生態調査

「まずは、そうね。あなた達、どうして王国語が話せるの?」


 最初の質問は、何故王国語を話せるのかについて。

 三日間話してきた所感であるが、キノコ亜人達の王国語は、少々幼児的である事と敬語の扱いが変なのを除けば、大きな問題はない。語彙も豊富であり、知らない単語も説明すればちゃんと理解する。感情的で頭のおかしい人間より、遥かに理性的な会話が可能だ。

 これは王国語全般に対してだけでなく、人間自体への理解がある事も意味する。ある程度人間に詳しくなければ、人間的な会話のやり取りなど出来ないのだから。辺鄙な無人島にいたというのに、どうしてそこまで人間に詳しいのか。

 数百年前の聖教全盛期なら、神の威光だなんだと説明付けしただろう。つまり人の下僕としてこのキノコ亜人は作られた、だから人語を喋るのだと。だが科学文明真っ盛りの時代を生きるシャロンは、そんな非科学的説明では納得出来ない。


「むかし、ともだちがおしえてくれたです」


 そしてキノコ亜人の説明は、多少はシャロンを納得させるものだった。


「友達?」


「にんげんのともだちです。むかし、ぼくらのところにきたです」


「昔人間が来た……遭難者って事ですかね?」


「多分そうだと思う」


 自分達以外にも遭難者がいた。

 驚くべき情報だが、あり得ない話ではない。シャロン達が乗っていた船も、嵐によってあの島に流れ着いた。あの島は、海流や風次第では普通に辿り着ける場所にあるのだろう。

 ただ、シャロン達が島を脱出出来たのは準備が良かったからだ。船に修理用の部品を積み、それを使える人員がいた。そしてこれが可能だったのは、文明の発展により船の性能が向上し、余裕ある生活のお陰で船員に高度な教育を受けさせられたからである。何かが欠けていれば、シャロン達はあの島で一生過ごさねばならなかった。水も食べ物もない島で、だ。

 もしも現代よりも遥か以前、船が小さく船員も荷物も少ししか積めなかった時代に流れ着いていたなら……


「……そのお友達はどうなったのかしら?」


「いなくなったです」


「何時頃?」


「わからんです」


 返ってきた答えは、やや血の気の引くもの。

 何時かは分からないが、いなくなった。だというのにこのキノコ亜人達は、なんら心配もしていない。『いなくなった』としか理解していないのだ。環境などを考慮すれば、恐らく遭難者は飢えや脱水で死に、その身体が朽ちたというのに。

 同時に、キノコ亜人達の『死生観』が少し理解出来た。彼等はどうも死の概念を持ち合わせていない。友達が死んでも、それは『いなくなった』だけ。そして二度と会えない事に、寂しさも悲しさも覚えない。

 これなら仲間が船で連れ去られた時、島にいるキノコ亜人が騒がなかったのも頷ける。彼等は仲間こそ認識出来るが、その減少には頓着しないのだ。誰かが何処かに行っても『いなくなった』だけ。気にする事はない。自分自身すらその範疇であり、だからこそ食べられる事にも恐怖さえしないのだろう。

 友達という人間的な言葉を使いながら、その内心は人間とは程遠い。その差に得体の知れない不気味さを感じる。

 感じるのだが……


「(そもそもキノコに何期待してんだって話なのよね…)」


 キノコが人間の情緒を理解するだろうか?

 するに決まっている! と答えられる者は、極めて稀だろう。人間的かつ友好的な受け答えをしているので勘違いしてしまったが、相手は動物どころかキノコなのだ。死生観が違っていても仕方ないし、キノコに人間らしい感性がある訳もない。

 勘違いしていた自分が悪いと、俯き、シャロンはため息一つ。思考を切り替えて、別の質問を行う。


「分かったわ。じゃあ、私達人間を助けてくれたのはなんでかしら」


「にんげん、ともだちです。ともだちとはなかよくするです」


「どうして人間は友達なの?」


「みんななかよくだからです」


 今度は人間に友好的な理由を尋ねてみる。キノコ亜人は淀みなく答えてくれたが、どうにも今度は明確なものではない。

 言葉の意味は、みんなと仲良くするのが当然だから人間とも仲良くする、という事だろうか。

 まるで「学級のみんなは友達ですから仲良くしましょう」と言い聞かせられた低学年児のようだ。或いはその通りかも知れない。誰かと仲良くするのは当然という純朴な考え方……大人になると失われる理想論を、このキノコ達は持ち合わせているのか。


