第12話 傀儡王女は出発する
エリーサは”お仕事”を終えて自室に戻った。
エリーサの表情は以前より明るい。大臣も回復し、ここ二日程はドグラス・カッセル追放にまつわる抗議やら問題やらの話も届いていなかったので、少し元気になっていた。ハンコも綺麗に押せた。
「ふー、お仕事終わった。抗議も減ってきたし、良かった」
ぽふっとベッドに倒れこむ。
「あーあのですね、エリーサ様……」
ソニアが言い辛そうに口を開く。
「なーに? ソニア」
「大臣がエリーサ様の耳に入れるなって厳命しているんでナイショですよ。ドグラスさん追放の余波は全然収まってないです」
「ふぇっ!?」
エリーサは慌てて体を起こす。
「今日も商業ギルドのお偉いさんが青い顔をして陳情に来てました。ドルカ島の港湾使用料の大幅な値上げを通告されたとかで、何とか対処して欲しいと涙ながらに」
「そんな……」
エリーサの唇がぷるぷる震える。
「そして、昨日に至っては係争地だったミスリル鉱山がスコーネ連合に制圧されてます」
「せ、制圧!? 戦争ってこと??」
心臓が嫌な感じでドキッとする。いくらエリーサでも戦争だと人が死ぬことぐらいは分かる。
「鉱山の警備兵は戦闘せずに降伏したので、戦争と呼ぶかは微妙なラインですね。夜襲を受けて包囲され、ほぼ無血で奪われました」
エリーサは無血と聞いてほんの少し安心する。しかし、少し考えてまた怖くなる。
「ミスリルって凄く高価じゃなかったっけ? あの青っぽい綺麗なやつだよね?」
「純金の3倍ぐらいの価値ですね。上へ下への大騒ぎです。経済への影響が本格的に出始めました」
「わ、私が、私がドグラスさん追放しちゃったからこんな事に……どうしたら……横領のこともみんな冤罪だって言うし」
俯くエリーサ、ポロリと一雫涙が溢れ床に落ちる。
「そうですねぇ。まぁドグラスさんが帰ってくれば概ね解決すると思いますけど……戻るように頼みに行きます?」
ソニアの言葉にエリーサはガバッと顔を上げる。
「分かった。私、ドグラスさん迎えに行く! 責任を取って連れ戻す!」
突拍子もない発言に、しかしソニアは平然と笑う。
「楽しそうですね。行きましょう。トリスタも良いわよね」
「もちろん。お供します」
返すトリスタの声は明るく、そして軽い。
「大臣に知られると邪魔されますからこっそり出ましょう。準備は私に任せて下さい」
ソニアがそう言って胸を張った。
◇◇ ◆ ◇◇
次の夜、普段ならエリーサは眠っている時間だ。
「エリーサ様、お召し物を替えさせて頂きます」
ソニアが手にするのは動きやすそうな紺色のワンピースだ。首元には刺繍で白い模様が付いている。
普段の王族用に仕立てられた服とは違い、裕福な平民が着る水準の服だ。
寝具から着替え、靴も服に合ったヒールのない革靴を履く。
「うん。流石はエリーサ様、何を着ても可愛らしい」
ソニアも似たような濃緑色のワンピースを着ている。
「えへ、ありがと。ソニアも似合ってるよ。なんか姉妹みたいだね」
エリーサとソニアは髪の色などの外見面での共通点は少ないが、柔らかな雰囲気は確かにどことなく似ていた。
「ふふっ、こんな可愛らしい妹が居たら悪い虫が付かないか気が気じゃないですね」
「虫? 寄生虫?」
「えっと、本物の虫じゃなくて……というか寄生虫は知ってるんですね」
ソニアは小首をかしげ「政務に関係しないから?」と小さく呟く。
「ソニア、私も準備完了です」
トリスタは白いブラウスの下に黒いズボンを履き、腰に細身の剣を差していた。
「よーし。書き置きもしたし、行こう。ソニア、トリスタ、よろしくね」
「はい。行きましょう」
言ってソニアは窓を開ける。夜風がふわっと入ってくる。エリーサの部屋は3階だ。
「エリーサ様、細かな魔術制御なら私の方が得意かと思いますので落下衝撃の制御はお任せ下さい。トリスタは五点着地でよろしく」
エリーサは「分かった」と返すと窓枠の前に立つ。隣にソニアが立ち、エリーサと手を繋ぐ。
ソニアの「行きます」の声に合わせて、窓から飛び出した。
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