第14話 大群

 森の中に籠もり始めて、早くも数週間が経った。ミアは、目の届く範囲にいる場合には基本的には自由にしているが、それ以外の場所では拘束を解かないようにしている。眠っている最中も、拘束は解かない。

 トイレや風呂の最中は、少し長めのロープを近くの木に巻き付けて、そのロープを結び付けた先に俺がいることで解消している。最初は嫌がっていたミアだが、それ以外に良い方法を見つけられなかったようで、今は一応我慢している。


 そしてこの数週間で親睦が深まったかと言えば、答えはNOだ。当たり前だろう。誘拐犯と、誘拐された人なんだから。しかもその誘拐犯が男で、誘拐されたのが女だ。女性からしたら最悪の状況だろう。

 幸いと言って良いのか悪いのか分からないが、彼女は美人ではない。ラノベとかに出て来る、めちゃくちゃ美人でスタイルも良くて、とか、そういうタイプの人ではない。至って普通の人である。だから何とかなっている。それどころじゃないっていう状況も相まってね。


 魔族による身の危険は、と言えば、実は何度か魔族に遭遇している。といっても、戦場となるスポットを偶然抜け出して来たような魔族であって、大群が押し寄せてくるような状況ではない。一度に一匹だったら、人を守りながらでも十分処理できた。

 そして、ミアには見せていないが、その死体は周囲の警戒として十分役割を果たしている。ミアが寝ている最中の俺が暇な時間帯に、魔陣シートの研究をしていたのが役に立った。やっとゾンビに、ちょっとした命令を下せるようになったのだ。


 腐敗コラプトで強くなったりが出来ないのが玉に瑕だが、食料調達で動物を狩ったりはしているし、体が完全に鈍ったわけではない。と、信じたい。

 最近はゾンビさんたちのお陰で、食料確保が随分楽になったからね。動物を捕まえて拠点の近くに持って来てくれるようになったから。

 食べられないだけの量が集まった時には、そちらもゾンビとして活用させていただいている。


 不安だった野菜類の確保は、ミアの知識が役に立った。肉ばかり食べて居たら病気になるとミアを脅すと、食べられる山菜を教えてくれた。食べる物がこれだけで本当に体調を崩さないのかは疑問だが、今は細かいことを気にしてはいられない。ともかく焼いた肉だけを食べ続けるのが体に良くないのは知ってるから、それだけは避けたかった。


「さぁ、ということで、そろそろ本格的に事態の解決を目指しますよ」


 きょとんとしているミアを尻目に、本を開く。その題は、『魔法大全』。ここの近くにある街の本屋から盗んできたものだ。夜中に。

 その時には、ミアは木の高い位置に括りつけて、その周囲を魔物と魔族のゾンビをフル動員して守らせた。流石に一人で夜中に残して置くのは怖いからね。ミアにトラウマが残ってもと思って、彼女が寝ている間に行って来たけど。

 いやぁ、本当に眠る必要がないってのは便利だねぇ。


 ということで、この本を読み進めて行くわけだが、もちろん狙いは契約魔法的サムシングである。どうにかして、この現状を打破しなければならない。






 そうして割かし平和な生活を送っていたはずだった。異変が起きたと気が付いたのは、ゾンビがこちらに慌てて駆け込んできたときのこと。

 いや、自我がないから慌ててはないわけだけど、それはともかく。


 ミアに屍術士ネクロマンサーがバレたかもしれないが、それはこの際良い。というのも、先程のゾンビは情報伝達用のゾンビで、守護ゾンビが半分倒されたら俺に直で接触する、という命令を下していた。


 不思議そうにゾンビのことを見ているミアを眺めながら、考える。彼女を置いて行くことも考えたが、もしこの場所が襲われたらと思うと若干不安だった。

 ただ、俺が彼女を抱えた状態で戦えるかどうかは不安だ。そもそも相手がどのような状況なのかも分からないわけだし。しかし、悩んでいる時間はそこまでない。守護ゾンビは割と俺たちから離れてない場所にいるはずだからね。


「よし、ミアも連れてこう」


 頭の上に疑問符を浮かべているミアを抱えて、情報伝達用ゾンビの後をついて行く。ほどなくして、状況が見えた。

 守護用のゾンビが、大量の魔族に押し潰されるようにして戦っている。


 どこかの戦場が崩れたのだろうか。


「やばいな、これ」


 ミアには黙っていたが、実はこの場所は、ミアの故郷から然程離れていない。彼女を抱えていたとしても、走れば一時間もしないで到着するだろう。

 ここにいると、隣町で担っていた戦場が崩れたのか、それともミアの故郷の戦場が崩れたのかが分からない。


 逃げた方がいいのか、それとも応戦しに行くか。


 まぁ、答えは一択だ。逃げた方が良い。俺も命が大事なのでね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る