第2話:【龍殺し】ジークリンデ・クリームヒルト
「……うわぁ、でっか」
なんかもう色々言いたくて、何よりそれを見た瞬間に感情が死んで……俺はただそんな一言しか出すことが出来なかった。
目の前に置かれたのは……あまりにも大きすぎる地竜の死体。
首と胴体が綺麗に泣き別れたそれがギルド前に置かれているせいで、周りの視線がとても痛い。
「ふふマスター。ちゃんと帰ったわ」
そして、その死体の前で唖然とする俺に声をかけてくる白銀の髪をした美少女。
戦いとはかけ離れた黒いドレスに身を包み、無表情ながらもピンクパールの瞳を輝かせる彼女は龍の頭を片手で持ち、もう片方には黒く禍々しい大剣を握ってる。
彼女の名前はジークリンデ・クリームヒルト。
龍殺しの二つ名を持つ、ギルドの初期メンバーで……俺が抱える問題児の一人だ。
「そうか……思ったより速かったなジーク」
依頼書を見る限り、二から三日は離れた場所で暴れてるようだったのにまさか夕方頃に帰ってくるなんて思ってなかった。
もうちょっとゆっくり出来ると思ったのに、マジで速くない? 依頼に行ってから半日も経ってないぞ?
「貴方にどうしても速く見せたかったの――ねぇ、マスター? 私の事を褒めてくれる? 今日もちゃんと龍を狩ったわよ、また首を刎ねたわ! しかもね今日はとても綺麗に斬れたのよ!」
「よくやった……な。うん、相変わらず強くて俺も安心だ――さすがうちのギルドの龍殺し」
「えぇ――えぇ! 私はマスターの剣だもの、このぐらい当然よ」
ちょっと引きながらも俺は彼女を褒めたのだが、それだけで彼女は犬の耳を幻視するほどに上機嫌となった。最早尻尾すら見えそうなくらいに普段は無表情な彼女は破顔したのだが、竜の首を持った美少女の笑顔という光景は結構危ない気がする。
どう見てもスプラッタ一歩手前というか、それそのもので……いつまでも地竜の死体をギルド前に置いておくのはイメージがより悪くなるだろうし。
「とりあえず、竜を運ぶの任せていいか? 解体は後で俺がやっておくからさ……」
「なんで? マスターにそんな仕事を任せられないわ――それにこれの解体の適任は私でしょ?」
「いや疲れてるだろ? 流石のお前でもこの大きさの地竜には苦戦しただろうし」
「私の事を心配してくれるの? やっぱりマスターは優しいわね、でも大丈夫、これと同じようなものならあと数百匹は狩れるわよ?」
いや、そうじゃなくてお前に解体を任せると血に興奮して途中で他の竜を狩りに行くから……などと言いたかったが、上機嫌な彼女にそれを言えるわけがなく俺はその言葉を飲み込んでなんとか軌道修正する。
「頼むジーク、俺はあんまりお前に無茶をかけたくないんだ。お前が倒れたら心配だし、傷つくのは見たくないんだ」
本音を言えば此奴が向かう依頼って竜種かそれこそ龍殺しのみだから、どれも依頼が高額で――すっごく簡単に言えば、色々後始末が面倒くさい。
あとは純粋に、いくら強い此奴でもこの世界では死ぬときは死ぬので、長年一緒に過ごした仲間として傷つくのが見たくないってのがあるけど……。
「やっぱり貴方は変わらないわね、いつも私を心配して……でも、そういうことなら分かったわ。今日は任せるわね」
「あぁ任せてくれ」
そういう事なので、地竜を運んだ後に一息つき、それの解体を終わらせてギルドの酒場で休んでいる時だった。
依頼が届く魔道具に新しい依頼が送られてきて、誰よりも先にジークがそれを受け取ったのだ……その瞬間に過るのは嫌な予感、恐る恐る彼女の方を見れば……彼女は歓喜の表情を浮かべ――。
「ねぇマスター! 新しい龍殺しの依頼よ! ――ねぇ行ってもいいわよね? いいえ貴方のために殺してくるわ、そしてまた帰ってくるの! 私のたった一つの居場所の貴方の元に!」
そしてそのまま興奮した様子で大剣片手にギルドの外に出て行ってしまったのだ。
ジークリンデ・クリームヒルト。龍殺しの二つ名でこの国に名を轟かせる彼女は、龍狩りを生業とする名家に生まれた女性であり、龍を殺す事に関してはあまりに特化した人物だ。
「いって――らっしゃい」
そしてもう一つの名を龍狂い……龍を殺す事のみに執着した英雄級の実力者。龍殺しの依頼を見た瞬間に周りが見えなくなり、何を捨ててでも龍を殺して帰ってくる俺のギルドの問題児。
聞く限る地竜は弱かったから良いが、少しでも強い龍と当たった瞬間に彼女は周りが見えなくなり……毎度の如く更地を作って帰ってくるのだ。
「……頼む、頼むから平原崩壊とかやめてくれ」
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