第13話 辛抱

 ということで、この女に色々と聞いていかなきゃいけないわけだけど。


「今から口のやつ外すけど、叫んだところで寄ってくるのは魔族と魔物だけだから止めろよ。…………これフリじゃないからね? マジで止めてね?」


 念押しをしてから、手ぬぐいを外す。そして口の中に詰め込んでいたハンカチも。………うわ、ぐちょぐちょしてる。きも。


 ハンカチを横に放り投げて、女の方を向く。女は少し怯えているような表情をしながらも、なるべく無表情を保っているようだった。


「で、お前は俺が魔族だって知っちゃったわけ。別に特段お前が罪を犯したわけじゃないけど───ってかお前って言いにくいな。名前は?」

「………ミアです」

「ミアが特段罪を犯したわけじゃなくとも、今回は俺の踏み込んじゃいけない部分に踏み込んじゃったワケ。よろしい?」

「………はい」


 聞き分けの良いこと。ミアの兄が経営してたのは雑兵用のホテルなわけだし、ゴロツキに囲まれて生活していただけあって、荒事には慣れているんだろか。


「まぁ、一応弁明しとくと、俺は違う世界から来てる身であって、そっちの世界では普通の人間だった。で、なんで俺が魔族になってるかは全く分からない。そんで、バレたら不味いと思って、俺のことをこっちの世界に呼び寄せやがった野郎共のもとを逃げ出してきた。よろしい?」


 ミアが困惑顔で「は………?」と言った後に、焦ったように口を閉じた。本気の困惑で漏れ出た言葉っぽいね。

 いや、別に腹が立ったぐらいで殺したりはしないから、そこまで焦らなくて良いけどね。暴言とか吐かれても、多分この森の中に置いてくとかも出来ないし。何せ腑抜けなので。


「違う世界、っていうのは、何ですか。別の大陸ってこと?」

「まぁ、それで良いんじゃない。スゲェ遠くからってこと」


 確かに、別世界って言われても意味わからんよな、最初は。パラレルワールドとかいう思考実験が広まった世界から来たから、俺はまだ何とか想像が出来るけど。


「ともかく、ミアが街に出て俺が魔族だってことを言いふらしたら、俺は社会全体から追われるお尋ね者になる。加えて、人間に擬態できる魔族の存在が知れ渡って、社会全体に混乱が起きる。つまり、ミアは俺の元を離れられないし、町には戻れない。ミアが絶対に俺のことを誰にも話さないって言う確証が出来ない限りは」


 俺としても、こんな状況からは抜け出したいんだけどね。


 ということで、これからの予定を立てなければならないが、その前にミアと親睦を深める会を催したいと思いまして。なにせ、確実にこれから長いこと一緒に過ごさなくならなきゃいけなくなるわけでしょうから。


「ってことで、親睦会です」

「………なんですかこれ」

「え、パーティーグッズ」


 もちろんそんなものはないので、『本日の主役』と書かれた手ぬぐいを、たすき代わりに彼女に掛けている。

 ミアの拘束も外している。俺は雑兵で、ミアはただの人間だからね。逃げられるわけないでしょうし。暴れられたらちょっと困るけど、そしたらまた拘束すればいいだけだし。


 にしても、この人も凄い災難だよね。

 部屋の様子からして、俺の怪我を治そうとしてたし。それで偶然俺の鱗を見たタイミングで俺が起きて、そのまま首絞められて拘束されて攫われて、でしょ? あまりにも災難が過ぎる。


「ミアって何歳なの? あ、ちなみに俺は十七歳ね」

「私は十六です」

「………あれ、君たちって年取るの年末だっけ」

「どういうことですか?」

「いや、誕生日っていう概念ある?」

「たんじょう、び……?」


 ないらしいです。韓国スタイルってことなんかなぁ。年末とかじゃなかったりしたら、また面倒な話だけど。


「まぁいいや。んじゃ、休日の趣味とかは何かある?」

「趣味、ですか。好きだったのは、料理です、ね。兄が喜んでくれるので良く作ってました」


 ………ごめんねぇ、お兄さんと引きはがしちゃって。本当はそのまま残してやりたいんだけど、俺も自分の命が大切なのでね。

 もし、何か契約魔法だか何かを見つけたら、直ぐに実家に帰すから。その時までの辛抱ということで。


「いいねぇ、料理。何作るの? 俺料理名分からないから名前言われても分かんないけど」

「えっと、普通のものが大半でしたけど、それだと少し味気ないので、ちょっと違う食材を足したりして。食堂で出す料理っていう体で、食材は結構好きに仕入れられたので」


 へぇ。


 ってか、これ、親睦深まる気しねぇわ。俺だって、連れ去られてきた直後に、連れ去って来た張本人から仲良くしましょうねぇ、とか言われてもそうできる気がしねぇし。

 ミアの表情はずっと硬いし、口調もガチガチの敬語。表情はずっと無表情を保とうとしてるし、コミュニケーションも最低限。一応会話を続ける意思はあるらしいけど、それも機嫌取りの一環だろうし。


 まぁ、別に親睦深める必要もないか。俺の都合で勝手に捕まえて俺の都合で勝手に森に閉じ込めてるわけでしょ。信用もできるわけがないし、ましてや親睦など深まらんだろう。


 繰り返すが、約束を守らせる手段が見つかるまでの辛抱だ。なるはやで結果が出せるように頑張りましょう。

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