奴隷商人
亜人は人類よりも『下等』である。
奴等は獣の特徴を持っている。よって神の写し身である人間と違い、野山を駆け回る下賤な獣に近い。
神の写し身である人間は、野山の獣と同じく亜人も導かねばならない。
……王国が建国された数百年前、当時国教とされていた聖教の教えである。
熱心な聖教信者は今でもこの教えを信じているが、シャロンのような一般的な(結婚式や葬式などの行事を聖教式でやる程度の)信者はその裏を察している。つまり亜人を奴隷化し、労働力として使うための方便だ、と。或いは昔は本気でそう信じていたかも知れないが、現代人は方便として使っているだけ。野蛮で下等だとは思っているが、神云々ではなく、人間の方が生物的により進化した存在だと考えているからだ。無知な昔とは違う。
実際、この方便は国を大きく成長させた。亜人を労働力として使う事で、使わなかった国よりも経済規模を拡大。浮いた労働力を軍事研究などに注ぎ込む。向上させた軍事力と経済力で周辺国を占領し、今や王国は大陸一の巨大国家へと成長した。亜人に社会的問題を押し付けた事で、女性や子供も暮らしやすい世界有数の『人権大国』にもなっている。
教義が形骸化した今でも、王国は奴隷制で成り立っている。つまり奴隷需要があり、安定的な供給が必要だ。このためには奴隷狩りの雇用安定、販売経路の管理などが欠かせない。
そういった奴隷産業の大手が、シャロンの一族が担う仕事である。今回の航海も新大陸で捕らえた
「あの嵐で、どのぐらい亜人達は駄目になったのかしら」
「さっき数えたが、二体死んだ。ガキだったからな、檻の中で他の奴等の下敷きになったんだろう。大人にも怪我した奴がいるから、何体かはそのうち死ぬだろうな」
「あら、残念。でも、だったら尚更あのキノコ亜人は連れて帰りたいわね……」
子供の死にも然程感情は揺れ動かず、淡々とシャロンは語る。
いくら言葉を話そうが、シャロン達の認識では亜人は動物だ。経済動物が二頭死んだところで、可哀想だとは思うが、それで心を痛めはしない。痛めていたらこの仕事は出来ない。
何より奴隷がいなければ、王国経済は最早成り立たない。王国に生きる人間の生活を守るためにも、十分な数の奴隷供給は必要だ。
『損失』分を補うためにも、キノコ亜人を奴隷として連れていきたい。
「あと、此処を新しい奴隷供給地にしたいし」
「独占したいのか?」
「それもあるけど、ちゃんと管理したいのよ。雑な業者に乱獲されたら堪ったもんじゃないわ」
王国にもかつて亜人はたくさんいた。それがいなくなった原因は明白で、亜人の自然増を上回る勢いで捕まえたからだ。
数百年前の当時は生き物の絶滅などろくに考えず、取れるものは好きなだけ取るべきという考えが主流。しかしそれをした結果主大陸の亜人は壊滅し、わざわざ危険な海路を通り、遠くの新大陸から亜人を捕まえねばならなくなった。
今でも悪質な業者は、亜人の乱獲を行っている。それだけ王国内の奴隷需要が高まっているのだが、では新大陸の亜人を狩り尽くせばどうなる? 次なる新天地に亜人がいる保証はない。いたとしてそこでも乱獲したなら次は? いずれ世界から亜人は枯渇するだろう。奴隷供給が途絶えれば、王国経済は破綻する。
『養殖』という手もあるが、獣と違い亜人は知恵を持つ。一ヶ所に集めれば反乱を企てるかも知れない。そもそも亜人の成長は人間と同程度に遅く、一度に産む子供の数も一体だけ。経済的に成り立つものではなく、『狩猟』に頼るしかない。
よって適切な資源管理が必要なのだが、それでも乱獲が危惧されるほど、今の王国は奴隷を求めている。今も王国人口は増え続け、経済成長が鈍る気配がない。二十年後には奴隷資源の管理体制が意味を為さず、五十年後には奴隷不足から王国経済が破綻するという研究報告もある。
新しい奴隷供給地があれば、その破綻を十年先延ばしに出来るかも知れない。伸びた十年で対策が編み出されるかも知れない。
「この発見は、王国の未来を左右する……ちょっと大袈裟かも知れないけどね」
「……流石はお嬢。俺等と違い、国の将来まで憂うたぁ、立場ある人は違う」
