第13話 傀儡王女の道中

 ガタガタ ゴトゴト


 エリーサ達を乗せた馬車が街道を進む。昼間だが、左右に広がる森が日を遮り少し薄暗い。

 一見すると飾り気のない、どこにでもありそうな馬車だ。だが見る人が見れば、極めて品質が高いことに気が付くだろう。

 内部は広く、床には毛の長い絨毯が敷かれている。サスペンションが揺れを軽減しており、座席のクッションも柔らかい。

 貴人用の馬車を見た目だけを地味にした、そんな奇妙な馬車だった。


 御者はトリスタが務め、車内はエリーサとソニアの二人きり。


「ねぇ、ソニア。やっぱりドグラスさんって無実なのかな?」


 エリーサはおずおずと、気になっていた事を尋ねた。


「恐らくはそうです。横領なんてしませんよ、レブロ辺境伯が」


「そっか……ドグラスさんもバララットさんも言ってたもんね。お金に困ってないって」


「はい。レブロは土地が豊かで、良質な銀鉱山もあります。代々贅沢にも興味がないので財政は健全です。しかも『北行3千48家』の結束は未だ強靭で、領内に不安要素はほぼないです。強いて言うなら4代にわたって一夫一妻を貫いていて、血族がやや少ないぐらいですか」


「ほっこーさんぜんしじゅうはっけ?」


「そうですね。少し解説しますね」


 言ってソニアは説明を始める。



 レブロ辺境伯であるカッセル家は、元々は王都南西にあるカッセル盆地を領地とするカッセル侯爵家だった。

 カッセル家は古くから続く魔術の名家である。『統合魔術』に加えて陪臣として優秀な魔術師を多数抱え、当時も戦力は諸侯最強であった。

 大聖女フィーナは自らの死後を見据え、北方魔族領域への備えとしてカッセル家にレブロ平原の統治を依頼し、これを受け入れたカッセル家はレブロ辺境伯となった。

 当時のレブロ平原は大戦中魔族に占領されていたため、ほぼ無人だった。領地経営には困難が予想されたが、そのとき領主一族を慕う一部の領民がカッセル家に同行したのだ。

 カッセルと共に北の守りたらんと故郷を離れた領民約2万人、家単位で数えて3千と47。彼らはレブロ平原に都市を作り、地を耕し、城塞を築いた。これがフィーナ史に言う「カッセル北行」だ。

 レブロの領民には今も先祖の意識が受け継がれている。領民皆兵、どこの家にも武具があり、事があれば魔族と戦う覚悟がある。


「と、いう感じです。カッセル家を含めて『北行3千48家』と称されます」


「ほえーカッコいいね。……ねぇ、という事はレブロの領民も今回の追放に滅茶苦茶怒ってる?」


「もちろん、マジギレですよ」


「ううっ、ごめんなさいしないと。でも、そもそも何でドグラスさんに濡衣が? ソニアはどうしてだと思う?」


 エリーサはまた半べそだ。


「えーと、うーん。まぁ大臣の仕業ですよ」


「えっ?」


 エリーサは頭が一瞬真っ白になる。大臣は何から何まで助けてくれる頼りになる人だ。確かに今回の追放については大臣の言う通りにして大問題になってしまったが……


「エリーサ様、あれだけの証拠をでっち上げられるのは大臣だけです。そもそも不正の実行犯は大臣派の役人です。ドグラスさんの言っていた通りなのです。枢密会議にかければ謀略の可能性大として処罰は否決された筈です。大臣はドグラスさんの追放を急いでませんでしたか?」


 そう言われれば、そうだ。斬首になるかもと言われ、急いで裁判をした。そして、追放した後にドグラスを斬首せよなどという意見は一度も聞いていない。


「そっか。そうなんだね」


「はい。今までも大臣は裏で自らの意に沿わない人間を排除してきました。……それはそれとしてエリーサ様、道中暇ですしお勉強しましょう」


「ふぇ?」


 唐突なソニアの話題転換にエリーサは気の抜けた声を出した。


「まずは歴史、それに絡めて政治制度や法制度にも触れて――」


 そのとき、体がぐっと前に揺れた。馬車が止まったようだ。扉が開き、トリスタが話し掛けてくる。


「姫様、ソニア、森の奥に殺気があります。おそらく単なる野盗です。誰か襲われてますね」


「野盗っ! 大変だ、助けないと」


「エリーサ様……ま、見捨てるのも寝覚が悪いし、行きますか」


 エリーサとソニアは馬車から降りる。トリスタが「あっちです」と指差す方に走り出す。

 エリーサとソニアはそれぞれ身体強化魔術を発動し、トリスタは闘気を練って肉体を強化する。


 木々の間を駆け抜け、程なくたどり着く。


 尻もちを付いた少女が一人、倒れた少年が一人、そして荒くれ者風の5人の男達。

 薬草摘みにでも来ていたのか、転がった網籠からハーブらしき葉っぱがこぼれていた。少女の顔は恐怖に染まっている。


「何をしてるんですかっ!」


 エリーサはバッと男達を指さして声を上げた。

 突然の声に男達は驚いた顔を浮かべて身構え、そして声の主が弱そうな少女エリーサであることに気付いてニヤリと笑った。


「何だ? 嬢ちゃん。てかすげー上玉だな、こりゃいい」


「野盗ですか? 悪い奴ですか?」


 エリーサは少女に聞く。


「はい。突然襲われて、お兄ちゃんが斬られて」


 少女は弱々しくも、はっきり答える。


「貴方達は野盗ですか?」


 エリーサは男達にも問う。


「後ろの二人も別嬪べっぴんじゃねーか。こりゃ高く売れるぜ」


「その前に俺らで楽しみましょうぜ」


 問いかけを無視して好き勝手な話を始める男達、エリーサは再度声をあげる。


「野盗ですかっ? 答えないなら、野盗と判断します」


「おうよ。野盗だぜ。たっぷりと可愛がってやるよ」


「トリスタ、やっちゃえ!」


 エリーサの命令にトリスタが「はいっ!」と嬉しそうに頷く。


 次の瞬間、壊れた笛でも吹いたような、高くて掠れた音がした。


「斬首完了~」


 トリスタの声に一瞬遅れて、ボトッ、ボトッと何かが落ちる音がする。


 野盗達の頭部が地面に転がっていた。少女は声も出せず、呆然としている。


「治療しますね」


 ソニアはいつの間にか倒れた少年の所にいた。手をかざして呪文を詠唱し、治癒魔術を発動する。柔らかい光が少年を包んだ。


「これで大丈夫。暫くすれば目を覚まします。貴方はこの辺の村の子?」


「は、はい。そうです。その、ありがとうございます」


「なら村の入口まで送ります」


 エリーサは笑顔で少女の手を取り、引き起こした。


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