未知との遭遇
どう見ても、それはキノコだった。
真っ白な柄を持ち、赤い傘がある、とてもキノコらしいキノコだ。絵本に出てくる擬人化したものと違い、目や口など顔の部品は一つも見当たらない、完全なるキノコ。ただ、大きさは五歳児ぐらいありそうだが。
柄の部分からは小さな手足が生えている。手足は短く、指は四本あるのだが爪は見当たらず、攻撃的な印象は一つもない。足があるのだから走ってもおかしくないが、あんなに短くてはよちよち歩きの幼子程度が精々か。恐らく追われたところで逃げ切るのは簡単だろう。
そんな人型キノコが、大きなキノコの影からこちらを見ていた。顔がないので視線なんて分からないが、シャロンは見られている気がした。
「……えっと……」
まさかキノコがいるとは思わず、シャロンは呆気に取られる。
或いは前から生えていたのに、それを忘れてしまった結果驚いたのか――――キノコが背後に現れた『合理的理由』を考え、突然キノコが現れるよりは遥かに確率が高いとも思う。
が。
「わ。わわ、わ。わぁ」
キノコは喋った挙句、手足をパタパタ動かしながら右往左往。最後はばたんと倒れてしまった。
明らかに自分の足で動いていた。シャロンはハッキリと目にした。
目にしたが……それにしても、動きが鈍い。鈍臭いという方が的確か。とりあえず敵意がなさそうなのもあって、異常さに対して恐怖心も湧かない。
そんな事もあって、ついついシャロンは現れたキノコの方に歩み寄ってしまう。
「えっと……」
声を掛けた方が良いのだろうか。悩んでいる間に、キノコはむくりと自力で起き上がる。
それからシャロンの方を振り向くと、もたもたと立ち上がり、シャロンと向き合う。
「よもやあなたは、にんげんですかー?」
次いで、なんとも緊張感のない問いを投げ掛けてきた。
やはりキノコに口は見られず、何処からどうやって話しているか分からない。だが、流暢ではないものの、その言葉はシャロン達が使う王国語だ。声は幼子のように高くしなやか、それでいておっとりしていて可愛らしい。
シャロンは思う。よもやこれは、キノコ型の『亜人』なのだろうか?
亜人というのは、基本的に人間には敵対的だ。だがこのキノコはこうして向き合っても、敵対的な反応は見せてこない。やはり敵意はなさそうだとシャロンは思う。
とはいえどう回答するべきか。そもそも答えて良いのか。様々な疑問が脳裏を過るが、答えを出す暇はない。
「おらぁっ! うちのお嬢に手を出すな!」
船員の一人が、武器を持ってシャロンとキノコの間に割って入ったからだ。
厳密にはシャロンは服を捕まれ、無理やり後ろに下げられた。船員は持っていた武器(といってもボロボロの板。恐らく交換した船の部品だろう)を振り回す。
キノコは船員の攻撃が避けられず、打撃を受けて吹っ飛ばされた。ごろごろと薄紫の地面を転がり、かなり離れた位置でむくりと起き上がる。
「どうしたです?」
キノコは、痛がる様子も苦しむ様子もなく、不思議そうに尋ねてきた。
どうやら先程の打撃は、あまり通じていないらしい。
「大丈夫かっ!?」
「先走りやがって!」
そうこうしている間に、更に二人の船員が駆け付けてきた。二人は武器を持っていないが、いずれも屈強は船乗り。その拳だけで、鍛えていない人間なら簡単に倒せるだろう。
相手の実力は未知数だが、大きさや動きの鈍さからして然程強くなさそうである。余程の事がない限り、この謎キノコ一体だけなら集まった船乗り三人でも勝てるだろう。
……この一体だけなら。
「どうしたです?」
「さわがしーのです」
「どしたのどしたのですー」
騒ぎを聞き付けたのだろうか。一体何処に隠れていたのか、無数のキノコ達が現れたのだ。
しかも五体十体なんてものではない。何十、或いは百を超えるのではないかと思うほどの大群だった。あまりの数に、勇んでやってきた船員三人も顔を青くする。逃げ出さないのは海の男としての意地か、はたまたキノコ達が子供ぐらいの大きさしかないからか。恐らくは両方の理由だろう。
それに弱ったところを見せれば、好機と思われ攻め込まれてしまう。だからこそ船員達は強気な、戦う意志を見せる事は止めない。だが数で劣る以上、迂闊に手を出せない。
