者が主人より先に寝るのは、なかなか珍しい。
でも、家臣が主人に気負わない家は良い家だと、父が言っていた。アルトー家は良い家だ。
そんな流れで、今まで持て余していた応接室で酒を片手に会合となった。
ソニアさんが部屋に備付けられた食器棚からグラスを出し、手早く葡萄酒を注ぐ。
4人分注ぎ終え、ソニアさんは「ではひとまず乾杯」とグラスを目線の高さに持ち上げる。
俺もグラスを軽く持ち上げ、一口飲む。良い葡萄酒だ。心地よい酸味の後に、果実の甘い風味が残る。
「さて、何から話すべきか悩ましいですが、まずは自己紹介を致します」
今更、自己紹介?
ソニアさんはサイリド家の三女で、その優秀さからエリーサ様の侍女に抜擢された人物だった筈だが……ああ、なるほど。
割と鈍臭い俺も彼女がこれから名乗る家名に想像が付いた。
フィーナ王国には特別な役割を担う貴族家が3つある。『王都守護、剣のデベル』『北の盾、魔術のカッセル』そして――
「私、クラリス・
『聖女の左眼、諜報のブラーウ』だ。
フィーナ王国の前身ルドラン王国時代からの忠臣で、諜報活動を担う特別な一族である。
「なるほど。ブラーウ家の方でしたか」
表に出る役割を担う数人を除き、ブラーウ家が家名を名乗るのはそれだけで重い。俺は少し姿勢を正す。
「はい。ソニア・サイリドは確かにサイリド男爵家の三女ですが、本物の彼女は……」
ソニアさんが、遠くを見るような目をする。
身分を乗っ取るために消され、今は冷たい土の下、という事だろうか?
恐ろしい。
「……行商人の息子と身分違いの恋に落ち、駆け落ちしました。ブラーウ家に協力する代価に得た資金で、スコーネ連合国に小さなお店を開いて暮らしています。先日二人目が生まれたそうです」
幸せそうで、何よりだった。
「ブラーウ家か……。それで、まず今日のアレは何ですか?」
ブリュエットさんが問う。火炎弾の事だ。あの火力、『統合魔術』でレブロ魔術師隊精鋭の魔力を束ねた一撃に匹敵した。
「あの場で申し上げた通りです。エリーサ様の魔力は異常です。大聖女フィーナの再来と言っても良いレベルです」
一瞬で構築した火炎弾がアレだ。確かにフィーナ級の化物だろう。
「魔術に関する教育と訓練は受けてないのか? 迂闊過ぎる」
あれは危な過ぎる。
「受けていません。大臣の配下にエリーサ様に教えられるような魔術師はいなかったので」
「いや、大臣配下に居なくたって連れて来れば良いだろう。レブロだって要請されればすぐに出すぞ」
その話が本当なら、エリーサ様は構築魔術をセンスだけで使った事になる。確かにそんな化物に教えるなら、最低でも構築魔術をマスターした人間が必要だ。
「大臣は自分に忠実な人間しか家庭教師にはしません」
「何故そこまで……」
王女の周りを自派閥で固めたいというのは分かるが、必要な人材が居ないのだ。家庭教師のうち一人ぐらい他から連れてくれば良いだろう。
「ドグラス、気づかないの? 魔術だけじゃない。姫様は歴史、経済、法律、軍事、何も理解していない。まともな教育なんて受けてない」
トリスタが少し棘のある声で言う。
「馬鹿な……」
現王の唯一の子で第一王位継承権者だ。選りすぐりの家庭教師がチーム体制で教育している筈だ。
つまり、まさか……
「そうだよ。傀儡にするなら馬鹿の方が良いと大臣は全ての家庭教師を配下で固めて教育を受けさせなかった。まぁ政務上の判断に使わない部分は普通に教えたからマナーとかダンスとかはバッチリだし、歌なんてプロ級だけど」
「ちょっと今から大臣消して来ようか?」
あのタヌキ、そこまでやるか? それをやるか? 流石に頭に来る。エリーサ様が可哀想だし、国へのダメージでか過ぎる。
単騎で突撃しても、俺ならあのタヌキぐらいなら消せるだろう。
「馬鹿言わないの。それで良いならとっくに私が斬首してるって。
「そうです。少なくとも表面上は合法的に大臣を排除したい。暗殺に頼ると後々に響きます。その為に苦労して侍女に入り込んだのですから。私は忠実な大臣派のフリして、トリスタは馬鹿のフリして」
なるほど。何故か近年他家からトリスタが剣技だけの脳筋扱いされているなーとは思っていたが、演技してたのか。
「という事はブラーウとデベルは大臣排除の方向で動いていると?」
「はい。ブラーウは貴族の派閥争いには不干渉を貫いてきましたが、エリーサ様の教育への妨害で方針を変えました。今頃王都ではホバート派が大臣派に切り崩しをかけている筈です。カッセル家にも話は通そうと思ったのですが……」
ソニアさんはトリスタに視線を送る。
「うちのお婆様が『ドクちゃんは顔に出るからなー止めとき』って言ってね」
トリスタの祖母は俺にとっては大叔母に当たる。確かに俺はポーカーフェイスとは程遠い。否定はできない。
ふむ。そこまでは理解できた。
「エリーサ様がここに居るのは、大臣から切り離すため?」
「そうです。少し誘導したら『ドグラスさん連れ戻しに行く!』と乗り気になってくれたので。王都ではエリーサ様が行方不明だと大騒ぎです。ふふっ、我ながら良い仕事でした。目撃者ゼロ、痕跡ゼロ。あのタヌキ青い顔して探してますよ」
ソニアさん、良い笑顔だ。そして、やっぱり皆大臣の事はタヌキって言うな。
「という事で現在、絶賛エリーサ様を再教育中です。大臣とその派閥が悪質であることを理解した上で帰国して貰い、その頃にはホバート侯が大臣派を瓦解させている、という流れが理想です」
再教育、何故かわからないが、不吉な響きの言葉だ。
「なかなか悲惨ですね、フィーナも……」
ブリュエットさんの声には
王女エリーサが突然現れた理由は分かった。後は……
「なぁ、俺って何で追放されたの?」
俺の問に、トリスタが両手のひらを上に向け、ため息を付く。やれやれ、みたいなジェスチャーだ。
「やっぱり予想も付いてなかったか。少し考えれば当たりは付くと思うけど……」
なんか、トリスタの俺の扱いが酷い……。
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