第20話 大臣派切り崩し

「大臣! 大問題ですぞ。どうされるおつもりか!」


 枢密会議の場に糾弾の声が響く。声の主はホバート派の委員だ。


 枢密会議はフィーナ王国の有力貴族15人による合議機関である。王国への助言を主な役割とし幾つかの権限を持つ。


 大臣ヘルマン・ブラッケは焦燥していた。


 エリーサが一向に見つからず。手掛かりすら未だ一切なし。

 そこにホバート侯爵から王女エリーサへの謁見要求が来た。何とかはぐらかしたかったが、要求は強固で執拗だった。状況からエリーサの失踪が露見していると考えられた。

 無理もない。捜索を大規模に行えばどこからか漏れる。予想より早かったが、時間の問題だ。

 エリーサは病気であると偽る手もあるが、長くは誤魔化せない。露見した場合のダメージは更に大きくなる。

 結局、ヘルマンはエリーサが行方不明であることを明かさざるを得なかった。


 当然のように枢密会議の開催を求められた。ヘルマンの座る豪奢な椅子は今や針のむしろだ。


「王宮内の警備に不備があったことは慚愧ざんきに堪えない。引き続き全力で捜索を行わせて頂く」


 焦りを表に出さぬよう、努めて冷静な声色を作り、ヘルマンは返す。


 ここで王女の護衛がトリスタ・デベルであったことを指摘し、デベル家を攻撃する手もあり得る。しかし、ヘルマンは悪手だと判断した。

 大臣としての失点がなくなる訳ではないし、権力機構が揺らいでいる今の状況で武力に優れるデベル家を刺激するのは危険だ。

 大臣単独の権限では外患への緊急対処を除き国王軍は動かせないのだ。


「捜索は当然必要だ。しかし本当に何も手掛かりはないのか?」


 中立派のウジェーヌ侯が問う。


「情けない話だが、本当に何もない」


 ヘルマンは真実を答える。しかし、説得力は皆無だ。どうせ何か隠しているのだろう、という疑念の視線が向けられる。

 ドグラスの追放により悪化していた中立派からの印象は更に悪くなっていた。


「大臣、この話は国王陛下には入れてあるのか?」


 ホバート侯が問う。


「いえ。国王陛下の病状は悪く、一日の大半は眠っております。この状況で心労になるお話を耳に入れたくはございません」


「理解はしよう、ヘルマン・ブラッケ。しかし何時まで? エリーサ様が見つからなければ、いずれ判断は仰がざるを得まい」


「全力で捜索し、速やかに発見する。それが方針です」


 苦い声でヘルマンは返す。王の病状に偽りはない。目が覚めている時もまともな判断能力があるかはかなり怪しい。

 逆に言えばどんな反応をするか予想が付かない。ヘルマンとしては王の耳には入れたくない。


「希望や意気込みは問うていない。期限を切るべきだ。1月以内にエリーサ様が見付からない場合は国王陛下に報告し判断を仰ごう。決を取りたい、賛成の者は起立を」


 ホバートの宣言に10人の枢密委員が起立する。ホバート派と中立派の全員だ。


「分かった。そのように」


「報告には立ち会わせて貰うぞ。ウジェーヌ侯も同席願いたい」


「承知した」


 ヘルマンは奥歯を噛む。


 それ以上は議論できることもなく、ヘルマンへの批判を数人が述べて緊急の枢密会議は終わった。


 

◇◇ ◆ ◇◇ 



「ラミエ伯、これら写しの原本は全てこちらで押えております。バルム会長の身柄も拘束済みです」


 バララット伯爵ギョーム・バララットは机の上に書類を並べていく。

 それらは大臣派貴族の一人ラミエ伯爵が阿片アヘン密輸に手を染めた証拠だ。


 発覚すればただでは済まない。ラミエ伯の顔面は蒼白だ。


「なに、私も貴殿に不幸になって貰いたい訳ではない。先代、貴方の叔父上が傾けた借金塗れの家を不意に継ぐことになり、追い詰められた末の事と理解しています」


 バララットはゆっくりと言葉を紡ぐ。



 大臣がエリーサの失踪を認めたことを受け、ホバート派は密かに大臣派の切り崩しを開始した。


 中央集権化の進んだフィーナ王国では国王の権限は非常に強い。その権限には貴族に対する処罰権も含まれる。

 王が病に伏せた現状では、王位継承順位1位のエリーサが大臣の承認のもと王権を代行できる。そのため大臣派は司法をかなりの部分、自由にできた。犯罪を嫌疑不十分で処理するぐらいは訳ないことだったのだ。大臣派は安心して悪事を行えた。


 だが、エリーサなしに権限は振るえない。王権の代行がなければ貴族の裁判は全て枢密会議に司法官を加えた法廷で処理される。

 もはや大臣派は安泰ではない。



「ど、どうしろと」


「我々はこの国に巣食う寄生虫を駆除したいだけです。ご協力頂ければ、資金援助も致しましょう。家を立て直せる額を」


 バララット伯は静かな声で刃と飴を突き付ける。

 脅迫や犯罪の見逃しといった手段を従来ホバート派は避けてきた。しかし、あらゆる手段を使わなければ大臣に勝てない。彼らは覚悟を決めていた。


 大臣ヘルマン・ブラッケの恐ろしさは"徹底"している事だ。名誉や良識、愛国心、そういったものは一切ない。ただひたすらに政略を巡らし権益を築く。

 ゴマをすって取り入り、利権をバラ撒き手懐け、弱みを握って脅し、罠に嵌めて失脚させ、本当に何でもやる。全力で躊躇なく。


 プライドも良識も愛国心もあるホバート派は後手に回り、王家の統治機構の大部分を牛耳られてしまった。


 もう、負ける訳にはいかないのだ。


「わ、わかった。私も大臣が好きな訳ではない。協力を約束する」


「ありがとうございます。決して悪いようには致しません」


 バララット伯爵は笑顔を作ってそう言った。これでまた一人。

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