第10話「ここより共に――ラバー&バディ」


「な、何で、お前……どうして?」


 ホッケーマスクを牽制した後に回し蹴りを決めたのは俺の幼馴染だった。幼馴染そして元恋人の鴨川 夏純かもがわ かすみはムエタイの使い手だった。


「今はとにかく逃げるよ!!」


「あっ、ああ!! だが……逃げ場なんて」


「私が道を作るから!!」


 そう言って飛び蹴りして後ろのサークルの人間を蹴り飛ばしていた。その後ろでホッケーマスクが大輪田に起こされている。


「おいおい、旦那、頼むぜ!!」


「ワカッテイル!! 逃がさん!!」


 突破口を開いた夏純の後を追う俺に復活した奴が一瞬で迫る。だが、またしても夏純は動きに合わせ相手を止めていた。


「本当に達人と同じ動き……でも、同じ動きしか出来ないなら、ねっ!!」


「グホッ……二度も、ニンゲンごときに……ワタシがぁ!!」


 俺はそのまま夏純に腕を引かれ走り続け路地裏の出口が見えた。あそこまで行けば逃げられる。だが、しつこく奴も迫っていた。


「大丈夫、ハル!! 走って!! お願いしま~す!!」


「何なんだよ!! もう、どうにでもなれ!!」


 そして夏純が叫んで俺達が走り抜けた瞬間、後ろに迫るホッケーマスクの男は俺達のすぐ後に間に割り込んだ車に激突され吹き飛んでいた。


「まったく、無茶をするな……君は」


「タイミング完璧ですね~」


 そして車で歩道に突っ込んで来た人物は相手を轢きながら俺達の横に車を停め顔を出した。俺はその人を知っていた。


「春日井さん!?」


「いいから二人とも早く乗れ!!」


「は~い、ハル行くよ~」


 慌てて二人で後ろの席に乗り込むと春日井さんは車を急発進させ猛スピードでその場を後にした。




「一体どうなって――――「ハル!! ハル!!ハル、ハル~!!」


「ぐぇ!? こら、放せ夏純!! バカスミ!! いい加減に放れろ~!!」


 隣で抱き着いて離れず更に何度もキスしてくる幼馴染を頑張って引きはがそうとするが勝てない。そうです俺はこいつに押し倒され童貞を奪われました。足は速いだけで力では負けてる情けない男なんです。


「ほら、夏純さん会長との約束を忘れたかい?」


「あっ、そうでした二年振りのハルだから、つい……ね? 私カッコよかった?」


「……まあまあだった」


「じゃあこれからは……もっと頑張らないとね?」


 二年振りの夏純はあまり変わっていなかった。だが一つ変わったといえば抱き着いて来た感触は前よりも大きかった。成長したのか?


「お前は相変わらずだな」


「ハルもね~? 相変わらずオッパイ星人だね?」


 腕で間接的に堪能していたのがバレていた。幼馴染はこういう時に何も隠せないのが問題だ。だいたい俺のこと全部知ってるし、こいつは昔は半分ストーカー気味だったから余計にタチが悪い。


「……そ、それより春日井さん!! 約束はどうしたんですか約束は!?」


「俺は約束は破っていない、むしろ君のミスだ」


「俺が何を――――」


「一ヶ月もの間、実家の名前を出し親名義のクレカを使い、おまけに地方銀行の口座からそれなりの額が下ろされれば素人でも気付く!! 情報屋稼業を舐め過ぎだ」


「あっ……いや、だって仕事に必要で……」


「君の両親はもとより千堂に顔の利く彼女に隠し通せない……いくら隠そうにも自分で外堀を埋めてるんだ、どうしようもない」


 春日井さんの言葉は正論過ぎて何も言えなかった。俺は依頼を優先し過ぎて他の事に頭を回して無かった。そして二年間も網を張っていた夏純は雇った探偵を使い俺を捕捉したそうだ。


「あ、その……つまり?」


「ハルのおバカさんってこと、自業自得だよ?」


「くっ……おのれ、過去の俺……」


 頭を撫でられプルプル震えることしか出来なかった。こんな扱いなのに嬉しいと思う自分が嫌になる。


「それより情報は?」


「八岐さんへ報告が先です!!」


「もう許可はもらってる、蛇王会が千堂の子飼いの極道なのは聞いてるだろ?」


 そう、世界に名立たる千堂グループの暗部の一つ、それが極道組織で今は半グレ集団になっている裏の実働組織『蛇王会』だ。表向きは二つの組織は繋がっていない。だから安易に名前は出せない間柄なのだ。


「それは、なら、もう一人の依頼人に聞くまで……」


「快利くんは今は島だから通信手段は無い、あそこの結界は全てを遮断するからね」


「やはり島に……何か有ったんすか?」


「ああ、詳細は話せないが攻撃が有ったらしい」


 カイさんが島に、自分の家に戻ったのなら緊急事態だ。あの人の最優先は家族だから当然だ。なら俺は今持ってる情報を売って逃げ延びるしかない。だが同時に一つ疑問が有った。


「もう俺のミスなのは分かりましたが今どこに向かってるんですか?」


「僕の直接の上司、千堂グループ総裁の千堂七海会長のオフィスさ」




 そして俺達は三重のボディチェックの後に通信機器を全て取り上げられ会長の待つオフィスに案内された。


「いらっしゃい二人とも、そしてお疲れ様、信矢くん」


「七海会長、二人をお連れしました」


「七海先生!!」


「久しぶりですね夏純さん……そして初めまして、鷹野春満くん?」


「は、はい……」


 千堂グループ会長の千堂七海……表でも裏でも最強の企業体である千堂グループを率いる人物で、女子大生の時には当時の総裁の祖父や親族を倒し会長代行に就任し現在は千堂グループの総裁となった女傑。


「さて、お二人に良いお話が有ります……聞きませんか?」


「いい話?」


「何ですか先生?」


「今ゴチャゴチャになっている全ての問題を解決する大変いいお話です」


 そう言って笑みを深めた会長の笑顔は怜悧な美貌でドキッとした。年齢は知らないが大人な魅力が有る人だ。


「ハル~? いくら先生に見とれてもダメだよ? 先生は仁人さん一筋だから」


「ええ、そうですね、私は夫一筋ですので、ごめんなさい?」


 勝手に怒られて手をつねられ……そして勝手に振られた件について泣きたい。


「早めに目が覚めて正解だ、この人は怖いからな」


「あら、信矢くんは相変わらず私に反抗的ね?」


「昔からよ~く使って頂いているので」


 なんか春日井さんと会長も雇用関係にあるのに仲が良さそうじゃない。気のせいかバチバチと火花が散ってる感じだ。


「それで、良いお話とは?」


「ええ、あなた達は二人でバディを組みなさい、情報屋としてね?」


 ニッコリ笑う会長の言葉を理解するのに俺は数秒を要した。

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