第3話:黒龍を殺した少女

 ギルドを立てると決めた俺は四年ほど前にメンバーを探すために、一人で旅に出たことを覚えている。

 勿論行く当てなんてなかったし、適当に誰か見つかれば良かったぐらいの精神……見知らぬ土地に一人で向かい、数日ほど彷徨った時に俺はある噂を聞いた。


 曰く、黒龍という存在を殺した少女がいると。

 その少女は、今もどこかで龍を殺して龍を狩るということに狂っていると――興味を持ったわけじゃないし聞いたのも偶然。

 出会うなんて思っているわけもなく、そんな子がいるんだなと思った程度。


『……貴方は、どうして逃げないの?』


 でも、俺はそんな彼女に出会ったんだ。

 ……黒いぼろきれ一枚の幽鬼のような服装の、今にも死に場所を求めるような顔をしたジークリンデという幼い少女に。


『偶然だ偶然、寝てたら乗ってた馬車が襲われたのか気づいたら崖下にいたんだよ』


 虚空のような瞳を浮かべて、何より体中傷だらけで……不思議そうに、何より寂しそうに俺を見る。

 見るからに子供なのにも関わらず、歳不相応に彼女は血濡れていた。


『そう、ここには龍がでるから帰った方が良いよ』


『お前はどうすんだ? 今の話が本当なら危ないだろ』


『だい、じょうぶ。私は強いし死なないから』


『あっそ……でもその傷だったら死ぬぞお前』


 自分の実力を信じてか、いや……この場合それが当然なのか、そう言った彼女に妙にムカついた俺は、少し冷たくそう返した。


『……放置すれば治る。だから貴方は早く上に戻って』


『手当てしてくれたガキ放って逃げるなんて出来るかよ』


 かすり傷程度だが、俺の体にはぎこちなく包帯が巻かれていた。

 状況的に彼女が巻いたものだろし、その恩ぐらいは返さなきゃ気が済まない。それに、自分が傷ついているのに他人を治療するような奴に恩を残すなんて最悪だ。


『…………目の前で死なれたら、寝目覚めが悪いから』


『そうかよ、とりあえずちょっとこっち来い、ちょっと治すから』


『…………?』


『首傾げるのやめろ、これでも俺元ゆう……冒険者だからな』


 心底不思議そうな表情でぼーっと立っている彼女に、見ていられなくなった俺はとりあえず自分が使える魔法を使った。


『ジョブチェンジ――プリースト』


 そう唱えれば、俺の姿が少し変わり聖職者の役割が自分に課せられる。

 これは俺が使える固有魔法、職業という枷を当てはめてその職に適した能力を特化させるものだ。


『ヒールオール』


 そしてそのまま回復魔法を唱えて、俺は彼女を治療した。

 近づいても警戒されるだけだったので、使ったのは範囲回復の魔法。少し余分に魔力を籠めたおかげか、彼女の傷は完全に治りきる。


『……治った?』


『そりゃな、一応これでも強いんだぞ俺』


『そう見えないけど……武器も無いし』


『でも、治っただろ……それよりだ。お前はなんでこんな崖下にいるんだ?』


 色々気になることはあるが、一番に気になってたのはそれだ。

 こんな辺境の、それも誰も来ないような崖下にこんな幼い少女がいるのはおかしいだろう。それにこの谷には白骨化した龍や、死にたてほやほやの竜の死体が沢山転がっている。


『居場所ないから。それに一番……迷惑がかからないから?』


『なんでだ……ってなんか妙な呪いかかってるな』

 

『うん、龍寄せの呪い……黒龍倒したらつけられた』


『へぇ……って事がお前が噂の奴か』


『多分……?』


 自分では分かってないようにそういう彼女、確かに噂で聞いた容姿そのままだが……だからといって、こんな場所に少女が一人でいるなんて正気じゃない。


『なあ寂しくないのか?』


『……慣れた。もう一年もこうだし』


 そう聞けば返ってきた答えはそれだった。

 だけど、その瞳は明らかに揺れていて……。


『…………下がって、龍が来た』


 そして他にも色々聞こうとしたときに、それは現れた。

 見るからに何百年も生きたであろう、巨大な龍種。


 ……それは家一つなら飲み込めるほどの顎を持ち、巨大な羽に赤い体躯を持っている。こんな、少女をこれほどの存在が狙うなんて頭がおかしいが……それほどまでにその黒龍の呪いというのは強いのだろう。


『巻き込んでごめんなさい、でも大丈夫。私は強いから、貴方ぐらいは守る』


『はぁ……ほんと、ムカつくな』


 本当にムカつくな。こんな子供を放置して噂にして怖がってた奴らも、この状況受け入れているこのガキも、何より……こんな優しい子が狙われる状況も。

 何より、たった少しの時間で……彼女を放っておけなくなる自分にも。


『……なに?』


『いや、なんでも。それより、お前の方こそ下がってろ……それに言っただろ? 手当てしてくれたガキ放って逃げるなんて出来ないってさ――来いよモルス、久々の出番だぞ』


 ……呼び出すのは身に宿った聖剣。

 三年連れ添った愛剣は、名を呼べば姿を現して――俺の手元に現れる。


『なぁガキ、お前名前は?』


 俺の聖剣の気配を感じて、明らかに警戒した龍が臨戦対戦に入り咆哮した。

 だけど、その声は俺に届かずただ彼女の名前を聞く。でもこんな状況じゃ答えられないのか、唖然とした表情だけを浮かべてしまった。


『……まぁ、なんだ今までよく頑張ったな――お前、今日から俺のギルドに来いよ』


 迫る龍の顎、それは俺を食い殺そうと迫ってきたが、食われる直前に俺は剣を振り、そいつを両断した。


『貴方……何者?』

 

『通りすがりの新米ギルドマスターだ。で、どうだ? 俺のギルドに来てくれるか?』


 そんな出した俺の手を、恐る恐るとろうとする彼女。

 そして躊躇いながらも、彼女は俺の手を……取らなかった。


 それが彼女との……ジークリンデとの出会い、初めて俺がスカウトしたギルドのメンバーになる少女との思い出。


――――――

――――

――


「……マスター? ねぇマスター?」


 深夜のこと、誰かに揺すられ目を覚ませばジークと目が合った。

 心配そうに此方を見る彼女からは、龍に狂った様子を感じられず……なんというか昔見た表情そっくりだ。


「あぁ……ジークか」


「えぇ、ちゃんと今日も帰ったわよ! ……まあ夜だから、声は抑えるのだけどね」


「そうしてくれると助かる。それより龍はどうだった?」


「そうね、今回のはかなり強かったわ! 鉱石の体の龍でね、すっごく堅かったの」


 対峙した龍がかなり強敵だったのか、興奮した様子の彼女。

 夢で見た昔の様子とは違う彼女に、少しくすりと笑えば、彼女は不思議そうに首を傾げる。


「なんで笑うのかしら?」


「なんでも、それよりジーク……今楽しいか?」


「……なんでそんな事聞くの? それは勿論よ」


「そうか……それとお帰り、今日もお疲れ様だ」


「えぇ、私はずっと貴方の元に帰るもの」

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