第5話


 賢三の家では久しぶりに杏子の親友、みどり子と彼女のボーイフレンドのクリスが遊びに来ていた。そこに一ノ瀬くんとドラムの鈴木一也とピアノの国井彩子も加わっていて、楽しそうだ。


「ただいまー!」


「賢三くん、皆さん音楽室にいますよ。一ノ瀬くんは私と一杯付き合ってくれると言うから、待ってますよ。他のみなさんも良ければご一緒に!」


「あー!そうなんだ!じゃ、1−2曲で下に行くようにいいますよ。今日は何を飲ませるんですか? 」


「強いのはないですよ。。。一応、奥の部屋に寝具は入れておくからね。でも、今日はあの小さな彼女さんは来てないみたいだね。。。」


「一ノ瀬もあと1週間、実習があるから、会えないと思っているのかも知れないですね。絵美里ちゃんは、今、ブナ材で必死の木彫やってるらしいです。」


「そうなのか、残念だけど、一ノ瀬くんだけでも泊まっていけばいい。」


「言っておきます。ドラムの鈴木もかなり飲めますよ。じいちゃんにつきあえると思いますよ。じゃ、後で。」


杏子のおじいさんは、目を細めて心から嬉しそうにした。


「よー!久々!! 自主練できてた? みどり子さんとクリスはいつぶり??もっと頻繁に来てくださいよ。鈴木も国井さんも、元気だった? 今日は久々にガッツリいきましょう!」


「賢三くん、久々!そうよね!頻繁に来たいわ!クリスと同棲でも始めたら、ここの近くにするよ!」


「おぉ!それGood Ideaだと思う!クリスさんも、そろそろ年貢の納めどきだな(笑)」


「ははは、まぁ、それも良いかも知れないですね。この音楽室に頻繁に来られるなら。」


「じゃ、じいちゃんも待ってることだし、早速一発目行きましょうか?チューニングできてるよね? じゃ、翔平いないし、Chicago Songでどう? まぁ、これは翔平を入れてもできるんだよね。あいつ、器用だから。 鈴木〜!やりたかったろ?国井さんも、ギター部分のアレンジ、すでにOKだよね!」


「バッチリです!」


杏子がスキャットを入れだした。最高だと賢三は満足げだった。全員が楽しそうで、良い表情をしていた。ずいぶん長く我慢していたようだった一ノ瀬は、賢三にピッタリとくっついて、音を試した。コンバスを触りに来たのに、最初がエレキベースで乗りに乗ってしまうと、続いてやりたくなるものだ。その後は、コンバスを使ったImpressionsができた。これは賢三がやりたくて仕方がなかったから大満足だった。


「ねぇ、一ノ瀬の学校で、できそう??」


「学校の方はOK取れたよ。先生と生徒たちだけだけどね。ただ、翔平が返事くれないんだよね。。。 俺は今のこの感じで十分かもしれない。正直なところ気を使わないですむから、翔平抜きのほうが俺は気分的に助かるんだ。。。音としては欲しいんだけどね。。。」


「そうかぁ。。。俺のところには杏子が来ると言ったから来そうだ。ムカつくけどな。。。」


「一ノ瀬くん、ごめんね。。。私はもう3ヶ月前からスタジオが入ってて来週は無理そうなのよ。。。翔平は何を言い出すかわからないところあるから。。。私がいれば翔平の歯止めにはなるんだよね。。。」


「杏子さん、気にしないでください。いきなり決めて、学校に許可を得たっていう感じなんですよ。できればこのままのほうが俺は楽かなって。カッコよく実習終了にしたくて。。。(笑)」


「一ノ瀬は成績優秀で終了なんじゃないか? 真面目だし、受けが良いし、実際本当に教師に向いているんじゃないかって思うよ。」


「ただ、高校となると結構違うらしいよ。もっともっと大人びてくるしね。同等に扱えて楽だってさ。」


「それなんだけどさ、中学のほうが中途半端な分、難しいっていう話を聞いたよ。高校生はすでに何をしたいか決まってたり、好みがわかってたりするので、友達感覚にもなれるって。」


