第17話 スカウト

 山の中で話すのも何なので、俺はブリュエットさんと共に近くの町まで移動した。


 町には酒場が一つあったので、そこに入る。ブリュエットさんと2人、向き合って座る。

 酒を飲む気はない。注文した果実水で喉を潤す。


「ドグラス様、お時間頂きありがとうございます」


「いえ、改めて助けて頂きありがとうございました。その、『様』は不要ですよ」


「人域の守り、北の盾たるカッセル家を敬うのは当然です。でもそう仰るなら親しみを込めてドグラスさんと呼ばせて頂きますね。あ、私のことはブリュエットと呼んで下さい」


 そう言ってブリュエットさんは柔らかい笑顔で会釈する。


「ではブリュエットさんと。その……まずどうしてあの場所に?」


 レッドドラゴンと戦っている場所に偶然通りかかる筈はない。


「ドグラスさんをスカウトしようとストラーン冒険者ギルドを尋ねたのです。そしたらドグラスさんは山に向かったと言われて、追い掛けました」


 と言うことは、俺がヴェステル王国に入ったことは把握されていた訳か。

 まぁ、よく考えたら当然だ。ヴェステル王国にその程度の情報力がない筈がない。


「なるほど。それで、スカウトとは?」


 尋ねつつ、俺は概ね予想が付いていた。たぶん断ることになるので少し憂鬱だ。


「はい。単刀直入に、ヴェステル王国の宮廷魔術師として奉職ほうしょくしてくれませんか?」


 やはりそうか。


「その、大変にありがたい話なのですが……」


 光栄な話だ。それは間違いない。


「何か不都合でも?」


「万が一、今後フィーナ王国とヴェステル王国が深刻な対立状態になった場合、私は嘗ての領民や家臣に武器を向ける事は出来ません。なのでお受けする訳には……」


「なるほど……。そういうことであれば仕方ないですね」


 とても残念そうな顔のブリュエットさん。


「申し訳ありません。折角のお話なのに」


 俺は深く頭を下げる。ブリュエットさんは何か考える素振りで、少し黙る。


「うーん、なら別の形でどうですか? ドグラスさんは冒険者をしているのですよね。対魔族、対モンスター防衛の継続依頼として冒険者ドグラスを雇わせて頂くという形です。これなら人との戦争に従事する必要はありません」


「それであれば問題ありません」


 その条件なら断る理由はない。


 ヴェステル王国北方のサルマンド平原も魔族領域に接している。サルマンド方面の防御戦力向上は間接的にレブロの支援にもなる。

 俺は領主には向いて居なかったが、魔術師として魔族と戦うなら適材だ。人域守護に専念できるなら、それが一番だろう。先祖に顔向けもできる。


 あ、でも確か……


「ただ、ギルドのルール上だと直接継続契約が出来るのって銀等級以上じゃなかったですか?」


 未熟な冒険者がギルドの管理の及ばない所で失態をやらかしたり、逆に使い潰されたりする事を防ぐためのルールだ。


「あ、そうですね。でも例外をねじ込むぐらいは余裕ですよ?」


 アルトー伯爵家の力なら確かに余裕だろう。後ろにはヴェステル王家もいるだろうし。

 でもズルは少し気が引ける。それに何より、もう少しだけ普通の冒険者をしていたい。


「どうせならルール通りにやりたいですね。全力で等級上げにかかったら、どのくらいの期間で銀になれますかね」


「まぁ、ドグラスさんならあっと言う間でしょうね。そうだ、なら私も手伝いますよ! 宮廷魔術師って普段は割と余裕あるので」


 ニコニコ笑って言うブリュエットさん。

 こうも楽しそうに提案されると断りにくい。冒険者のルール上も問題はない筈だ。


「そうなのですか?」


「宮廷魔術師が対処しなければならない高位モンスターや魔族はそう頻繁には現れないので。必須の仕事は少ないのです」


 なかなかホワイトな職場のようだ。


「嬉しいですけど、私のワガママでご迷惑では?」


「いえ、実は私も少しやってみたいので。是非是非です。真鍮から銀への最速記録を作りましょう」


 ブリュエットさんが右手を差し出し握手を求めてきた。俺も右手を出し、手を握った。

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