第22話 昇級RTA開始

 俺達はストラーンから身体強化した馬で丸一日程の距離にあるポリメス樹海に居た。


「ひゃー来ないでっ!!」


 ブリュエットさんが後ずさりしながら、怯えたような声を出す。

 鬱蒼うっそうとした森の中、一体のモンスターが彼女に近付く。ライオンの体を3倍ぐらい大きくしたようなモンスター、マンティコアだ。


 マンティコアはぐっと身を低くし――


 身を翻して脱兎の如く逃げ出した。


「追うぞっ!」


 叫んで、俺は木の陰から飛び出す。身体強化魔術を瞬時に構築し、駆ける。


 冒険者ギルドで真鍮等級で受けられる依頼の中で、最も難易度が高い依頼を紹介して貰った。その内容はマンティコアの内臓の入手だ。


 マンティコアは厄介なモンスターだ。恐ろしい肉食の魔物だが、自分より強い相手を前にすると全力で逃げる。そして、とにかく素早い。

 成功報酬だから等級制限はなかったが、金等級冒険者も尻込みする難易度である。


「ううっ、やっぱり無理だったぁ」


 ボヤきつつ、ブリュエットさんも走り出している。

 一番小さい彼女が怯えた演技で攻撃を誘発する作戦だったが、やはり野生の魔物を欺くのは難しい。ブリュエットさんは魔術師であって女優ではない。怯えた演技なんて専門外である。


「う〜ん、囮に本当に弱い冒険者でも雇えば良かったですかねー」


 ドミーさんの声は上から聞こえる。木から木へ、猿のように跳び移り移動していた。凄い機動だ、身体強化したからって出来る動きではない。

 この人は何だろう?


「ブリュエットさんは左からお願いします! 俺は右から行きます! ドミーさんは上からっ!」


 必死に走りつつ魔力弾を構築、射線が通った瞬間放つ。


 しかし、当たらない。


 森の中、高速移動しながら獣を撃つのは流石に難しい。木に遮られ視界が悪く、未来位置が狙えない。

 単に討伐するなら大火力で範囲攻撃すれば良いのだが、今回は素材狙いだ。消し飛ばす訳にはいかない。


「射線確保!」


 これは長丁場かと覚悟した時、ドミーさんの声が響いた。魔力弾が飛び、爆音が響く。一瞬『えっ消し飛ばした!?』と焦ったが、違った。マンティコアの前方に着弾させ衝撃で足を止めさせたのだ。

 銀色の光が走る。ブリュエットさんの攻撃だ。マンティコアの後右脚を斬り裂く。

 モンスターの悲鳴が森に響いた。


 素晴らしい。流石は宮廷魔術師だ。


 追い付いた俺は一応仕事と細く絞った魔力弾でマンティコアの頸椎を撃ち抜く。


 マンティコアが倒れ、地面が揺れる。


「ドミーさん、凄いですね」


「ええ。子供の頃から木登りが好きで、樹上戦なら任せて下さい」


 木登りとかそう言う次元ではないと思うが、何にせよ凄い。状況判断力も魔術構築速度も超一流だ。樹上戦なんて普通ないが。


「さて、解体しますか」


 俺はナイフを取り出す。必要なのは下腹部にある毒袋、解体作業に取り掛かった。


 最速銀等級に向けた初回クエストは成功だ。



◇◇ ◆ ◇◇ 



 俺達は解体したマンティコアを担ぎ、最寄りの村に戻ってきた。昨夜はこの村に泊めて貰っていたのだ。捜索に時間がかかったので、もう一泊して明日ストラーンに帰る。


 今回必要なのは毒袋だけなので、それ以外の部位は村に提供した。

 マンティコアの肉は豚肉に似た味で食用に適している。皮は頑丈過ぎて使い道が限られるが、盾などの材料としては有用だ。


 農業と炭焼で暮らす小さな村だ、決して豊かではない。大いに喜ばれ、お祭り状態になった。


 いや、もはや本当にお祭りか。


 村の広場で火が焚かれ、マンティコアの肉が振る舞われている。蜂蜜酒を手に村人達が歌を歌っていた。


 俺達も塩と香草で味付けされた肉を頬張る。美味しい。


「うん、料理人の作る上品な夕食も美味しいけど、こういう豪快なのも良いですね」


 隣でブリュエットさんも肉をもぐもぐ食べている。ドミーさんは村人と一緒に踊ってる、陽気な人だ。


 村の子供たちもはしゃいで「お肉だーお肉だー」と騒いでいる。微笑ましい。

 と、子供の中に左手の小指と薬指の無い子がいた。7歳ぐらいの女の子だ。事故か何かで失ったのだろう。

 こっそり治してあげるかな、と考えていると隣のブリュエットさんがその女の子を手招きした。女の子は「私?」といった感じで自分を指さし、ブリュエットさんが頷くとテコテコ駆け寄ってくる。


「宮廷魔術師のお姉様、何でしょうか」


 礼儀正しい良い子だ。ブリュエットさんは人差し指を唇に当て「しーっ内緒よ」と言って、女の子の左手を両手で包み呪文を詠唱する。


“日の登る如く、水の巡る如く、葉の伸びる如く、命は形を保つ。そうあるように乞い願い、そうあるように手を添える”


 美しく、心地よい音。ブリュエットさんの澄んだ声が紡ぐそれは、同じ詠唱でも俺とは違い、讃美歌の一節のようだ。

 淡い緑の光が僅かに漏れる。少しして、ブリュエットさんが手を離すと、指は綺麗に再生している。

 目をパチクリする女の子を「さ、遊んでおいで」と言って返す。


「ドグラスさんの活躍の場を取ってしまいましたね」


 俺も治療をしようとしていたのに気付かれていたようだ。


 ブリュエットさんが俺の方を見て、目が合った。揺らめく焚火に照らされた優し気な笑顔が、とても綺麗だった。

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