そうして緊迫する船員と違い、シャロンはある意味余裕があった。庇われ、守られる側だからこそ見える。
キノコ達に全く敵意がない、と。
「……ねぇ。あのキノコみたいな亜人、こっちを攻撃する気なさそうなんだけど」
「お嬢、何を言ってるんですかい! 亜人ってのはどいつもこいつも人間に歯向かう奴等で……」
「……いや、でもよう。コイツら、なんか……」
シャロンが思い切って自分の意見を言うと、最初は否定されたが、一人の船員は少し敵対的な姿勢を崩す。
「にんげんですねー」
「ですですー」
「いつぶりです?」
「しばらくぶり?」
「わすれたですー」
そんな人間達のやり取りを前にして、キノコ達は気にした様子もなし。能天気で危機感のない調子で、仲間同士で話し合っていた。
こちらの隙を突いて、という考えは微塵もなさそうだ。船員達は恐る恐る武器や拳を下げたが、それでもキノコ達が攻撃を仕掛けてくる事はない。仲間同士のお喋りに夢中らしい。
それはあまりにも『亜人』らしくない反応だった。
「(いや、そもそもキノコの亜人ってのが変なんだけど……)」
亜人の姿形は多様だ。狼型のウェアウルフ、豚面のオーク、猫型獣人フェルプール……しかし共通点もある。
いずれも動物の姿をしている事だ。
豚や狼、猫に魚など、どれも動物的な特徴を持つ。少なくとも人の知る限り、植物の亜人なんてものは発見されていない。また、あくまで動物的な姿というだけで、体型などは人間に近い。例外もあるが大部分は二足歩行をし、器用な指を持ち、人間ほどではないが知能も高い。兵士を罠に嵌めて殺してくる個体もいるほどだ。
ところがこの島で遭遇したキノコの亜人……キノコ亜人と呼ぶ事にする……は、見た目からしてキノコだ。キノコが植物かどうかは昨今の王国生物学界隈でも揉めているらしいが、
どうにも、既知の亜人と特徴が一致しない。
しかしではこのキノコ亜人がなんなのかと問われると、シャロンにはやはり亜人としか答えられない。だからこそキノコ亜人と名付けたが、通常の亜人と同じように考えても彼等の事は理解出来ないだろう。
「(……理解、ね)」
今日にでもこの島から脱出するのなら、そんなものは必要ない。精々「こんな亜人がいました」と、島の存在と共に学者や王に伝えるだけで良い。
だが、シャロン達は当分この島にいなければならない。
自分達で船を直せるかも知れないし、そのうち王国の船が近くを通るかも知れない。しかし今日明日でその願いが叶う可能性は、かなり低いだろう。最悪、修理が出来ず、船も通らない事もあり得る。
そうなった時、シャロン達はこの島で暮らさねばならない。
此処でキノコ亜人と敵対すれば、彼等との戦いの日々が訪れるだろう。いくら知恵で人間が勝っても、この島はキノコ亜人の土地。物資の当てがなく、数も相手が上回るとなれば、勝機なんてある筈もない。
しかもキノコ亜人達は今、人間に攻撃を仕掛けていない。今もわいわいお喋りをするだけ。わざわざ関係を悪化させるのは無意味だ。
むしろここである程度仲良くなれば、島について色々教えてくれるかも知れない。
「……ねぇ、あなた達。ちょっとお話出来るかしら」
試しにシャロンはキノコ亜人に話し掛けてみる。
シャロンの行動に驚いたようで、船員三人はギョッと目を見開いていた。敵対的な事が多い亜人と『お話』するという考えがなかったかも知れない。
キノコ亜人達はそんな偏見もなく、シャロンの言葉に応じる。
「おはなし、できるです」
「みんなはなせるです」
「人間の言葉が分かるのね?」
「だいたいわかるです」
「おそらくわかるです」
「たぶんだいじょぶです」
なんとも自信のない、けれどもある程度理解していなければ返ってこない回答が、次々とキノコ亜人達から上がる。
人語を使う亜人自体は珍しくもない。例えば猫型亜人のフェルプールは訓練すれば後天的に人語を取得出来、発声も人間と大差ないほど流暢に話せる。オークなどは発音に難があるが、全く会話出来ない訳ではない。