「なるほどな。。。中学生の方がデリケートなんだな。俺って、自分がそういう感覚なかったせいか、わかんねーや。(爆笑)」


その夜は楽しい宴になった。杏子の祖父母は大喜びだった。結局、2人の女子は杏子と二階の寝室で、4男子は1階の奥の間で、雑魚寝すると決まった。おじいさんも混ざりたいようだったが、おばあさんから止められてしまった。おじいさんが持ってきた『魔王』なんて言う名前の恐ろしい芋焼酎で、極秘で40度と言われているものだった。。。さすがの一ノ瀬くんも、ビロビロだが、この仲間はみんな、楽しい酒で、笑い声が絶えない。


「一ノ瀬、お前のところの学生は、性教育なんて、ガッツリ済んでそう?」


「そんなの知らないけど、女子はさ、すっごく積極的に俺を押してくるんだよね。。。時々、ドキッとさせられるよ。クワバラ、クワバラだよ。(笑)」


「へぇ~、教育実習って、そんなに面白いんだ。俺は教職課程取らなかったからな。。。実際、就職の保険って言われてるよね。俺はとりあえず、楽器屋さんとかに就職できたら良いなって思っているんだ。あとは、個人で習いに来る人の指導とスタジオミュージシャンに成れたら最高。さっき、杏子さんにも色々と聞いたんだ。少しずつやっていくよ。ま、実家のパン屋継いでもいいけど、すでに兄貴が継いでいるし、就職口なければ雇ってくれるってことらしい。俺はお気楽組ってことかも。」


「イギリスでも就職は結構難しくなってますよ。移民も多いし。。。でも、先生になるための実習ってないかも。。。教育学部の学生は実習があるけどね。。。イギリスは完全に実力主義。塾もないし、親と先生の実力次第かも。だから学生はみんな真剣なんだ。 性教育は、日本がどう導入させているかわからないから、なんとも言えないけど、結構小さい頃から少しずつくりこまれていると思う。男女ともに初体験も早いかもしれない??」


「俺さ、明日の夕方、実家近くの八百屋のゲンさんが、中3男子のための性教育をすることになって、同席しなくちゃいけないんだよね。。。参った。。。
みんなまだ、のび太くんに毛が生えた程度の奴らもいるし、すでになんでも知っているという風情のもいるし。。。まぁ、俺がその『何でも知っている風情』だったらしいけど。。。(爆笑)」


「そうなんだ、それって、すごく良いことじゃないの?中学生ほどきちんとした知識って必要だよ。いきなり本番で、撃沈したり、異常に目覚めちゃったり。。。まずはコンドームの使い方をしっかりと身に付けて義務付けないと、悲惨な結果もあり得るしね。」


「そうそう、そこなんだけど、気楽に買えないって言うんだよね。あれって、練習したほうが良いよな?」


「たしかに、練習は必要だと思うな。。。ここにいる4人の男は全員兄貴がいるから、なんか、否が応でも情報が早かったかもしれないな。。。未だに事故のような妊娠があるらしいし、『着け方わかりませんでした』じゃすまないだろうし。。。もちろん野郎ばかりじゃなくて女子にも自覚させないといけないんだよな。ひどい目に合うのは女子の方が大きいはずだしね。現在の中学校の性教育ってどういう事するんだろう?」


流石に一ノ瀬は先生に向いている感じがする。真剣に生徒のことを考えている。賢三はというと。。。どうゲンさんのところで振る舞うかを模索していた。


 翌日の日曜日、午前中は全員が二日酔いからの頭痛が酷かったが、じいちゃんだけは平気の平左だった。それでも時間を惜しむように、もう一度セッションをした。


「じゃ、みんな、またやろうぜ!俺がいなくても来て、ここ使っていいよ。杏子がいるし、じいさん&ばあさんは喜ぶから。」


「助かるよ、コンバスはさ、時々無性に弾きたくなってね。。。それでも必ず連絡入れてから来るようにするから。 じゃ、賢三は、そのぉ、、、今日は頑張れ!(笑)」


「おー。。。結果はまたいずれ報告するよ。杏子、今晩また電話するから。」


日曜日なので、商店街の店は一部忙しそうだった。八百屋や肉屋、魚屋は日曜を休むことにしている。最近は、たくさんの店が週末を営業日にして、平日の中日を休むようになった店もある。 ゲンさんはお休みだ。 八百屋の店の脇、木戸のところにインターホンが付いている。賢三はボタンを押した。