「成程ね。ところであの島には、友達は何人ぐらいいるの?」


「たくさんです」


「たくさんって、具体的にはいくつ?」


「かぞえたことないので、わからんです」


 そのたくさんの友達の人数もろくに把握していないのだが。

 とはいえ数に頓着しないのは、先程の問答でも予想済み。これは然程驚きではない。

 次に訊いてみるのは、そのお友達の増やし方。

 即ち、繁殖方法だ。


「そう。じゃあ次の質問だけど、あなた達はどうやって増えるのかしら?」


「はえるです」


「生える?」


「いろいろなとこからはえるです。みんなはえて、うまれたです」


 丁寧に話してくれたが、いまいちシャロンには納得出来ない。

 決して想像出来ない訳ではない。

 キノコと言えば、地面や枯木から生えてくるものだ。そういう意味で言っているのだとしたら、実にキノコらしい。

 しかしキノコ亜人は、一応は亜人である。ある程度の知能を持ち、身体能力にも優れている。普通のキノコよりも余程高等だ。そんな存在が、木や地面からポコポコ生えてくるというのは、些か信じ難い。亜人達でさえ胎生、つまり人間と同じように赤子を産むのだ。いくらキノコでも、もう少し『高等』な増え方をしそうなものである。

 今までの言動から、キノコ亜人が嘘を吐くとは考え難いが、すんなりとは受け入れられない。


「(まぁ、でもそれは王国帰還後に調べれば良いわね)」


 もう船に乗せる事は出来たのだ。そういった時間の掛かりそうな実験は、今後じっくりと出来るだろう。

 仮にこの言葉が本当だとすれば、これは革命的な発見だ。木材か何かを用意すれば、キノコ亜人は『養殖』が出来る事になる。しかも人に従順なため、反乱される危険性も少ない。成長速度次第だが、農業のように産業化出来るのではないか。

 増大する王国の奴隷需要に、あの小さな島一つで応えられるかも知れない。いや、それどころか王国内に奴隷の安定供給地を作れるのではないか。それは王国に更なる繁栄をもたらすだろう。

 しかし、そうなると心配なのは彼等の精神面だ。


「あそこにいた、たくさんの仲間達みんなが生えてきたのね。今ここにはあなたしかいないけど、寂しいとか感じてるのかしら?」


 何時でも何処でも仲間が生えてくるなら、孤独なんて感じた事はないだろう。だとすると、一体だけにするのは精神的に負担となるかも知れない。

 シャロン達の前にいる個体は他の仲間と引き離してまだ一時間も経っていないが、それさえキノコ亜人にとってどの程度苦痛かは不明だ。人間的情緒がないとはいえ、「みんなと仲良くしたい」存在にとって、孤独は極めて辛いだろう。

 そんなシャロンの心配を、果たしてキノコ亜人はどう思ったのか。しばし黙ってしまう。


「さみしくないです。ここ、ともだちいるです」


 ややあって返ってきた答えは、予想と異なるものだった。


「友達がいる?」


「俺達の事じゃないですか? 人間も友達みたいですし」


「ちがうです。ぼくらのともだちです」


 疑問に思うシャロンに船員が自身の考えを述べるも、キノコ亜人はこれを否定。『自分達』がいると語る。

 一体それはどういう事なのか。意図が読み切れず、シャロンと船員はつい互いの顔を見合ってしまう。


「あそこにいるです」


 まるでその間抜けな様子が見てられないとばかりに、キノコ亜人はある場所を指差す。

 言われるがままシャロン達が見た先は、シャロンの自室の壁。木造船の部屋だから、当然木の板で出来ている。

 その板から、ぽこんと小さな赤キノコが生えていた。

 ――――そう、キノコだ。

 キノコが生える事自体は不思議ではない。古ぼけた木にはキノコが生えるもので、それは板材だろうと例外にはならない。

 だがそのキノコの大きさは、掌よりもずっと大きい。そしてキノコの存在をシャロンは今日、今この瞬間に知った。ここまで大きなキノコを今まで見逃していた? 確かにシャロンは念入りに部屋の壁を見て過ごしてはいないが、だが掃除は定期的にやっている。もっと前に気付いていなければおかしい。

 挙句そのキノコがぷるぷると震え、大きく仰け反るように動くのは異常。


「こんにちはです」


 そしてキノコは、さも当然のように挨拶をしてくる。

 ぞわぞわとした悪寒が、シャロンの背筋を掛ける。傍にいる船員も、恐れるように後退りした。

 あのキノコは間違いなくキノコ亜人だ。

 つまりキノコ亜人は、この船の材木を『苗床』にして繁殖を始めているらしい。


「な、な、何をしたんだお前!?」


 この事実を理解した船員は、キノコ亜人に問い詰める。怒気を孕んだ声をぶつけられ、しかしキノコ亜人は怯えた様子一つ見せない。


「これでともだちふえたです。さみしくないです」


 むしろ当たり前の事を聞くなと言わんばかりに、ハッキリと答える始末。

 ――――キノコ亜人は船員と比べれば弱い。

 しかしそれは一対一での話だ。船長曰く、キノコ亜人は三体で船乗り一人分の労働力になるという。戦闘力にも同じ事が言えるなら、三対一になれば船乗りとも互角に戦える計算である。

