第14話 大臣焦る

「ええいっ! まだ何も分からんのか!」


 部下の報告を聞いたヘルマンは机を強く叩き、怒声を上げた。


「はい。申し訳ございません」


 部下は青い顔で深く頭を下げる。

 フィーナ王国大臣、ヘルマン・ブラッケは焦っていた。


 王女エリーサが行方不明になったのだ。まさかの事態であった。侍女のソニア・サイリドとトリスタ・デベルも同じく姿を消している。


 警備の厳重な王宮から3人は忽然と消え、目撃情報は一切ない。明らかに異常だ。


 エリーサが消えるのは不味い。あまりにも不味い。

 王女エリーサを押えていることは大臣派の力の源泉と言っても良い。行方不明となれば大臣として責任を追及されることは無論、最大のカードを失うことになる。


 現在フィーナ王国の貴族は大臣派、ホバート侯爵派、中立派の3つに分かれている。大臣派とホバート派は熾烈な権力争いを繰り広げてきた。

 ホバート侯爵は港湾都市マストヴィを有し、それが生み出す巨額の富を背景に持つ。ホバート侯爵の派閥は数の上では国内最大だ。

 大臣派はホバート派に対して優位に事を進めてきたが、それは全て王女エリーサが手中にあってこそだ。

 そして、今や大臣派はドグラス・カッセルを追放したことで中立派を完全に敵に回している。

 中立派を敵に回そうともエリーサさえ確保していれば大丈夫な筈だった。


 だが……


「ですが大臣、トリスタ嬢がついているのです。無事な筈です。きっと何かエリーサ様が自ら何処かに行かれたのでしょう。ひょっこり帰ってくるかと……」


 部下がヘルマンを宥めようと楽観論を述べる。しかし、火に油だ。


「下らん事を言う暇があればエリーサ様を探せっ!」


 先程より更にボリュームの上がった怒鳴り声が部屋に響く。


 しかし、部下の放言も一部は理がある。


 エリーサの護衛であり、共に行方の分からないトリスタ・デベル。彼女の戦闘能力は凄まじい。それこそ並の砦なら単騎で落とせる程だ。剣の名門デベル家において歴代最強とさえ目される化け物である。

 これを突破しエリーサを誘拐するのは極めて困難だ。

 ただ戦闘能力以外はからっきし、見た目の印象こそ知的だが、中身は天然ボケ。エリーサに「お忍びで出掛けるよ」とか言われればその通りにするかもしれない。

 エリーサもエリーサで、突拍子もないことを言い兼ねない人物ではある。


 だが、ソニアもついているのだ。サイリド男爵の三女ソニア、かの家は弱みを握った上でたっぷり甘い蜜を吸わせた忠実な大臣派だ。

 本人も優秀だ。エリーサが何か妙な思い付きで、例えば「お忍びで夜の海が見たい〜」とか言い出してもソニアが止める筈だ。


「念の為にレブロ辺境伯の動向を探れ」


 大臣ヘルマンは部下に指示を出す。

 考え難いことではあるが、カッセル家魔術師隊の精鋭であれば、エリーサの誘拐も可能かもしれない。


 デベル家とカッセル家は友好関係にあり、過去何度も婚姻を結んでいる。

 どうにも現実味のない仮説だが、カッセル家とデベル家が組んでエリーサ誘拐を企てた可能性はゼロではない。


 ヘルマンは深くため息をつく。あれこれ考えたところでエリーサが居ない事実は変わらない。

 ドグラス追放後の決定的なタイミングで体調を崩し、寝込んだのは最悪だった。ホバート派に後手を取ったのは確実だ。


「とにかく、エリーサ様を探せ。捜索範囲を国中に広げろ。必ず見つけるのだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る