「サンダー」


「フラッシュ!」


なんともふざけた合言葉である。。。木戸は鍵がかかっていなかったので、すぐに入れた。やけに目立つ矢印が立てられていたので、それに従って進むと、昔のお蔵だった建物が少しモダンに改築された納屋が建っている。ゲンさんの視聴覚室だという。中は結構広く、トイレは狭いながらもユニットバスになっていて、脇には小さなキッチンも付いている。 まだ5時になっていないが、驚いたことにすでに6人は来ていた。賢三がいちばん最後だったらしい。。。


「どうやらみんな揃ったようなので、早速始めるかな。 林先生は俺の助手だから、みんな、あまり気にしないようにね。 さてと、まずは現物支給します。封筒には2個入っているから、持ち帰りなさい。そして、更に配る3個目で、今日の練習をする。俺は安物は選ばない。薬局で買えるものの中では最上級を選んだ。何が安物と違うかと言うと厚さと耐久性だ。薄ければ体感的に着けてないように感じられることがある。それでも「ナマ」とは違う。ナマは、心から愛した人と子供を作る目的で行うことだ。男が相手ということなら、残念ながら、コンドームを外すことはしないほうが良い。どうしても新手の病気が発生してもおかしくない。エイズがそうだったしね。

では、着け方を紹介する。おい、賢三、そこの箱持ってきてくれや。」


バナナケースの中には大きな房のフィリピンバナナと、やや小さめの台湾バナナ、そして、極小モンキーバナナが入っていた。。。賢三は、思わず顔が引きつってしまった。。。


「えー、まずはこれだ。小さいだろ?モンキーバナナていうんだけど、美味しいんだ。東南アジアでは当たり前に食べられているが、甘さが格段に上。次は台湾バナナ、これがまた美味しさでは最上級。最後がフィリピンバナナ、はっきり言ってデカい!運動する人の食事の補給にできる。バナナは全般、栄養価が高く、スタミナが付く果物なのだ。
さて、君たちの下半身についているものは、普段は、このモンキーバナナ辺りだろうか?? 腐りかけて柔らかくなった台湾バナナかな?(笑) が、しかし、ちょっとしたきっかけで、一気にフィリピンバナナと変身するのだけど、こればかりは個人差があるから、大きさは気にするな。重要なのは硬さだ! あと、それまでは風船の口のようだったものがいきなり、ズルっと後ろに向けて下がったことで驚ろくんだが・・・ その経験はあるか? それがまだだと、少し待たないとな。。。それだ!という奴は、後で俺に連絡して。剥けていてもいなくても、不潔にしないようにな、カスが貯まるので丁寧によく洗うことだ。更には、なんかすごい夢見た朝、起きてみると何故かお漏らししたような感覚のパンツになってたことないか? それは『夢精』といって、若いうちは当たり前なことだから、気にするな。防ぎようがないしな!(笑)パンツは自分で洗濯しておけ!

