第16話 ドラゴン

 ポールは仲間達と共に逃げていた。彼は都市ストラーンの冒険者ギルドで活動する銀等級の冒険者だ。


「クソっ!何が大っきい人のような黒い影だ、ドラゴンじゃねぇか!」


 誰かが走りながら吐き出す怒りの言葉、全くもって同意する。


 はぐれイエティかその辺の巨人系モンスターだと思って山に入り、探索すること暫し、ドラゴンに遭遇して即時全力逃走するハメになった。


 ベテラン冒険者パーティー4つ、計29人のレイドだが、ドラゴンは無理だ。

 竜は表皮に魔力防御が常に張られ、魔力防御を貫いても皮膚は鋼鉄並の硬度、その下の肉も強靱だ。どうやっても倒せない。


 とにかく逃げる。逃げきるのは難しい。向こうは飛ぶのだ、絶対早い。しかし、運が良ければ、例えば他の事に気を取られたりすれば可能性はある。


 走る走る走る。


 山道は曲がりくねって足元も悪い。木の根や石ころが恐ろしい。


 そのとき、前方に馬に乗った男が見えた。



◇◇ ◆ ◇◇ 



 俺は近隣の村で聞き込みをして、冒険者部隊の大体の動きを把握し、先へ進んだ。

 馬にはかなり無理をさせてしまっている。


 木々の少ない岩山の登り道を進む。


 ストラーンの冒険者チームはこの山道の先に向かった筈だ。合流できれば良いが。

 と、前方に何やら必死に道を下る集団が見えた。


 目を凝らすと、最前列の男性は歓迎賭博で俺に賭けてくれたおっちゃんだ。


 見付けた。良かった、生きてる。


「おーい」


 俺は声を張り上げる。


 返答はない。無視しているというより走るのに必死という感じだ。


 もう接敵して逃げてるな。

 概ね状況を推察する。


 どんどん距離が縮まっていく。俺は馬を降り、端に寄せる。

 いよいよ冒険者チームが近付く。これは併走しないと話せないな。

 反転して、下に向かう冒険者チームに並んで走る。


「お前、新人の! 何でここにいる!」


「何から逃げてますかっ!?」


 俺は声を張り上げる。


「ドラゴンだよっ!」


 やはりそうか。だが、問題は何ドラゴンかだ。ブラックだと辛いし、エンシェントだと時間稼ぎが限界だが……


「何ドラゴンですか?」


「だからドラゴンだっ!」


「色と数はっ!?」


「赤で見たのは4体」


 レッドドラゴン4体か。よし、なら行ける。レッドは竜の中では弱い方だ。


「レッド4なら倒します。皆さんはそのまま逃げて下さい!!」


 再度反転し、俺は山道を登る。「はっ? 何言って」後ろから声がかかるが、気にしない。


 レッドドラゴン4体は倒せるが強敵ではある。他の冒険者を守りながら戦うのは無理だ。馬も邪魔なので放っておく。


 走り、曲がり角を曲がったら見えた。空に赤いドラゴンが7体。


 4体じゃないじゃんか!