キノコ亜人達の言葉遣いは、幼い子供程度の拙さ。上手いとは言い難いが、こちらが多少気を遣えば会話自体は難しくない筈。話し相手としては十分と言えよう。
「なら聞きたいのだけど、私達、しばらくこの島で暮らしたいの。良いかしら?」
「くらしたいです?」
「くらすってなんです?」
「ここにいることです」
「それはよろこばしいです」
「ともだちふえるのよいことです」
まずシャロンは、島の滞在許可を求める。キノコ亜人達はこれをあっさり了承した。
「助かるわ。それと、木とか水のある場所は知ってる?」
次に訊いたのは、船の修理に必要な樹木、そして生きるのに欠かせない水の在り処。
これが分かれば、脱出や長期生存の可能性がぐんっと高まる。教えてもらえれば島の探索をしないで済むため、危険も回避しやすい。
「き?」
「きってなんです?」
「おおきなしょくぶつです」
「じゃあ、ないです」
「ないですー」
「みずもないです」
こちらについては、望んでいた答えは得られなかった。
残念ではあるが、しかし島の実態を把握する事は出来た。認識の違いなどで、もしかすると水も木もあるかも知れないが、余計な希望を持たずに済む。
水がないのは困るが、船の備蓄があるため当分は問題ない。雨水などを貯める事も出来るため、補給の当てがない事もない。
木についても、少し前に船員が話していた通りなら備蓄があり、最悪船の一部を分解すれば材料は得られる。状況次第ではあるが、これも島になくても問題はないと言えよう。
「そう……なら、食べられるものはあるかしら?」
最後に食べ物について尋ねる。
食べ物も船に十分な備蓄がある。数日程度の漂着なら、少し切り詰めればその後の航海でも飢え死にはするまい。しかしどの程度島に留まるか分からない以上、食べ物があるに越した事はない。
加えて、船に積まれた食料はどれも保存性を重視したもの。水気がないか塩っ辛いか、どちらにしても美味しくないものばかりだ。新鮮な野菜や肉があれば、水分補給も兼ねられるため非常にありがたい。
いざとなれば未だ船に積まれている『商品』を食べるという手もあるが……一般的にあれらは食べ物ではない。そもそも美味しいものではないと聞く。また売れた時の金額を考えると、食事代としては些か高過ぎる。
そんな想いもあって今までより幾分真剣に訊いたからか、キノコ亜人達はひそひそと互いに話し合う。
「……ぼくら、とかです?」
ややあって出てきた答えは、どうやら自分達は食べられる、というものだった。
「……えーっと……」
「……お嬢。なんつーか、その、流石にそれは人としてどうかと」
「いや、私は訊いただけよ!? この子達を美味しそうとは思ってないからね!?」
予想していなかった答えで、船員からシャロンに冷たい目線が飛ぶ。必死にシャロンは弁明(というより本当の事だが)し、食べる気はないと伝えておく。
亜人は人間と敵対的だが、喋る人型生物でもある。それを食べるというのは、生理的に受け付けない。
キノコ亜人達は見た目がほぼキノコであるが、それでもこうして話をしてきた。しかも友好的だ。勝手に寄ってきた獣を狩るのとは、心理的に大分違う。今更殺して食べようとは思わない。
それを船員に疑われるのはかなり心外だ。シャロンが否定した後ちょっと笑っていたので冗談だったのだろうが、かなり気分が悪い。
「(というかこの子達もなんでそんな事言うのよ!?)」
普通、まかり間違っても「自分は食材として食べられる」なんて言わない。
相談した後言った辺り、こちらは冗談ではなさそうだ。亜人達の価値観は人間と異なる事が多いが、自分の命を大事にするのは普遍的なものだと言うのに。果たしてこれは友好的の範疇で語って良いのだろうか。
やはり一般的な亜人とこのキノコ亜人とでは、色々性質が異なるようだ。
「……とりあえず、あなた達を食べはしないわ」
「そうですか」
「たべないですか」
「まるやきがつうです」
「しおゆでもびみです」
「ねぇ、なんで今食べ方の情報付け加えたの?」
果たして今のが冗談なのか真剣なのか。変わらない彼等の雰囲気からは、何一つ窺えなかった。
……最後の最後で笑い話のようになったが、収穫は大きかったとシャロンは思う。
