第15話 治療
俺、ドクラス・カッセルは薬草の採取を終え、冒険者ギルドに戻ってきた。
いつも通り賑やかなギルドではあるが、ほんの少し緊張した雰囲気が漂っているように感じる。
昨日、北西の山で目撃された巨大モンスターの調査という依頼があった。この一帯を治める領主からのものだ。それを受注した上位パーティーが合同で遠征しており、どんな結果になるのか皆気にしているのだ。
俺も行きたいなーとは思ったが、真鍮クラスの身では受けられない。なので残念ながら今日は薬草取りだ。
冒険者生活自体は順調だ。ガエルさん達とも時々一緒にお酒飲んだりして仲良くやっているし、ギルドの一員として名前を覚えてくれる人も増えた。
「レティルさん、薬草取ってきました」
受付のレティルさんに薬草を渡す。
「ドクラスさん、お疲れ様です。拝見しますね。はい、問題ありません。今後もよろしくお願いしますね」
最初とは言葉使いが全然違う。ある意味裏表がない人である。
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
ぺこり、と頭を下げ報酬を受け取る。
さて、隣の酒場で食事でもして宿に帰るか、そう思ったとき「ドグラスさん!いますか!!」と大きな声で呼ばれた。
声の方を振り向くと、ギルドの入口のところにガエルさんがいた。ロバーさんが背負われている。意識がないようだ。コレットさんも青い顔で立っている。
尋常な様子ではない。
「ここです。どうしました!」
「ロバーがモンスターに!傷が深くて私の回復じゃあもう……」
コレットさんの声は震えている。
俺は急いで駆け寄る。
傷の状態を見る。左腕が肘のあたりで切断され、腹も負傷しているようだ。
だがコレットさんは回復魔術をきちんとかけたようだし、止血も適切だ。腕はベルトで固く縛られ、腹の傷も粘着剤と皮布で塞がれている。
これなら間に合う。
「見ます!テーブルの上に寝かせてください」
ロバーさんの体が大テーブルに横たえられる。
「何にやられましたか?」
「シルバリーウルフが出ました。グリモルの森だっていうのに」
シルバリーウルフは尾が剣のように鋭い巨大な狼型のモンスターだ。爪と牙の攻撃に加え、鞭のように尾を振るう。その名の通り銀色の体毛は硬く、レブロ辺境伯家の中堅魔術師でも油断はできない敵だ。
初心者向けのグリモルの森に出るモンスターではない。
ガエルさんも、コレットさんも、恐怖と不安に押し潰されそうな様子だ。二人共目に涙を浮かべている。
よく考えれば無理もない。冒険者としては彼らが先輩だが、年齢は俺の方が上だ。それに幼い頃からモンスターを狩っていた俺とは戦闘経験が違い過ぎる。
あちこち傷だらけの泥だらけ。本当によくシルバリーウルフから逃げ切った。偉い。
「二人共、よく仲間を連れて逃げ切った。凄いぞ。治療は任せろ」
今は年長者として振る舞おう。右手でガエルさん、左手でコレットさんの頭を撫でる。少しだけ、二人は少しほっとした顔をしてくれた。
さて、治療だ。
「誰か水を。水筒とかで大丈夫です」
その辺にいた冒険者が「おう、これ使え」と水筒を渡してくれる。
受け取った俺は水を魔術で加熱、一瞬で煮沸させ十数秒煮沸を継続後に冷却魔術で一気に冷やす。これで清潔な水ができた。
水でロバーの傷口を洗う。
魔力を練り上げ、呪文を唱える。治癒魔術は基本的に詠唱魔術だ。構築魔術による治癒も理論上可能だが、難しさに見合う利益がない。
“日の登る如く、水の巡る如く、葉の伸びる如く、命は形を保つ。そうあるように乞い願い、そうあるように手を添える”
魔力は淡い緑の光となり、切断面に注がれていく。切断部の血が止まり、肉がぷくりぷくりと盛り上がる。
『
徐々にロバーの腕が再生し、形作られていく。
「うそ……腕が生えてる。これ、この国に使える人が3人しかいないやつ」
いつの間にか隣にいたレティルさんが、呆然とした様子で呟く。
感染症防止のための浄化魔術も使う。これでまず大丈夫だ。
「よし。これで大丈夫」
「あ、ありがとうございます。治療費は払います」
「いや、お金はいいです。あと、左腕はまともに動かせるようになるまで暫く練習が必要ですよ」
たぶん、四肢の再生って相場凄い額だと思うからお金は取れない。というか相場が存在しないか。
さて、疲れたがもう一つ気になることがある。
「シルバリーウルフがグリモルの森で間違いないか?」
「間違いありません。本当はもっと北西の山地に居るモンスターの筈です」
ガエルさんの言う通り、グリモルの森にシルバリーウルフは出ないはずだ。俺も2回ほどあの森には行った。シルバリーウルフの生息する環境ではない。
本来いない場所にモンスターがいるケースは極稀にある。ドラゴンのような超強力なモンスターが現れて生息地から逃げた場合だ。
大型モンスターの目撃情報、たぶんヤバいやつだ。
ドラゴン級が相手だとして、ギルドの上位パーティーは対処できるか? たぶん無理だろう。
ここ暫くで冒険者の戦闘力は把握できていた。こと戦闘力では金クラスの冒険者でも俺よりかなり下だ。
恐らく、逃げる事もできず全滅する。
……仕方ない。個人的に行くか。
依頼を受けてなくても、報酬が出ないだけ、北西の山地に行くことはできる。
追放された俺を歓迎戦と歓迎賭博までして受け入れてくれた冒険者達だ。
放ってはおけない。
持ち出した金と今まで稼いだ金で馬の1頭なら買えるだろう。
馬に身体強化魔術をかけて走らせれば短時間で現地まで辿り着ける。お金は一気になくなってしまうが、仕方ない。
状況は全く不明だが、一刻を争うかもしれない。いや、何だか凄く嫌な予感がする。きっと急がないとヤバい。
「ちょっと凄く気になるので、北西の山に向かいますね」
一方的にそう言って俺はギルドを後にした。
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