それら、すべてが君たちが正常で、生物学的に、人間を継承できる機能がしっかりと働いていることになる。自信を持て!」


ゲンさんは本当に学生向けの講義をしている感じで話を進め、装着方法などをバナナを使って各々に装着させてみた。テクニックの伝授である。これは、下手な保健体育の授業よりも遥かに役に立つ。生徒たちは真剣だった。


「君たちに言っておきたいことはたくさんあるけど、まぁ、少しずつ大人になれ。心奪われる相手ができることは凄いことなんだ。それが女でも男でも、遥かに年上でも関係ない。ただ、今の君たちには年下は駄目だぞ。最も大切なことは、理性を持つことが人間として最低条件となる。この理性というものはどの動物にもあるんだけどな。ときに、動物のほうが人間よりも理性的だったりな。彼らには発情期があるからな。人間にはない。いつでも発情できてしまうから、時に厄介なんだ。(笑)

とにかく、いつでも連絡しておいで、相談だけでも良いからね。

そう言えば、そこにいる林先生は、全く問題のない青春時代を送った一人だ!常に理性的な行動ができた、最上級の先輩だぞ!」


「俺は『あーはなりたくない!』と思うような兄貴がいたからな。。。人間の唯一最強の武器は『頭脳』だ。だから理性を養うことは人間として当然なんだよ。それから、女性は大切にしないとな。これ、鉄則。いつか良い恋ができると良いな。俺みたいにな。(笑)」


「まぁ、とにかく、いざというときに、慌てずにすむことは教えておく。一人で悶々としては不健康だ。女よりも男のほうがしっくり来ると思えるなら、まずは女を知ることだ。生物の定めとして男女が存在する。種族継承がそれに頼るわけだ。だから女には優しくしろ。ただし、弄ばれるな。自分は誰でもいいわけじゃないということは言わずとも語れるような顔になれ。男女の仲を極めるのは超難解なんだ。だから問題が常に存在するんだ。でも、理解し合った夫婦ほど美しいものはないぞ。・・・あ、言葉だけではまだわかりにくいな、恋をしないとな。とにかく、どんなことでも俺は必ず聞く耳を持つから、一人で解決しないようにな。

 あ、それからね、一応言っておくけど、コンドームって誰でも買えるからな。君たちにもコンビニで売ってくれるぞ。まだ羞恥心があるうちは俺のところに来ると良い。それからね、君たちも成長する。大事な部分も成長するんだ。箱にサイズが表示されている。今日渡したのはMサイズだ。きついと思ったらLに、ゆるいと思ったらSに変えなければいけない。体や背の高さとは関係ないから安心しろ。ちびでもデカい奴はデカい!(爆笑)」


生徒たちはゲンさんの一語一句をしっかりと聞いていた。興味を持つだけで集中力が上がるんだよな。。。


「じゃ、ゲンさん、俺は帰ります。来週は友達の実習校でイベントあるので、ここに呼ばれても来られないからね。 じゃ、生徒の皆さん、また明日からよろしくね。」


賢三は実家につくと、母が作り置いてくれた魚の煮付けを温めて、夕飯を取った。すぐに杏子に電話して、事の詳細を説明した。



「もう、最高! 生徒たちもきっと感謝するわ。(爆笑) でも、絶対に必要よね。ゲンさんって、親切だと思う。賢三がしっかりと正しく習ってくれていて、私は幸せ! ところで、今朝はみんな二日酔いで話し忘れてたけど、ピアノの彩子さんとみどり子と3人で話てて、Good Ideaがあったので、賢三が行ってしまってからトレイターズと話したけど、一ノ瀬くんの学校も賢三のところも、演奏のとき、最初はクラシックを一曲やってから、いつものジャズに移行にしたらどうかなって。でね、その時に、みんなテールコート、つまり燕尾服を着るの。完全な夕方からの正装よ。みどり子が全員分の貸衣装を用意するって。顔が利くから、格安よ!一応翔平のも用意してもらっておくわ。父兄もいることだし、最初は芸大らしいところを見せつけて、如何に自由が素晴らしいかを紹介するの。どう?」


「おー!それ良いかも! 結婚式以来だけど、俺、燕尾服似合ってたろ?」


「うん、賢三はタッパがあるからすごく似合うのよ。絵美里ちゃんにも連絡しておいたの。彼女も来てくれそうよ!着付けにはみんな誰かがいてくれると助かるしね。彩子ちゃんは女性だけど、燕尾服が着たいって言うから統一したよ。」