 短期間でどれだけ増えるかは分からないが、船中の材木を苗床にして至るところから生えれば……船員二十名の三倍、六十体なんてあっという間だろう。


「(お、落ち着くのよ。あの子達に敵意はない……それは今までの会話からも明らかじゃない)」


 悪い考えに支配されそうになるのを、シャロンは理性で抑え込む。ここで感情的になっても状況は打開しない。むしろ悪化させる可能性が高い。

 キノコ亜人に敵意はない筈。人間は友達だとも言っている。なら友達からお願いすれば、向こうも話を聞いてくれるのではないか。


「わ、分かったわ。一匹だけで連れ出しちゃったから、寂しかったのね。でももう増えたなら、これ以上は止めてほしいなーって……」


 相手の機嫌を損ねないよう、穏便な言葉で頼み込む。


「? ともだちふえる、いいことです。なんでやめるです?」


 そのお願いは、キノコ亜人にとっては考えてもいなかったものらしい。

 質問を返されるとは思わず、シャロンは一瞬息を詰まらせる。とはいえわざわざ尋ねてくるという事は、この考え方に拒否反応がある訳ではない筈。言葉遣いも心底不思議そうなだけで、嫌悪などは感じられない。

 ちゃんと説明すれば、増殖を止めてくれるのではないか。例えば板材を苗床にすると船の耐久が落ちて危ない、という理由ならばキノコ亜人にとっても無視出来ないだろう。この問題は解決可能だと希望を抱く、が、その希望はあっさりと打ち砕かれた。

 他ならぬ、シャロンの護衛である船員の手によって。


「口答えするんじゃねぇ! いいからお嬢の言う事を聞け!」


 激しい怒号で、船員はキノコ亜人を叱り付けたのだ。


「ちょ、お、大きな声出さないで……!」


「お嬢は亜人に甘過ぎます! 奴等は優しくするとすぐ付け上がるんですから、これぐらい強く言うべきです!」


 止めようとするシャロンだが、船員は改める様子がない。

 実際、普通の亜人であれば船員のやり方で良い。怒鳴り付け、威圧すれば、とりあえず言う事を聞くだろう。最悪殴ってしまうのも、短期的に従わせるだけなら『良い手』である。

 しかしこのキノコ亜人の場合、それでは駄目だ。何時増殖したのか分からない以上、機嫌を損ねれば密かに増えようとするかも知れない。何より、少なくとも表向きキノコ亜人は友好的である。この関係を崩すのは、今後悪影響を残しかねない。


「余計な事しないでって言ってんの! 私にも考えがあってやってんだから!」


 その考えを無下にされては、シャロンとしては不愉快。つい、強い言葉を使ってしまう。

 無論相手は船員に向けて、である。キノコ亜人を威圧する気はない。

 高度な会話能力を持つキノコ亜人であれば、その言葉が自身に向けられたものでない事はすぐに理解してくれるだろう。シャロンが心の片隅で抱いた願望を、キノコ亜人はちゃんと汲んでくれた。


「ふたり、けんかしてるです?」


 汲んだ上で、返ってきたのは予期しない問い。


「……え?」


「けんか、よくないです。なかよくするのがいちばんです」


「えっと、それは、そうね。うん、ケンカは良くないわ」


「ぼくら、おてつだいするです。みんななかよくするです」


「みんな、仲良く……?」


 どういう意味なのか。キノコ亜人の真意を測りかねるシャロンだったが、答えはすぐに示された。

 部屋の壁の至るところから、キノコ亜人が生えてくるという形で。


「なかよくです」


「なかよくするのです」


「ともだちになるのです」


「ぼくらのともだちです」


 ぽこん、ぽこんと、次々と壁から生えてくるキノコ亜人達。数は一体二体ではない。十を超え、二十は生えているだろう。

 大きさも疎らで、掌ほどの小さなものもいれば、五歳児ぐらいの大きさのものまで様々。しかしどれも語る言葉は友達だの仲良くだのと、同じ事ばかり。

 どうやらキノコ亜人は人間達のケンカを止めたいらしい。そのために『何か』をするつもりのようだ。

 なんともお節介焼きな種族だ。余裕があればシャロンはそんな軽口を叩いただろう。生憎、二十以上の亜人に囲まれている状態で余裕を感じるほど、シャロンは自分の力に自惚れていないが。

 何をする気なのかは分からない。分からないが、このままでは不味いと直感的に思う。


「……逃げるわよ!」


「へ、へいっ!」


 息ぴったりに走り出し、部屋の外に出ようとするシャロンと船員。人間から見れば、二人はもうすっかり仲良しだ。

 だがキノコ亜人的には不十分らしい。

 次々と壁から分離したキノコ亜人達は、逃げ出したシャロン達の後を猛然と追うのだった。

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