第26話 森で火炎弾
グリモルの森を進む。
安全を回復するため、部屋の床掃除をするようなイメージで、森全体を巡回する必要がある。
簡単ではあるが、それなりに時間はかかる想定だった。トリスタが居なければ。
「あっちに一体いるよ」
トリスタが北北西の方向を指差す。
「了解、行こうか」
スタスタと歩いていく。やがて視界に紫色のサソリ系モンスターが現れる。かけ出しの冒険者なら、10回戦って9回殺される程度の敵だ。
「こんなのも居たのか、シルバリーウルフだけじゃないんだなぁ」
感想を述べつつ、魔力槍を構築し放つ。魔力槍は外殻を落葉のように貫き、体に大穴を穿つ。モンスターはそのまま何回か
「トリスタさん、凄いですね。気配の察知範囲が私より広い人初めて見ました」
感心した声を上げるのはドミーさんだ。確かに彼女もその手の感覚は鋭そうである。
「これなら半日で終わりそうですね……」
ブリュエットさんの声に俺は「そのぐらいでしょうね」と返す。
作業の内容は本質的に変わらないのだが、索敵範囲が広がったので巡回で移動する総距離は大きく減った。
小さな手ぬぐいで床を掃除するのと、巨大なモップで掃除するのとの違いだ。
今日はとても天気が良い。森の中なので空は殆ど見えないが、時折きらめく木漏れ日が綺麗だ。
散歩気分でのんびり歩く。
「あ、あっちにいる」
トリスタが次を見付けた。また皆でトリスタの指差す方向へ歩く。
少し開けた広場のような場所にシルバリーウルフが3体居た。本命の討伐対象だ。
どう倒すかな? 毛皮はそこそこの値がつくよな、と考えていると
「よし! 私が頑張る!」
と突然エリーサ様の声が響いた。
同時に魔力が唸った。
世界が歪んだのではないかと錯覚する程の膨大な力だ。
反射的に視線を向けると、エリーサ様の手にした至天杖が輝いている。
至天杖の先端には火炎弾と思しきオレンジ色の光球があった。
ソニアが「駄目ぇ!」と叫ぶ、が間に合わない。
俺とブリュエットさん、ドミーさんは同じ反応をした。
全力で魔力防壁の構築を開始
至天杖から光球が放たれる。まっすぐにシルバリーウルフに向かって飛んでいく。
着弾の瞬間に、ギリギリ防壁が間に合った。立方体状の魔力防壁が、光球ごとシルバリーウルフを閉じ込める形で生み出される。
その僅か外側にブリュエットさんとドミーさんの防壁も構成される。
3重の防壁が完成した。
光球が着弾し、炎が巻き起こった。防壁を圧倒的な熱量が炙る。すぐに防壁は揺らぎ、砕ける。
次にブリュエットさんの防壁が炎に曝される。一瞬耐えて、砕ける。
ドミーさんの防壁はほんの少し長く耐えた。そして、砕ける直前にもう一つ防壁が作られる。ソニアさんだ。
ソニアさんの防壁も炎に削られ、消える。
炎は開放され、周囲に炎熱の嵐が吹き荒れた。辺りの木々に引火し、燃え始める。
「消火!!!」
俺は叫んで、氷結魔術を構築し放つ。ブリュエットさん、ドミーさん、ソニアさんも氷結魔術で火を消す。
トリスタも動いた。延焼を防ぐため、周囲の木を次々に斬り倒す。
「ふぇ? ふぇ? あれ、どうしよう」
戸惑いの声を上げるエリーサ様に、ソニアが「何もしないで!」と叫ぶ。
10発目の氷結魔術を放ったあたりで火が収まった。大規模森林火災は免れたようだ。
打ち合わせなしで、全員が的確に動いた結果だ。見事なチームワークだと思う。
特に最初の4重の防壁が威力の大半を削っていた。あれがなければ大惨事だった。
今の火炎弾は都市の街区を一つ焼き尽くす威力だった。哀れシルバリーウルフは死体すら残っていない。
「な、何? 今の」
ブリュエットさんが気が抜けたようで、地面にへたり込む。
「エリーサ様は魔力が馬鹿みたいに強いんです。エリーサ様、攻撃魔術は無闇に使っちゃ駄目って言ってるじゃないですか……」
ソニアの苦言にエリーサ様は
「とっても、ごめんなさい!」
と大きな声で謝った。
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