「それは楽しみだな!なんかさ、昔のビッグバンドの雰囲気だよね。かっけーかも!更衣室を借りられるようにしておく。 あとはクラシック曲だけど。。。何か提案あった?」


「私がフルートに誘っている子がいると言ったら、みんなフルートの入った曲が乗り気でね、バッハで行こうかって。バディナリエなんか良いんじゃない? 多分、そこそこの親世代はわかるわ。 一ノ瀬くんはチェロ持ってきてくれるらしいし、鈴木くんがバイオリンできるって知ってた?持ってくるって。あと、一ノ瀬くんのところでやるときは賢三はフルートだけど、どう? あと、賢三のところにもしも翔平が来るとなったら、アレンジをするから彼にはオーボエをやってもらえるようにしたらどう? 私が説得するわよ。 彩子さんがすでにアレンジにはいってる。完璧ね!」


「翔平・・・生殺しにならないか?。。。」


「語りかけながら燕尾服着せるし、安心して!みっちゃんも来るんじゃない?。」


「わかった。じゃ、俺はフルート、バディナリエの練習に励みます!やべぇ。。。ちょっとこれからカラヤンのベルリン・フィルでも聴かなくっちゃ。。。」


「他のメンバーも聴くって言ってた。翔平にも連絡したら?」


「あいつ来なくてもいいんだけどな。。。問題発言とかあったら困るしな。。。」


「でも、一番気になる女性の物色だったら、中学生は論外で彼の好みじゃないから大丈夫よ。一番安心かもよ?」


「みっちゃんは、本当に時間取れるかな?」


「きっと来ると思うよ。めったにないクラシックが聴けるよ〜!って言っておけば。(笑)」


「それもそうだな。。。 よし、とにかく翔平に連絡してみる。」


 翔平は平日なので大学近くのマンションの方にいて、最近は深酒はしていないようだ。時間があればカウンティング・スターに行って、マスター夫婦と過ごし、週末はできるだけ海の見える家に帰ったという。


「えー?バッハやるの? オーボエかぁ。。。面白そうだな、やるよ、それ。

オーボエ、あるの? 誰がアレンジしたの? あとさ、杏子ちゃんも来るんだよね? 話てもいいだろ? 触らないからさ。。。」


「あぁ、オーボエは学校のがある。アレンジは彩子に任せた。プリントして一緒に持っていくよ。少し練習しておく?明日の夜、翔平のマンションに持っていくよ。」


「じゃ、そうして。 バティナリエかぁ。。。賢三も大変だな。でも、コルトレーンもフルートやってたし、ケニー・ギャレットもフルートやってるしね、当然といえば当然か。」


 翌日賢三は翔平のマンションに行った。会うのは久しぶりだった。


「よ!元気だったか? プリント持ってきたよ。」


「おー!元気だったよ。ホント久しぶり。女神様は元気?」


「杏子は元気だよ。仕事が忙しいらしいけど、俺が実習中は友達や同僚と外食して楽しんでる。」


「声が聞きたいなぁ。。。。 あ、そうだ!オーボエ借りてきた。あとさ、部室で鈴木がバイオリン弾いてたぞ。頭、変になったのかなと思ったけど、バティナリエじゃ、ドラムいらないしな。結構上手かったよ。ちょっとびっくり。
オーボエだけど、アドリブで良いんだよな? 鈴木と合わせてみたよ。フルートの賢三がメインだしな。邪魔しないから安心して。」


「中学生ってさ、不思議な年齢だなって思ってる。翔平は中学生の時は色々あったと思うけど、どうだったっけ?」


「俺は中学2年で母親を亡くして以来、引き取られて、世の中がどーでも良くなったんだ。悪いことを覚えだした頃だね。童貞を無理やり失ったのもあの頃だ。あの頃からすでに『私って可愛いでしょ?』と言いたげな女には全然興味がなかったな。。。」


「そうだよな、性的な目覚めってあの頃だよな。。。だからかな、音楽の好みもしっかりでてきて、背伸びしたくなる。1つ上の学年がやけに大人に見えてしまう。。。不思議な年齢の頃だよ。 じゃ、俺行かないと。ぶっつけ本番ぽいけど許してな。。。おまえ、、、燕尾服似合いそうだな。。。」