船長は皮肉交じりにも聞こえる言葉を返す。
皮肉だとしても、仕方ないと思う。一般労働者は自分の日々の生活だけで精いっぱいだ。国の、しかも十年二十年先の未来を心配する暇などない。
貴族の娘という『ボンボン』だからこそ出来ると言われれば、シャロンには否定出来ない。
「国のために協力出来るなら、是非とも俺等を噛ませてくれ。もしかしたら、本に名前が載るかも知れないからな!」
だからこそ船長のこの言葉が、とても頼もしく思えた。
「……! ええ、きっと載るわ! 救国の英雄ね!」
「よっし、なら作戦決行は船が直ってから……と言いたいが、一つ試したい事がある」
「試したいこと?」
シャロンが尋ねると、船長は答えずに歩き出してしまう。シャロンは慌ててその後を追う。
船長が向かった先にいたのは、五体のキノコ亜人。ゴミとして捨てられる廃材を、船の外へと運び出すところだった。
「おい、キノコども。少し良いか?」
「はいです」
「なんです?」
「なにするです?」
「お前等、しばらく船にいろ。島には帰るな……この命令が聞けるか?」
「ふねにいるです?」
「かんたんです」
「それがつぎのおしごとですか?」
「ああ、次の仕事だ。やってくれ」
「わかったですー」
「やったるですー」
船長と数言会話すると、キノコ亜人達はなんの疑いもなく船へと戻る。そして言われた通り、島に帰ろうとする素振りさえ見せず船の甲板に留まっていた。
「よし。これで五体は捕まえたな」
その様子を見て、船長は満足げに独りごちる。
あまりにも呆気ない捕まり方だ。
しかし相手の知能が幼子程度と考えれば、さして不自然でもない。幼児誘拐の手口など、言葉巧みに人気のない場所へと連れ出すのが定番なのだから。人間の誘拐犯などいなかったであろうこの地では、そんなやり方自体知らなくても無理ない。
こうなると、更にたくさんのキノコ亜人を捕まえるのも苦労はしないだろう。
「どうする? あの何体か必要か?」
「……そうね。あと五体、持ち帰りましょう」
「分かった」
船長は頷き、別のキノコ亜人達に話し掛ける。彼が指示した通りに、キノコ亜人達は船へと向かう。
実に純粋だ。疑う事を何も知らない。
「(……ああも純朴だと、少し罪悪感が湧くわね)」
反抗の一つもされないと、キノコ亜人の心に付け込んでいるようで少し居心地が悪くなる。
尤も、だから彼等を自由にしようとは、微塵も思わないのだが……
その後三日間は、とても順調に事は運んだ。
キノコ亜人達は従順で、言えば大抵の指示は従う。幼児レベルの判断力なので難しい事は分からないが、荷運びであれば持ち前の数と力でせっせとやってくれた。
また十体ほどの船上に留めさせたが、特段活動に問題はなさそうだった。それどころか水も酒も飲まず、休みも殆ど必要としない。一度だけ食べ物を欲したが、船員の食べ残しで満足していた。食べると言っても身体に押し込み、取り込む形であるが。なんにせよ燃費も人間よりずっと良い。
更に、仲間が十体船上で囚われているが……島のキノコ亜人達は特段心配した様子もない。挨拶に来る事さえなく、あまり興味を持っていないようだ。連れ去る側としてはやりやすくて助かる。
「……ふぅ」
三日間の観察記録を日誌に書き込み、自室にてシャロンは一息吐く。
有意義な結果が得られた。
正に奴隷として働くためのような生物だ。数百年前なら、神からの捧げ物として遠慮なく捕まえ、乱獲により絶滅させただろう。
今の人類はそこまで愚かではないが、一部の人間は亜人以下の知能しかなく、刹那的儲けのため乱獲を行う。その愚かな人類にさえ抗えない、下等な亜人を守り、維持管理するのもまた、貴族たる自分の役割だとシャロンは気持ちを引き締めた。
「……そろそろかしら」
壁に掛けてある時計を確認。時刻を見て、待っていた時間が来たと察する。
そう。今日は島から船が出る日。
無事修理を終え、いよいよ王国に帰る事が来たのだ。キノコ亜人というとびきりのお土産を片手に。天候も良く、波も穏やか。それでいて無風ではなく、向きも好ましい。船長曰く絶好の船旅日和との事。天から祝福されているようだと、ろくに信じてもいない神に船長は大仰に感謝していた。
