第21話 高級宿
冒険者ギルドを後にしたブリュエット・アルトーはドグラスと一旦別れ、滞在していた宿に戻ってきた。
宿と言っても貴族や豪商向けなので、一人で滞在することはあまり想定していない。1区画が応接室、使用人室2つ、執務室、寝室と5部屋から構成されている。
もっとも、ブリュエットは今回身の回りの世話をする使用人は連れてきていない。家臣のドミーを連れてきただけだ。彼女も齢19にして宮廷魔術師に名を連ねる実力者である。
「ドミーただいま。ふふー無事にスカウトが成功したわよ」
「そうですか。おめでとうございます」
「こっちの宿に移ってもらうように提案するから。ドミーもよろしくね」
「はい。でもスカウト出来たなら王都に向かうのでは?」
ブリュエットは「あーそれはね」と今日の流れを説明する。
「なるほど、最速等級上げですか。親交を深めるのに丁度良いですね。ふふっ、楽しそう。これは私もサポートせねば」
ドミーは心底楽しそうに、ニヤニヤ笑う。
「変なことしないでよ? 重要人物なんだから」
「大丈夫ですよ。相手の反応から許されないラインを見極めるのは得意ですから」
「際を攻めるなっ! 割と本気で狙うつもりなんだから。彼なら父様も諸手を上げて賛成だろうし。まぁ、男を落とす技術なんてないから何したらいいか分からないけど」
「楽しくなりそうですね。ドグラス様は土地勘もなく、親しい人も居ない異国で暮らしているわけです。なので、とりあえず色々と世話を焼いていれば良いと思いますよ」
ドミーの言葉にブリュエットはふむふむと頷く。
「なるほど。ドミーもたまには良い事を言うわね。そうする」
「ま、何やったところでドグラス様が
「不敬だよ家臣!」
◇◇ ◆ ◇◇
俺はブリュエットさんに連れられて、ストラーン中心部の宿の前に来ていた。俺が滞在している冒険者向けの宿とは格が幾つも違う。貴族向けのものだ。
一応は俺も元貴族だが、この手の宿に泊まった経験は少ない。
王都にはカッセル邸があったし、デベルに行くときはデベルの本邸に泊まる。それ以外にはあまり行かなかった。
普通なら移動中に宿を取るだろうが、魔術師だらけのレブロ辺境伯家だ。馬に強化魔術をかけ、治癒魔術も施し、サクッと高速移動するのが常だった。
「あの、やはり普通の宿で良いですよ? 持て余しますし」
「いえ、先程も言いましたがカッセル家の方を適当な宿に置いておくと、私が白い目で見られます。カッセル家はヴェステル王国において別格で尊敬されているのですから」
「そんなにですか?」
うちはフィーナ貴族なのだが。
「そんなにです。ヴェステル貴族は武を尊びますし、カッセル家はセシリア・カッセルの生家でもあります。お金は全て持ちますので宿を移して下さい」
「ではお言葉に甘えて……」
「ありがとうございます。さ、もう部屋は確保させていますので」
ブリュエットさんに先導され宿に入ると、従業員がササッと寄ってきて荷物を持ってくれる。そのまま「ご案内致します」と部屋に案内される。
「ドグラスさん、部下を紹介したいので一息ついたら私の部屋に来て頂いてよろしいですか。この階の一番奥の部屋です」
ブリュエットさんの言葉に俺は「分かりました。では後ほど」と返して部屋に入る。
やはり広かった。貴族向けの宿は使用人が居る前提というのは理解している。そういう意味では想定通りの広さだが、俺は一人である。
荷物を運んでくれた従業員さんは恭しく頭を下げて戻っていった。
俺はとりあえず寝室に行ってベッドに座ってみる。柔らかい。これでもう少し部屋が狭ければ良いのだが。
壁に花の絵が掛けられていたので、少し眺める。絵はさっぱりだが、落ち着いた色合いが寝室には合っているような気がする。
少しぼーっとした後、俺はブリュエットさんの部屋に向かった。廊下を進み、ドアをノックする。
すぐにブリュエットさんがドアを開けてくれる。「どうぞ」と言われて中に入ると、もう一人女性が居た。20歳手前ぐらいだろうか。琥珀を思わせる金色の髪、瞳は空色で、すっと背が高い。
「おお、ドグラス様だ。いらっしゃいませ」
「ドグラスさん、これが私の部下のドミーです。彼女も魔術師で、アルトー家に代々仕える家系の者です」
なるほど、カッセル家におけるメルカ家みたいな立場か。
「初めましてドグラス様、ドミー・コンチェです。一応、宮廷魔術師にも任じられています。よろしくお願いします」
頭を下げるドミーさんに、俺も頭を下げ「こちらこそ」と返す。
宮廷魔術師ということは彼女も相当の使い手だろう。
「ドミー、失礼のないようにね」
「はーい、努力します」
ドミーさんは笑いながら、軽い感じで答える。
「必達よ!」
ブリュエットさんが吠えた。
こうして、俺の生活環境はだいぶ変わった。
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