「と、兎に角、島について色々知れたのは良かったわね」
「あ、そうっすね。お嬢のお陰で、戦わずに済みましたし」
「水も木もないのは困りましたが、下手に探し回らずに済むのはあり難いですよ」
「今は荷運びに人手を割きたいところでしたからね……」
船員達も安心したようで、肩から力を抜く。
その際彼等の漏らした言葉に、シャロンは少し引っ掛かりを覚えた。
「荷運びに人手って、どうして?」
「船を襲った嵐、激しかったでしょう? 船が左右にぐわんぐわん揺れて、それで荷物とか色々崩れちまったんですよ」
「そのままにしておくと通行の妨げになりますし、備品を取るのも大変です。何より船の左右で重さが違っちまう。片方だけ重いと、また嵐に遭ったらそっちに傾いちまうでしょう?」
「だから片付けをしないとなんですよ。つっても壊れたやつを捨てたり、床掃除もしたりで、やる事が多くて。もしかすると、修理よりこっちの方が時間を食いそうです」
船員達に教えられ、成程とシャロンは思う。確かに荷物の整理をせねば、運行に支障が出る。そして船には『商品』以外にもたくさんの荷物を積んでいる。それら全てを整理するとなると、人手はたくさんいるだろう。
船員が言うように、島の探索に人手を割いている場合ではなかったようだ。むしろ人手がほしいぐらいのようだが、ないものねだりをしても仕方ない……
「もしもしです」
そう思っていた時、キノコ亜人の一体が声を掛けてきた。
なんだろう? そう思いシャロンはキノコ亜人の方を見遣る。果たしてキノコ亜人に視覚はあるのか。シャロンが向き合ったところで、こう提案してきた。
「それ、てつだうです」
今正に望んでいた、人手になると。
……………
………
…
「本当に助かった。思った以上に使えるな、アイツら」
ヒゲを生やした強面の大男――――船長がシャロンに報告する。
しかし彼の視線はシャロンには向いていない。船長が見ているのは、自身が指揮する大きな船の方。
その船上でせっせと荷物を運ぶ、キノコ亜人達の姿だ。照り付ける日差しの中、船員達よりもキビキビと動いている様子だった。
シャロンもその働きぶりは今正に見ているが、船長の評価には驚きを覚えた。何分この男は顔通り性格も強面。ベテランでも容赦なく叱り付け、新人には(海の上は危険だから一発で覚えさせないといけないという事情もあるが)厳しいを通り越した罵声を浴びせる事も珍しくない。そんな彼が誰かを手放しに褒めるなんて、少なくともシャロンは見た事がなかった。
「そんなに?」
「ああ。力は俺達船乗りより弱いが、それでも十分強い。協力すれば大抵の荷物は運べる。まぁ、大体三体で船乗り一人分ぐらいの労働力だな。それにこっちの指示に嫌な顔一つしないのも良い。命令する身としては気分が良いな」
「ふむふむ、逆らわないのは良いわね」
「何より疲れ知らずだ。いくら屈強な海の男でも何時間か働けば休憩が必要だが、あのキノコ達はへっちゃららしい。ま、頭は子供程度で器用さもないから、与える仕事は選ばないとだが……簡単な荷運びなら任せて良い。そしてこの仕事は、何時でも何処でもあるもんだ」
船長からの評価を聞き、シャロンは改めてキノコ亜人達を見つめる。
使い物になる程度の身体能力。
疲れ知らずの肉体。
指示に従う知能と従順な態度。
どれを取っても、非常に好ましい性質だ。特に人間の指示に従う、親切な気質は非常に好ましい。彼等のお陰で、シャロン達は困り事を一つ解決出来た。
だからこそ思う。
捕まえれば売れる、と。
「……ねぇ、船長。船って、追加の積荷は出来るわよね?」
「ん? そりゃあ、新大陸から出航した時より、水も食料も使っているからな」
「なら、もう十か二十、詰め込めないかしら」
「……成程」
シャロンの言いたい事を理解したのだろう。船長は不敵な笑みを浮かべた。
シャロン達の間に意見の相違などない。ある訳もない。彼女達は同じ仕事をしている身。だからこそ亜人に対する見方だって同じだ。
「あれは、良い
彼女達は奴隷商人なのだから。
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