第19話 ホバート派始動

 ホバート侯爵はフィーナ王国最大派閥ホバート派の領袖りょうしゅうだ。

 彼は王都のホバート邸で盟友のバララット伯爵と会合を行っていた。

 部屋の中には二人だけ。机を挟んで座っている。


「エリーサ様が行方不明という情報は正しいようですね」


 バララット伯の言葉に、ホバート侯はゆっくりと頷く。齢60を超えて皺の増えた顔に、意志の籠もった瞳だけがギラリと光っている。


「元より信頼できる情報だが、大臣派の慌てぶりも加味すれば確定だな。千載一遇のチャンスだ。ここで大臣派の力を削る」


「ええ。ですがエリーサ様はご無事なので?」


「問題ない。護衛にはトリスタ嬢が付いている。バララット伯には伝えておこう。エリーサ様についての情報の出元はブラーウ家だ」


「なんと。諜報のブラーウが」


 ブラーウ家はフィーナの時代から諜報活動を担ってきた特別な一族だ。政治的には中立を貫いており、ただ王家にのみ忠誠を誓う。

 子爵として領地も持っており、貴族としての表の顔は普通にある。しかし活動の実態はホバート侯にも殆ど分からない。言えるのは恐らく国内外に深く根を張り巡らせているだろう、というだけだ。


「ああ。余りの状況に中立の禁を破り動き出している。情けない話だ。我々がもっとしっかりしていれば済んだ話」


「全くですな。つまりエリーサ様はいずれお戻りになられる。我々はそれまでに大臣を排除する必要があると」


「そうだ。まずはエリーサ様への謁見を求めて揺さぶろう。エリーサ様が失踪した事実を認めさせる。表で大臣派を糾弾しつつ、裏で切り崩す」


 エリーサの失踪を隠しきることは不可能だ。大臣は事実を公表せざるを得ない。そうなれば今まで密かに集めていた手札が活きる。



◇◇ ◆ ◇◇ 


 エリーサ達はヴェステル王国の街道を西に進んでいた。

 今日も街道沿いの街で宿をとる。高級宿という水準ではないが、この街では一番上等な宿だ。部屋に入り一息つく。ベッドが3つ置かれた部屋、護衛も考えて3人は同室だ。


「予定より時間かかっちゃったね」


 荷物を下ろし、トリスタがボヤくように言う。


「ええ。事あるごとに人助けとかしてましたからね」


 苦笑いで、ソニアが返す。

 野盗に襲われた兄妹を助けたのを始まりに、怪我人が居れば治療し、モンスターが居れば討伐し、寄り道の多い旅路だった。


「トリスタ、ソニア、ありがとうね。よし、今日も練習だ」


 エリーサは侍女を労うと、壁に設置された鏡に向かう。全身が映る大きな鏡ではないが、上半身ぐらいは確認ができる。


 手のひらを合わせ、ペコリと頭を下げ「とっても、ごめんなさい!」と元気な声で言う。


 日課になっている謝罪の練習だ。ソニアが「アホの子……可愛すぎ」などと呟いているが、エリーサは気にしない。


「どうかな?」


「とっても可愛いです」


「許してくれるかな?」


「分かりません」


 そんなこんなで、エリーサは進む。

 明日には大きな都市に辿り着くので、そこで情報収集をする予定だ。

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