第3話
賢三は各学年それぞれに好印象を与えていた。特に3年生は、無駄話も多いが、受験の相談なども担任よりも賢三にする子も多くなった。そのことについては、生活指導や校長にも報告して、意見も聞き、自分の考えだけで暴走しないように努力している。毎晩の杏子との会話でも、やりすぎないようにしていると言った。
「賢三は子どもたちにとってはヒーローかもね。(笑)」
「金貸してくれとも言われたぞ。。。ふざけやがって。。。担任に言えって!」
「ハハハ! で、貸しちゃったんでしょ?」
「貸さないよ! 売店の菓子パン1つ買ってあげた。。。」
「もう、爆笑だわ!でも、お金じゃなくて食べ物ってところが賢三だわ。(笑)そう言えば、一ノ瀬くんがコンバス弾きに今週末くるって言ってた。賢三が帰ってくるなら、Impressionsを一緒に演奏してほしいって言ってたよ。なんか、クラシック楽曲ばかりについてを教えているので、ちょっと息抜きしたいって。。。賢三がいなくてもどうぞ!って言っておいたけど。じいちゃん&ばあちゃんは大喜びよ。(笑) まぁ、賢三も一ノ瀬くんも、そろそろフラストレーション溜まってきてるかもね?」
「あいつ、俺には電話してこなかったんだけどな。。。Impressions やりて〜!! 杏子ピアノ入れてくれる?」
「うん、たまにはピアノ、いいよ。軽いアレンジにしてもいいならね。まぁ、コンバスとテナーサックスさえ良ければ最高じゃない?」
「じゃ、今週末は帰るね。一ノ瀬は土曜でしょ?じゃ、金曜の夜行く。待っててね杏子!」
翌日、一ノ瀬くんがコンバスの練習を兼ねて山本家にやってきた。おじいさんはワクワクしている。おばあさんが帰りは車で送ると約束してくれたので、お酒が飲めるというわけだ。
「よぉ、そっちの学校は真面目そうだけど、融通も利かなそうだよね。。。楽しんでる?」
「会いたかったよ、賢三!まぁ、教職を持つことで確かに保険にはなるよね。でも、やってみて教えることが好きみたいだと分かった、楽しいよ。いやー、思いの外、女子は積極的なんだけど、賢三のところはどう? オマエだとアイドル並みなんじゃないの?(笑)」
「一ノ瀬のほうが先に始めているからな、色々とあるんだな。。。俺は今週からだけど、どちらかと言うと男子生徒たちのほうが懐いてきてるよ。俺に保健体育もやれってさ。。。俺って、そんなにエロいことしてるように見える?? 既婚者だからって言うだけじゃないらしいんだな、これが。。。」
「ハハハ! 賢三らしいな。で、しっかりと回答しているんだろ?」
「まぁな。。。個人的に聞いてきたり、クラスの中じゃなければな。。。中学生に健全な性教育は必要だよ。。。でも、俺は音楽の教師になるんだけどな。。。 あ、そうだ、あのさ、俺の行っている学校は母校なんだよね、実家近くで地元だから、実習が終わった週末に、学校の講堂でトレイターズのコンサートしてもいいかなって思っているんだけど、協力してくれる?」
「いいぜ! 生徒たちにガッツリと影響しようじゃないか! 俺の学校は、母校でもないし、そういう乗りじゃなさそうだから、賢三のところ、いいなぁ。。。 まずは翔平を捕まえとかないとな!」
「一ノ瀬のところの学校でもやりたいなら言ってくれ。俺は、行くよ。」
「うーん、、、それ良いかもしれないな。。。俺は来週で終了なんだけど、次の土曜日の午後、一応空けておいてくれる?」
「よっしゃ! いい子ちゃん学校で、ひと暴れするか!(爆笑)」
「というわけで、最終実習日の終わった翌日の土曜日なんですが、実習のお礼を兼ねて、全校生徒と地域の一般の人を招いて、自分の大学でのバンドを連れてきますから、ミニコンサートがしたいのですが。。。体育館をお借りできますか? ほぼ全員が芸大生でありセミプロですから、お聞き苦しいところはありません。ただ、ジャズバンドですので、ジャズしかやりません。お許しいただけないでしょうか?」
「いやいや、林君は卒業生でもあるので、校長の私としては全く問題ありません。篠先生もよろしいでしょうか?」
「はい、私の方は歓迎したく思います。準備や片付け等のできる生徒を募り、私もお手伝いします。あのぉ、、、ピアニストはいらっしゃるのですか?」
