第24話 傀儡王女は追いついた
ドミーさんの謎のプレゼンの結果、彼女には大きなたんこぶが出来たが、それはそれとして夕食だ。
宿の食堂……と言っても料理は高級店のそれ。ストラーンは海からは離れているのに鮮度の良いタラが出てきた。流石は高級宿である。
「ごちそうさまでした。美味しいですね」
俺は素直に感想を述べる。
「ええ、美味しかったですね。あ、このままお酒も飲みます?」
うーん、お酒か。飲みたい気もするが明日もモンスター駆除だ。シルバリーウルフ程度なら楽勝ではあるが、森の中で索敵することを考えると控えるべきか……。
「あ、ドグラス居た!」
返答を考えていると、不意に大きな声がした。聞き覚えのある声だ。いや、でもストラーンに居るはずがない。
困惑しつつ、声の方を向くと、知った顔があった。黒髪に黒い目、整った顔立ち、どう見てもトリスタ・デベルだ。少し遠いが血縁者であり、俺の
「トリスタ? どうしてここに」
彼女はエリーサ王女の護衛をしていた筈だ。一体なぜ。
しかし、トリスタは俺の問いには答えずに「ちょっと待ってて!」と言って物凄い勢いで走って行ってしまった。
「あの、今のは?」
ブリュエットさんが戸惑い気味の声を出す。
「えーと、トリスタ・デベルです。俺の
「トリスタ・デベルですか!? あのトリスタ!?」
驚きの声を上げるブリュエットさん。無理もない。
「ええ、たぶんそのトリスタです。デベル家の黒雷です」
剣のデベル、歴代最強トリスタ・デベル。恐らくはフィーナ王国最強の剣士だ。正面から戦えば俺にも勝ち目はない。11歳でブルードラゴンの首を斬り落とした化物である。うん、あの時は驚いた。
と、視界の先に再びトリスタが現れた。トリスタの他にも2人、人がいる。
……エリーサ様と侍女ソニアに見えるんだけど、気のせいかな?
いや、トリスタと一緒なんだから気のせいじゃないよな。
意味が分からない。夢だろうか? 自分の頬を抓る、痛い。
そうこうするうち、3人は目の前にやって来た。エリーサ様にしか見えない少女が一歩前に出る。
うん、認めよう。ひらひらした水色のワンピースという王族っぽくない服を着ているが、間違いなく俺を追放したエリーサ・ルドラン王女殿下だ。
エリーサ様は真っ直ぐ俺を見て、両手の平を合わせ、腰を80度ぐらい折り曲げて頭を下げ
「とっても、ごめんなさい!」
と大きな声で言った。
「えっと、一体何がどうなって?」
状況が全く分からない。困惑しかない。周りのテーブルの宿泊客も困惑の視線をこちらに向けてくる。だがそんな目で見られても、俺はあなた方より10倍は困惑している。
するとエリーサ様は顔だけ上げて
「あのね、ドグラスさんを追放したらね。皆に怒られたの。冤罪だって。悪影響は甚大だって。
エリーサ様が半べそで説明する。上手い説明ではないが、概ね理解はできた。
それはそれとして、妙に襟元の緩い服を着て前屈みになっているせいで、際どい辺りが見えてしまっている。具体的には大きな胸の3分の1ぐらいが。
「なので、ドグラスさん。帰ってきて下さい!」
再び、大きな声が響く。
えーっと、つまり俺を連れ戻しに来たと。
王女が自分で? お供2人だけで隣国に? そんな馬鹿な。もう一度頬を抓る。やっぱり痛い。
ドミーさんが「ドグラス様。頬っぺた赤くなってますよ」と微妙にずれた心配をしてくれる。
「えっと、エリーサ様。とりあえず頭を上げて下さい」
『帰ってきて下さい!』のところで更に屈んだせいで、胸が半分ぐらい見えている。目のやり場に困るので、まずはそこの解決を図る。エリーサ様は「はい」と言って素直に背中を伸ばし、真っ直ぐ立った。
「帰って来て……くれるよね?」
うるうるした目で見つめてくるエリーサ様。彼女が大臣の傀儡にされているだけで、悪い子でないのは分かってはいる。へっぽこなだけで。しかし……
「申し訳ございませんが、帰りません。先約もあるので」
俺はきっぱりと断る。一人の魔術師として、魔族やモンスターから人を守る。その方がレブロで辺境伯をやるより、俺に合っている。それに、既にブリュエットさんには雇われると答えているのだ、反故にはできない。
レブロの運営はバレントの方が適任だ。防衛も、魔族が余程の大規模侵攻でもして来なければ問題ない。俺抜きでもレブロの魔術師隊は強い。
「ふぇ〜ん。そんなぁ。困るよぉ」
エリーサ様が泣き出した。ぽろぽろと涙が零れる。少し罪悪感を感じた。
トリスタが「あー、ドグラスが泣かせたー」と非難がましい声を上げる。
「お願い……何でもするから帰ってきてよぉ」
声を振るわせるエリーサ様、そう言われてもなぁ……。
と、今まで黙っていた侍女のソニアさんが一歩前に出て口を開く。
「ほら、ドグラスさん。可愛い女の子が普段着ないガード緩めの服着て『何でもする』って言って謝っているのですから、そこは『じゃあベッドで一晩かけて謝って貰おうか』って嫌らしく笑うところでしょう」
そんな筈があるかい! というかこの襟元緩めの服をチョイスしたの確実に貴方だろう。
そこで今まで黙っていたブリュエットさんが椅子から立ち上がった。キリッとソニアさんを睨んで声を上げる。
「勝手なこと言わないでください! 自分たちで追放したんだから駄目です。もう遅いです! ドグラスさんは私が貰います!」
『貰う』は少しニュアンスが違うと思うが、概ねそうだ。
「銀髪碧眼で小柄、服装その他諸々から判断するに、貴方は宮廷魔術師ブリュエット・アルトー様ですね。遅くないです!」
ソニアさんが言い返す。凄いな、外見から個人を特定とか、相当優秀なのでは。
そのまま「遅い」「遅くない」と言い争い始める2人。いよいよ周囲の目が痛くなってきた。
「とりあえず、静かにしよう。迷惑だ」
俺が語気を強めてそう言うと、2人揃って『ぐぬぬ』という顔をして黙る。
「分かりました。この件はまた明日以降に。それでドグラスさんは今どういう状況なのですか?」
ソニアさんが声の大きさを適正値に下げて、そう聞いてきた。
隠すこともないので、ヴェステル王国に雇われる前提で冒険者ギルドの等級を上げている事を素直に伝える。
「なるほど、等級上げですか。じゃあ同行します。私達もこの宿に泊まっているので、朝食後に入口のホールに集合で」
ソニアさんが、何だか突拍子もないことを言い出した。
いや、俺とブリュエットさん、ドミーさんにトリスタまで加わったら小国なら滅ぼせそうな戦力なんだが。
トリスタも「同行するよ」と強い口調で言う。まぁ、良いか。これ以上言い争っても仕方ない。
「分かった。来たければ来てくれ」
俺は少し投げやりにそう言った。
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