 いや、見えた範囲って言ってたから仕方ないか。少し辛いが、やるしかない。


 爆裂型の魔力弾を合計14発形成する。これでドラゴンは倒せない。しかし、敵の注意をこちらに向けさせる必要がある。


 一斉発射、そして一斉起爆


 空を舞う赤い竜を爆風が巻き込む。ダメージにはならないが、痛みは感じる攻撃の筈だ。一斉に竜の頭がこちらを向く。目には敵意たっぷり。

 よし、成功だ。


 そのまますぐに魔力槍を構築する。純魔力、擬似質量、指向性爆裂の3層構成だ。

 全力で魔力を練り、4本を同時発射する。狙いは全て先頭の1体、なんとか早めに数を減らす。

 レッドドラゴンは回避しようとするが、一発が直撃する。純魔力層が表皮の魔力防御を散らし、擬似質量が皮膚を穿ち、指向性爆発が肉と骨を破壊する。

 竜が落ちる。死んだかは分からないが、1体無力化だ。


 当然ながら、反撃がくる。竜の口に炎が宿り、ファイヤーブレスが吐き出される。


 炎の奔流が6つ迫り来る。身体強化をかけて横に飛び、合わせて魔力防壁を構築する。直撃は免れるが、荒れ狂う炎の余波が体を包む。防壁がなければ炭になっているところだ。


 さっと視線を巡らす。道から少し坂を下った岩場が傾斜も緩く、遮蔽物として利用できる岩もある。戦いやすそうだ。


 竜達は次のブレスを溜め始める。俺は魔力槍を構築する。身体強化も防御も外せないので2本が限界だ。

 魔力槍射出するが、竜は翼を羽ばたかせ回避する。

 坂下の岩場に向け、俺は走り出す。緩急を付け、ブレスを避けながらジグザグに坂を下る。


 岩場に辿り着く。岩陰に隠れ魔力槍を構築、飛び出して撃つという戦法を取るがなかなか命中しない。

 やはり厳しい。敵の数が多く防御と回避に手を取られ、攻め切れない。


 時間をかけるしかない。魔力槍の威力を絞り、5発構築して放つ。うち一発が翼に命中し、穴を穿つ。ダメージは小さいが、回避能力は落ちる筈だ。


 これを繰り返して少しずつ削れば何とかーー



 その時、銀色の光が空を薙いだ。1体のレッドドラゴンに直撃し、竜は血を撒き散らして落ちていく。


 攻撃の放たれた方向を見ると、小さな人影が矢のような早さで駆け寄ってくるのが見えた。


「ドグラス様! 加勢します!!」


 澄んだ響きの、それでいて力強い声。先程の攻撃からして俺と同等かそれ以上の魔術師だ。


 俺はひとまず構築済みの魔力槍をドラゴンへ向け放つ。レッドドラゴン達は強く羽ばたき、距離を取る形で槍を躱す。


 駆け寄って来たのは小柄な少女だった。岩山には似つかわしくない美しい絹の服を纏っている。


 顔には見覚えがある、この人は確かーーいや、話は後だ。


「感謝します!」


 端的に叫び、魔力槍を構築する。"彼女"と二人なら楽勝だ。

 レッドドラゴン達は新たな敵の登場に混乱している。

 機を逃がさず、先程翼にダメージを与えた個体を狙い、魔力槍2本を放つ。2発共胴体を直撃、竜は血を撒き散らし地に落ちる。

 レッドドラゴンがファイヤーブレスを放つが、数が減り攻撃が二人に分散したため対処は容易だ。簡単に躱せる。


 再び銀の光が空を裂いた。また1体竜が落ちる。

 綺麗な魔術だ。俺の多層魔力槍とは異なり、純然たる魔力集束により竜を切り裂く一撃を実現している。魔術としてどちらが優れているかは別として、美しさでは完敗だ。


 後は一方的だった。魔力槍と魔力刃が飛び交い、貫かれ、切り裂かれ、レッドドラゴンは全滅した。


 少女は俺に駆け寄ってくる。


 サラサラとした銀色の長い髪、くりっとした大きな青い瞳に、長いまつ毛、細筆で薄紅を引いたような唇、とても綺麗だ。


「助かりました。ありがとうございます。ブリュエット・アルトー様」


 俺は姿勢を正して頭を下げる。

 彼女には以前1度会ったことがある。あれはジアン家の結婚式だったか。


「えっ!覚えててくれた」


 嬉しそうな声を出すブリュエットさん。


「はい。結婚式で1度お会いしたと記憶しております」


「凄い。よく一目で分かりましたね。あの時私7歳なのに」


「それほど変わってらっしゃらないので……」


 あ、失敗


「流石に少し背は伸びてますっ!胸も膨らみました!少しだけどっ!!」


 頬を膨らませるブリュエットさん。本気で怒っている風ではない。可愛いな。


「失礼しました。でもどうしてここに?確か今は宮廷魔術師の第二席でいらっしゃいますよね」


 デートの途中で抜け出したような可愛らしい服に、優美な木製の杖という不思議な出で立ちで山の中だ。


「ふふっ、貴方をスカウトしに来たのです」


 ブリュエットさんは得意気にそう言った。

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