「はい、クインテット、つまり、グレた五人囃子ですよ(爆笑)ピアノは女性です。篠先生も気が合うと思いますよ、気軽に話しかけてやってください。」
「あ、そうですか、それは楽しみにしています。あと、、、地域の一般の皆さんは、どうご招待するのですか?」
「それは口コミで大丈夫ですよ。後、商店街の掲示板に、なにかポスターを貼らせてもらいますから。。。誰か生徒が作ってくれないかな?? クラスのみんなに聞いてもいいですか?」
「はい、そうしましょう! グラフィックデザイン関係に強い子がいます。彼に声をかけてみます。」
篠先生と賢三はクラスに戻り、ホームルームでコンサートの話をした。普段なら、かなりダラケている生徒たちなのに、みんな目を輝かせた。
「平沢くん、ちょっとお願いがあるのだけど。。。このコンサートのためのポスターをデザインしたもらえないかしら?制作は、手分けしてできるようにしますが。。。」
「どんなバンドなのかがわからないと、デザインできません。1枚作って学校でコピーしていいなら俺だけでも大丈夫ですけどね。。。」
「そうだよね、俺のバンドなんだけど、後で詳しいことを教えるし、曲も聞いてもらうよ。放課後は予定ある? なければ終礼後に音楽室来られるかな?」
「わかりました。予定はないので、音楽室にいきます。」
平沢優は、グラフィックデザインに興味があり、制服の着方もちょっとズボンの形を変えてあるなど、かなりお洒落で、トレンディな雰囲気の男子生徒だった。女子からは熱い視線を送られるが、すでに決まった女子が『付き合っている彼女』という認定を受けているようだった。遠目に観ても、モデルのような雰囲気の2人で、他の子達は近寄りがたい様子だった。
「失礼します。」
「おぉ!入っておいで。今、モニターに俺のタブレット繋いでるから。ちょっとまってて。 あ、外にいる子、君の彼女でしょ? 入ってもらって。これから吹奏楽部、まぁ最近は軽音楽部に名変したがっているらしいけど・・・奴らが来るから堅苦しくないよ。」
「そうですか? じゃ。。。『理恵!入っていいってさ』。」
伊藤理恵は、違うクラスで、雰囲気のある大人っぽい女生徒だ。どうやらこの2人は付き合い始めたようだ。。。この2人を観ていると、保健体育の授業はしっかりやっているのか??という心配が出てきた。。。 俺は、あの頃は体に比べて脳内はバスケで埋まってたので、何も考えたことがなく、女の良し悪しなど、よくわからなくて、クラスメイトの女子から、誰も近づかないように守られてる感じだった。。。気の合う友達と楽しく過ごすほうが有意義だった気がする。もちろんAVなどもこっそりとみんなで楽しく観たけど、『だからなに?』という脳内幼稚園のような男だったかも知れない。ついでに言うと、人を傷つけることが、他人の振りを観て、よく分かってしまったので、避けていたのもあった。他の男に振られた女子を慰めることは、しょっちゅうあったが、その後が問題だった。慰めているうちに、俺のことが好きだといい出す厄介な女子が多かった。。。そういう女には、意外と冷たく『気移り激しい女が嫌い』と言ってしまう。。。 今思うと、なんて的確なんだろうと自分で感心してしまう。檀家となってた心界寺の生臭坊主の女好きでクズい息子は、俺と話し込むといつも言ってた『本物に出会うと、ストーンと落ちる感覚があるのが恋だ。その感覚がつかめたら、推せ!』というものだった。そう、英語でも同様の言い回しで、恋はするものじゃなくて、落ちるもの。。。 たくさんの『いい女』は観てきたけど、ストーンとなったのは杏子が最初で最後だ。。。俺は幸運だと言えるかも知れない。 ちなみに、そのクズい坊主は、何度もストーンと落ちたことがあるベテランだと自慢してたが。。。毎回、『前回のストーンは、勘違いだった』と思うことが重要なポイントなのだということだった。アイツの説教は眠っていたほうが自分のためになると思ったものだ。