日誌を閉じ、部屋から出たシャロンが向かう先は甲板。
シャロンが来た時には、もう船員と船長は甲板の上に並んでいた。それと船に留まれと命令されたキノコ亜人達が今もそこにいる。
船長はシャロンの姿に気付いたが、シャロンは気にしないでという意図を込め、軽く手振り。果たしてこれで気持ちが通じたかは分からないが、船長はシャロンを一瞥するだけで特段話題にはしない。
「よし! 野郎共準備は出来たな! 出発するぞ!」
「「「おおおおおーっ!」」」
船長の指示に応じるや、船員達は駆け足で持ち場に向かう。
何人もの船乗り達が船上にある縄を引く。すると今まで折り畳まれていた帆が広がった。
帆は風を受け、此処から生み出された推進力により船が動き出す。最初はゆっくりと、けれども徐々に加速していき、ついには今まで隣接していた島から離れる。
遠ざかる島の姿をシャロンは見つめた。島にいる大勢のキノコ亜人達は、集まる事もなくのんびり暮らしている様子だ。船に残された仲間がいるとは、思ってもいないのだろう。
船にいるキノコ亜人十体も、騒ぎもしなければ不思議がる事さえない。言われた通り甲板の上に留まり、仲間内でわいわい話し合うだけ。
船と島が遠く離れても、彼等はそれに気付いた様子もなかった。間もなく島は見えなくなりそうだが、船上のキノコ亜人達は見送ろうともしない。
「おい、キノコ達。次の仕事をするぞ」
「しごとです?」
「やるですー」
「にもつ、はこぶです?」
それどころか自分達を連れ去った船員に仕事を命じられると、嬉々としてこれに従う。何か疑問に思った様子さえなく、島にいた時と変わりない。
この調子であれば王国内でも従順に働いてくれるだろう……と、期待は出来る。
しかしそれは、今の彼等が立場を理解していないからではないか。
人間だって、生まれたばかりの頃は純粋で従順だ。だが成長するに従って様々な事を知り、自らの権利を訴え、不当を批判する。人間ではない亜人を奴隷扱いするのは『妥当』だが、知識を得れば生意気な子供よろしく色々騒ぐかも知れない。また、単純に今は島から連れ去られたと気付いていないだけという可能性もある。知った時、どんな反応をするかは未知数だ。
それにキノコ亜人にはまだ謎がある。
例えば、何処で王国語を学んだのか。この三日間船員とキノコ亜人達は船を直すための仕事に注力しており、またシャロンも商品である亜人の損失額や、船の修理代、キノコ亜人の商品価値計算などの事務仕事に追われていた。
要するにキノコ亜人自体の研究が足りていない。商品化するには、商品についての知識が必要だ。
「ねぇ、ちょっと良い? そこのキノコ亜人を一体借りたいんだけど」
「ん? ええ、お嬢の頼みであれば構いませんよ。九匹もいれば事足りますから。ただ、船長にも報告してくださいね」
「それは当然ね。船にいる間は、一番偉いのはあの人だし」
シャロンは
どれだけ高貴な貴族でも、海の上ではただの素人。安全な航海をするためにも、船長の意向に歯向かう事は許されない。時折そこを理解していない駄目貴族もいるが、シャロンはちゃんと分かっている。幼い頃から父にたっぷり教育された賜物とも言えよう。
その後シャロンは船長からも許可を取り、キノコ亜人を一体借りた。ついでに『護衛』として(特に親しくしている)船員も一人借りる。キノコ亜人と船員を連れ、シャロンは自室へと戻った。
「さて。それじゃあ研究、という名の聞き取り調査をしましょうか」
「なにか、きかれるです?」
自分だけ部屋に連れ込まれても、キノコ亜人は気にもしない。
この態度が、果たして質問によって崩れるのか、はたまた変わらないのか。
他の亜人とあまりに違うがために予想が付かない。それ故に知的好奇心が刺激され、シャロンは小さく微笑む。
もう何処にも、逃げ場はない。
そんな悪者のような考えに自嘲しつつ、シャロンは早速一つ目の問いを投げ掛けてみた。
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