「え? 燕尾服?? だれが??」


賢三は翔平に引きつった笑顔を向けて、手を振りながら逃げるように帰っていった。


 週末、案の定、一ノ瀬の学校には翔平は来なかった。しかし、燕尾服の効果は大で、どの父兄も満足そうで、かつ、生徒も燕尾服のジャズバンドが、あまりにもカッコよく見えた様子で、大成功だった。貴公子然とした一ノ瀬くんは、受けが良くて演奏後に沢山の父兄と教師たちから囲まれて談笑していた。賢三は、数人の悪そうな生徒から声をかけられていた。。。この差はなんだろうか?


「一ノ瀬、良かったな、先生方も含めて皆満足のようだよ。だれも途中で帰らなかったし、優しい実習の先生は、実力あるミュージシャンだという印象が残ったようだぞ! 俺のときも頼むぜ! 2週間後!」


「ほんと、いきなり決定したのに、これはすごかったね。感謝してるよ。賢三のときは、もう一曲増やすし、頑張ろう!」


 賢三は大きなリハーサルができたと思えた。自分のときは翔平が加わるので、更に本格的になるだろう。篠先生は大丈夫だろうか? とても積極的になってきたし、生徒からの信頼も着いてきたように見える。 あと2週間。。。


「林先生! あの、先週末のコンサートはどうでしたか? フルートを吹かれたんですよね?」


驚いた、伊藤理恵だった。多分平沢抜きで話しかけてきたのは初めてだ。よほどフルートに興味が湧いてくれたのだろうか? ちょっとワクワクする。


「おー!伊藤さん、お陰様でね、大成功だった。フルバンドじゃなかったけど、バンドの連中も最高のノリでね。2週間後も頑張ってくれそうだ。ビデオも撮ったんだけど。。。先に見ちゃうと楽しみがなくなるだろうしな。。。」


「ビデオ見たいです。どうしてもだめですか?」


「うーん、、、一ノ瀬が記録として動画で上げているかもしれないな。。。聞いてみるよ。でもさ、伊藤さん、他にも沢山参考になる動画はあるんだよ。ベルリン・フィルの、カラヤンがいた頃の動画を俺は観たことあるんだけど、凄いよ。口の持って行き方や唇の位置とか、勉強になるから探してご覧。クラシックって、同じ曲を沢山の人が演奏するでしょ?自分はこれだ!と思うものが見つかるとすごく感激するんだよね。」


「先生のが観たいんですけど。。。」


「あはは、、、そう?じゃ、一ノ瀬に聞いてみます。でも、もうすぐ観られるよ、ライブ。」


「観たらそれで先生終了ですよね? その後はもう学校には来ないでしょ?」


賢三はほんのちょっとだけ、寒気を感じた。。。


「オフィシャルでは来ないけど、篠先生も教えられるし、この学校でのライブもビデオを撮るつもりだし、大丈夫だよ。。。とにかく一ノ瀬に聞いてみるから、ごめんね!ちょっと俺、職員会議なんで、行くね。」


 伊藤理恵は、なんとなく不服そうだったが、コクンと頷いたのを確認した。賢三は少し驚いていた。伊藤理恵はだんまりの女子だとばかり思っていたからだ。まさかここまで積極的にぶつかって来るとは思わなかった。多分、今までは自分がフルートなどできないと頭ごなしに考えていたからかも知れない。平沢は黙っていても勝手に色々とやっているし、ある程度は守ってくれるし、くっついていれば、いいだけと言う感じだったのか??だとすれば、彼女にとっては飛躍的な進歩なのではないか? 平沢がどう思うかはわからないが、彼のほうが子供っぽいから、相談などはされていないのかも知れない。賢三は、この短期間の実習で、自分が関わった生徒が一人でも音楽が好きだと思うようになってくれたなら、自分の目標は達成できるような気がした。

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