商店街の人達はみんな優しかった。その人達の子供は、男も女も俺にとっては、ちょっとかっこいい先輩ばかりで、芽体は俺のほうがデカいのに、先輩たちは態度がデカかった。保健体育で習うはずの性教育は、彼らと、彼らの取り巻きから習った。勉強になった。そして、『猿』にならずにすんだのは、彼らのおかげなのだろうと信じることにしていた。でも、それは自身の制御力と、どこまで対象の女性を愛せるかによるのだと賢三は思い込んでいる。どちらにしても、打ち込んで達成しようとするものを持つか否かで、かなり変わるように思う。だから若者にはスポーツや音楽は最も選びやすく、他にも色々と学べる利点もあるので、ウッテツケなものなのではないだろうか? もちろん100%ではない。
生徒たちに、賢三のバンド「ザ・トレイターズ」の学際での演奏とストンプでの演奏のビデオを大きな画面になるようにプロジェクターに繋いで観せた。 最初はざわざわと余計なおしゃべりもしていた子たちだったが、一気に話さなくなり、集中してくれた。その中にはヴォーカルの杏子がしっかりと映っているし、一ノ瀬と上条絵美里が楽しそうに話している姿も織り込まれている。翔平は、妖艶とも言える容姿をしている。
ポスターを作る平沢くんは、真剣に見つめている。時にスローモーションになる部分には、俺を溶かすような杏子の姿と微笑みがある。思わず私情を込めてニヤけてしまう。
「と、まぁ、こういう感じ。。。平沢くんはイメージ湧いてくれたかな? みんな、アレが林賢三??とか思ったかも知れないね。(笑) あのね、ジャズの有名なピアニスト、ビル・エヴァンスは言っているんだ。原文を黒板に書くけど、自分で解釈してほしいな。 『When you play music you discover a part of yourself that you never knew existed.』 って。。。」
「先生、日本語にしてください!」
「え?俺が日本語にしちゃうの?? しょうがねーーなぁ。。。まぁ、俺は英語教えないし、ちょっと甘くなってしまうけど、いいな。。。えっとね、
『音楽を演奏すると、今まで存在していなかった自分の一部を発見できる』
ということなんだよ。その発見は心躍るよ。恋に落ちたときと同じ感覚かな。 おれ、ちょっと文学的?(爆笑) で、どう平沢くん。」
「はい、なんかこう、けっこう閃いてます。先生のバンドって、ジャズバンドですよね? かっこいい。。。」
「うーん、、、俺はジャズがメインなんだけど、バンドそのものは普段『ジャズ・フュージョン』という若干新しい方向の音楽を演奏しているんだ。」
「あのトランペットの人が、ビジュアル的に興味を引きます。あと後半の学際じゃないビデオでヴォーカルやってた女の人!彼女がすごくいい。」
「なんだよ、平沢くん・・・君はかなり良いセンスの持ち主だと思ってたけど、興味が行く方向もすごいな! 彼女?、フフフ・・・俺の奥さんさ。美人だろ?(笑)」
「へー、そうなんですか。。。ちょっと力入いっちゃいそうだな。2〜3日でカッコいいの作ります。」
「おぉ!すごく助かるよ。ところで、平沢は本格的にデザインのほうに進みたいって思ってる? 俺の大学の片割れが美術科なんだけどさ、すごいぜ、みんな!けっこうバンドのギグに来てくれるんだ。さっきの映像の中でベーシストと話してた女の人いるじゃん? 彼女は彫刻科のホープ!体は小さいけど、力持ちだよ。みんな大きな夢を持ってるから輝いてるよ。平沢も今から目標持てたら、必ず繋がる。頑張って! じゃ、ポスターよろしく!」
2〜3日すると平沢くんがポスターの原案を作って持ってきたので、A3にしてプリントアウトした。なかなかの出来栄えで、大学生が作ったと言ってもおかしくなかった。彼の後ろには伊藤理恵が、くっついていた。
賢三は気づいた。中学生から高校生だと、女子のほうが圧倒的に大人なのだということ。知識は同じようなものかも知れないが、肉体的には完璧に女子のほうが先に発達し大人に近い。こればかりは抗えない事実。特に伊藤理恵のような子は、無意識に男を誘える。だが、面白いことに相手が子供すぎて、それに気が付かないことが多いのだろう。。。平沢くんは、真剣に打ち込める課題を渡されて、彼女を放っておいたらしい。
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